伯爵認定勇者ブラッド 2
「ふぅん……ここがマサラダの街か」
Bランク冒険者『鮮血』のブラッドは手勢を引き連れ、マサラダの街へとやってきていた。
後ろに控えているのは、彼が引き連れてきた冒険者達だ。
その身なりや言動は、マサラダで生計を立てている冒険者達とは大きく異なっていた。
「きひひっ、早く戦いてぇなぁっ!」
「なんもないところですねぇ、兄貴」
禿頭の偉丈夫に、髪を刈り上げてモヒカンにしているガリガリの男達……その目つきの剣呑さは、冒険者というより半グレという言葉の方が相応しいかもしれない。
けれどよく見れば着ている装備はかなり上等で、身につけている武具にもしっかりと手入れが行き届いている。
表面的な見た目だけで判断をすれば痛い目を見そうな彼らの数は優に三十人を超えており、それぞれが好き勝手に騒ぎながら街を見回している。
――そもそもの話をすると、ブラッドは冒険者ではなく元は傭兵であった。
ひとたび戦場で暴れれば全身を敵の返り血で染める彼のことを見初めたドルジを治める上級貴族、キルゴア伯爵によって冒険者としてスカウトを受け、そこでも結果を出したことで勇者として認定を受けた。
故にブラッドが連れてきた面子の中には、かつての部下や同じ戦場を駆けた同胞達が数多く存在している。
(雑魚を引き連れて歩くのは面倒も多いが……流石に俺一人で封鎖は無理だからな)
今回ブラッドが伯爵から出された指令は二つ。
一つはダンジョン内の狩り場を独占する体勢を整えることだ。
金のなる木である優秀な狩り場を冒険者達が徒党を組んで独占するというのは、ままあることだ。
流石に貴族がそれを主導することはめったにないが、今回の場合対象である混沌迷宮からは戦略物資であるポーションが産出する。
半ば経済的に従属させている隣領から出たとなれば、伯爵としてもなりふり構っていられないということなのだろう。
(まあどうでもいいがな、俺は上の人間の政治的なあれこれに興味はない)
ブラッドが今回の指令を受けたのは、もう一つの指令――浅層で高価なアイテムが出る混沌迷宮を攻略し、更なる財宝を探し出してくること。
こちらが非常に気になったからである。
王国にもいくつも迷宮はあるが、その規模は基本的に小さい者ばかりで、ブラッドが満足できるほどのものは一つも存在していなかった。
(これなら久しぶりに全力を出せるかもしれねぇからな……)
くっくっくっと声を潜めて笑うブラッド。
彼はじゃらりと手に持っている鎖をもて遊ぶ。
戯れに引っ張ってみると後ろから苦しそうなうめき声が聞こえてきたが、上機嫌な彼はそちらを見向きもしない。
「「「……」」」
マサラダにこれだけの武装勢力がいきなりやってくることはない。
どんちゃん騒ぎをしながら鳴り物入りで入ってきたブラッド達を、住民達はしかめつらをしながら見つめていた。
誰もが迷惑そうな顔をしているが、やってきたドルジの冒険者達にそれを気にした様子はない。
冒険者のうちの一人、まだ若そうなツーブロックの青年はその視線に気付くと、ゆっくりと立ち上がる。
「あぁ、何見てんだてめぇ……殺すぞ?」
「ひ、ひいいっ!?」
軽くにらんでドスの利いた声ですごんでやるだけで、情けない声を上げながら逃げていく。 それを見たブラッドの手勢達がゲラゲラと笑っている。
「よし、今日は宿で寝て、明日からダンジョンに挑むぞ」
「「「了解です、アニキ!」」」
ダンジョン攻略だけなら一人でもできるが、流石にダンジョンの独占は一人では不可能だ。
ブラッドからすると数合わせに過ぎない雑魚でしかないが、かつての部下達を上手く使う必要がある。
こいつらにもおいしい目を見せてやらねぇといけねぇか。
マサラダの街へ目を配りながら、ブラッドはそう内心で独りごちた。
ちなみに、この程度の狼藉では、監督責任のあるブラッドにお咎めが来ることはない。
この世界におけるBランク冒険者というのは、それが許されるだけの実力を持っているのだ。
ブラッドは数多くの悪名を持ち、そしてそれに勝るほどの武勇を持ち合わせている男でもあった。
Bランクの下位までであればまだなんとかすることはできる。
けれどBランク中位は、領軍が総力を挙げて戦わなければらないような魔物である。
ましてやBランク上位ともなれば、大貴族が軍隊を招集し、総力を挙げてようやく倒せるかどうかといった化け物しかいない。
ブラッドはそんなBランクの魔物を、単独で複数討伐することができる。
要するに純粋な彼の戦闘能力は、一つの軍隊にも匹敵するのだ。
「しっかし……たしかに、つまらんところだな」
ブラッドは憮然とした顔をすると、手元にある鎖をもてあそんだ。
その先に繋げられているのは、連れてきたブラッドの愛玩奴隷達だ。
エルフ、ドワーフ、そしてハーフリング……合わせて五人になる彼女達は、その全員がいわゆる亜人と呼ばれている者達だった。
未だ奴隷が合法であるこの世界では、命の価値はあまりにも軽い。
軍隊に匹敵する戦力である彼の口座には、戦いを終える度にとんでもない額の大金が振り込まれる。
その金を使って亜人達の奴隷を購入し、戯れに遊んでは壊す。
それが彼の、戦い以外の唯一と言っていい趣味だった。
一騎当千を地で行くことのできるこの世界の勇者は、にやりと笑う。
彼は鎖を引っ張りながら、あらかじめ手配のされている宿屋へと向かう。
五人の奴隷達は死んだ目をしながら、じっとその背中を見つめていた――。




