4 早すぎる再会・1
翌日、聖女長の名前で呼び出されて、メローレアはお説教を覚悟した。
昨日は私用で急に仕事を投げ出したことになっている。
実は人命がかかった決死の救助作戦だったんです! などと言えるはずもない。職場に迷惑をかけたことは事実なのだから、罰を潔く受け入れるしか、メローレアに選択肢はなかった。
(聖女長様はすごく厳しいけれど、理不尽な方ではないもの。真摯に反省を示せば、許してくださるはず。いざっ!)
指定された部屋の扉を開ける。
「やあ、メローレア。昨日はありがとう」
──思わず扉を閉めた。
予想外の出来事が起こった時、人間は無意味な行動を取ってしまうもの。それを今、学んだ。
ドキドキと早鐘を打つ心臓は決して、彼の美貌の虜になっているわけではなく、ただの動悸だ。
どうすることもできず扉を凝視していると、中から扉を開けたルペと目が合った。
「どうぞ」
「……失礼します」
恐るおそる室内に入ると、いつだって厳格な表情で背筋を伸ばしているはずの聖女長が壁際で額に手を当てていて、不安を掻き立てられる。
(一体何をすれば、あそこまで聖女長様が苦悩なさるの?)
色々な想像を巡らせながらメローレアは無意識にじりじりと後ずさっていた。
「メローレア!」
すると、シュトルヒは座っていたソファからわざわざ立ち上がって、引き止めるようにメローレアの手を取り、指先に口付けた。
「なっ……」
パチリと目が合って、メローレアは慌てて手を取り返す。
昨日と同じやりとりだが、場所が自分の家ともいえる神殿の中だからか、昨日以上に唇の感触を生々しく感じてしまって、顔に血が昇る。
「そ、その挨拶はやめてくれませんか」
「どうして?」
「どうしてって! 何だか、はしたないです!」
「礼法にも則った正式な挨拶なのに。君はとても慎ましいんだね」
(正式な挨拶? 私が気にしすぎているだけということ?)
混乱している隙に、せっかく取り返した手をシュトルヒにまた握られた。
「どうぞこちらへ。僕の大切な聖女様」
抗議する前に、握った手を引いてソファへ紳士的に導かれたものだから、やはりさっきのキスは丁寧な挨拶だったのかしら、と迷いが生まれてしまう。
なんだか良いように翻弄されているような気もするけれど、百戦錬磨な美貌の皇子様の真意が、自分などに読み取れるわけがない。土台、人間関係においての場数が違うのだ。
もう何も言えなくて、押し黙ったままエスコートされた。
「…………ありがとうございます」
メローレアは敗北感とともにソファへ沈み込んだし、聖女長は頭痛を堪えるように額に手を当てて首を振っていた。
(聖女長様でもどうにもできない相手なのだから、見習い聖女の私には何もできなくて当然よ。これは"普通"の範疇……)
"安心安全平穏"の標語に反していないことを確認することで、メローレアは少しだけ心の均衡を取り戻した。
が、シュトルヒが部屋の隅に軽く合図を送った途端、これでもかと豪華なお菓子と香り高い紅茶が目の前に並べられたので、戻りかけていた均衡が一瞬で崩れてしまった。
(何が起こっているの!? これほど素晴らしいものが、一体神殿のどこから)
「僕が手配したんだ」
「あなたは心が読めるのですか!?」
「まさか。……いや、もちろん本当に君の心が読めたらいいのにとは思うよ。そうすればもっと上手く君のことを喜ばせてあげられるのにってね」
「いえ、別にそんなことをしていただく必要は」
「そう言ってくれてありがとう。現実には僕に心を読む能力はないから、単純に、大切な君のことをよく見ているだけなんだ」
「……私たち、昨日会ったばかりですが」
あまりの滑らかな弁舌に、思わず目の前の相手を胡散臭く眺めながらも、普通に会話が成立できていることに自分で驚いた。
昨日の今日で少し美貌に慣れたのか、それともシュトルヒが話しやすい雰囲気を作ってくれているのか。両方かもしれないが。
シュトルヒを伺い見てみれば、彼は特段変わった様子もなく、楽しそうに笑みを浮かべている。老若男女問わずクラリとさせると噂の微笑みだ。
そして当然、彼が何を考えているのかは、笑顔の裏に綺麗に隠されて読めなかった。
(何だか煙に巻かれている?)
湧いてきた一縷の疑いにメローレアが気を取られているあいだに、給仕係も聖女長も、ササッと部屋から出て行ってしまう。
「あっ待って──」
パタリ、と無情に扉が閉まる。呼び止める機を逃してしまったようだ。
部屋にはシュトルヒとその背後に控えたルペと、メローレアだけが取り残される。
望んでいなさすぎる展開だ。聖女長に叱られる方が百倍良かった。今すぐこの場を後にしたい。
けれどしがない見習い聖女であるメローレアに、退室の自由などなかった。
プルプルと身体を震わせていると、クスッと笑う声が室内に響く。
「そんなに帰りたそうにしないでくれ」
そんなに顔に出ていただろうか。
こうなっては早く話を聞くしかないと、メローレアは腹を括って居住まいを正す。
「あの、なぜ私をお呼びになったのですか?」
「ああ。実は……昨日森で君に出会ってから、君のことが頭から離れなくて。夜も眠れないんだ。それはもう、電撃的に」
シュトルヒが熱に浮かされたような表情で目を細めるのに、メローレアは首を傾げる。
「私のことが? 何か気掛かりなことでも? お礼なら昨日のうちに十分言っていただきました。ですからこれ以上は結構です。ところで瞳が潤んでいるようですが熱ですか? 薬草でも処方いたしましょうか?」
「ねぇ。君って、ちょっと鈍いとか言われない?」
聖女として純粋な気持ちで発言したところ、なぜか誹謗中傷で返された。
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