白翼の天剣 後編
「どんな魔物が出てくるかわからない。最大限警戒しながら先に進もう」
ダグの言葉にこくりと頷く四人。
後ろに控えていたガジルスは目を閉じながら意識を集中させ、ゆっくりと手をかざし始める。
「フィジカルブースト、コンサスブースト」
ガジルスが就いている闘僧侶のジョブは、純粋な戦闘能力だけではなく僧侶としての補助の役割も補うことができる。
彼が使ったのは身体能力を向上させるフィジカルブーストと、魔法の威力を上げるコンセスブーストの二つだ。
補助魔法を使い準備を整えてから、『白翼の天剣』の四人は混沌迷宮へ挑んでゆく。
ごくりと、生唾を飲み込む音すらも聞こえるほどの静寂の中、緊張から手に汗を掻くダグが先行する。
「――しっ!」
突如襲いかかってくる影に対し、身体は咄嗟に反応した。
ダグがその手に持つ鉄の剣を振ると――そこには真っ二つに斬られ息絶えた様子のスライムの姿があった。
「なんだ、スライムか……」
角を曲がると、またスライムが出てきた。
そして岩場の影からまたスライムが。
スライム、スライム、スライム……どれだけ警戒をしていても、出てくる魔物はスライムばかりだ。
「どうやら第一階層は、スライムしか出てこないようですね」
「うん、これならマサラダの冒険者だけでも問題なく対処はできそう……ダグ、あれを見てっ!」
「あれは……宝箱か!」
視界に入ってきたのは、真っ赤な宝箱だった。
赤い布の表面を金属で補強する形になっていて、いかにも高級そうな見た目をしている。
冒険者達が一攫千金でダンジョンに入る理由は二つある。
一つはそこに現れる魔物達から採れる素材。
そしてもう一つが、宝箱である。
宝箱という名からもわかるように、その箱からは様々な宝が現れる。
ガラクタ同然のゴミが出ることも多いが、中にはそれ一つを献上するだけで国王から爵位を授かることができるほどのお宝が眠っていることもある。
一切の情報が出回っていないダンジョンの宝箱。
そんなもの、期待しない方が無理という話。
ダグは期待に鼻の穴を大きく膨らませながらゆっくりと宝箱を開き……
「おおっ、鉄の剣だ!」
ダグが仲間に見えるように掲げてみせたのは、言葉通りの鉄の剣だった。
刀身に映る揺らめくような刃紋は美しいが、基本的に飾り気もない、非常にシンプルな逸品だった。
柄にしっかりと模様が彫られ持ち手にも当て布がされている今のダグの剣と比べると、実用一辺倒という感じは否めない。
ダグは楽しそうにしているが、彼よりも大きな反応をしたのは剣を見たガジルスだった。
「ダグさん、これ……かなりの業物ですよ。多分ですけど、今ダグさんが使ってるものより数段上です」
「ええっ!? このアイサーベルク、結構高かったんだぜ」
「ダグ、剣に名前をつけるのはやめろっていつも言ってるじゃない」
こうして最初の宝箱を発見した四人は、意気揚々と探索へと出かけていった。
試し斬りをしてみると、ガジルスが言っていた通り、宝箱から出てきた剣はダグが使っていた剣より鋭い切れ味と高い威力を持っていた。
道中スライムと遭遇しながら使い心地を試しながら、ダグ達はほくほく顔でダンジョンを進んでいく。
まだ人が来たことがないからか宝箱が手に入れる量も多く、中からは大量のポーション類も出てきた。
体力を回復するポーションだけではなく、魔力を回復させるマナポーションも含まれている。
全員が持ってきていた背嚢は、持ち帰るためのポーションでずっしりと重たくなっていた。
守護者の間を発見したダグは、そのままくるりと踵を返す。
そして少し物足りなさそうにしている三人の方を向くと、なんでもないような顔をしながら、
「うーん……とりあえず今日はここで帰ろう」
「いいの? こんなチャンスもう二度とないかもしれないけど……」
ナターシャの言葉に、ダグはかぶりを振る。
彼はいつになく真面目な顔をしながら、どこか確信のあるような表情をしていた。
「守護者の間のボスが強いって可能性もあるし。ボスと戦うのは剣に慣れて、ついでにポーションの効果なんかも確かめて、万全の状態で挑みたいからさ」
「賢明な判断ですね」
「でも……」
したり顔で頷いている様子のガジルスに対し、諦めきれない様子のナターシャ。
基本的に聞き分けがいい彼女にしては珍しいが、それも当然。
お宝を手に入れる千載一遇のチャンスを前にして、平常心を抱き続けることは極めて難しい。
だがそんな時でも冒険者は冷静な判断力を要求される。
そして今回、ダグは間違いなくプロの冒険者であった。
「忘れてるかもしれないけど、俺達の目的はこのダンジョンをいち早く攻略することじゃなくて、二の足踏んでるマサラダの冒険者の皆に情報を伝えることだ。それならもう達成したよ。この第一階層は間違いなくおいしい、俺達が教えれば今日のうちにでも冒険者達でごった返すことになるはずさ」
そう言われるとその通りなので、ナターシャとしてもそれ以上反論しようとは思えなかった。
彼女はこくりと頷き、お金に目がくらみかけていたことにわずかに赤面する。
そしてそんな様子を見ながら、ダグとガジルスは笑っていた。
こうして四人はそのままダンジョンを後にすることを決める。
「でもダグ君にしては珍しいですね。実は先に進もうとするダグ君をいさめるつもりだったのですが……」
「ああ、それなら簡単な話だよ」
ダグは基本的に無鉄砲で、周囲からは後先考えずに行動をしているように見えていることが多い。
けれど彼は、むやみやたらに動き回っているわけではない。
ダグは常に己の直感を信じて生きている。
そして彼は自分自身の感覚に、一度として裏切られたことはなかった。
「第一階層からこんなにおいしいダンジョンが、ただのダンジョンのはずがない。たとえ楽な階層が続いたとしても……決して気を抜いちゃいけない。何があっても対処できるように、慎重に慎重を重ねて進んでいくくらいでちょうどいいと思う」
ダグのいつになく真剣な表情に、三人は何も言わずに頷き合う。
彼女達もまた、いざという時のダグの感覚が絶対に外れないという確信を共有している、数少ない人間だったからだ。
こうして混沌迷宮の情報は冒険者ギルドマサラダ支部へともたらされる。
スライムしか出てこない第一階層で、ポーションだけじゃなく業物の装備が出現する。
それを聞いた大量の冒険者達がダンジョンに殺到するようになったことは、もちろん言うまでもないである。
混沌迷宮はいつでも、冒険者達が来るのを手ぐすね引いて待ち構えている。
こうして混沌迷宮は浅い階層で大量のアイテムを手に入れることができる旨味のあるダンジョンとして、一躍その名を轟かせることになる。
当然の流れとして第二階層以降が攻略され始めるまでに、時間はかからなかった。
ダグ達がやってきた次の日には、ダンジョンマスターであるミツルが各軍団長に任せた階層がお披露目となるのだった。