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3 出会い


 コンコン、と扉がノックされる音で目が覚めた。

 飛び起きれば、すでに朝日が顔を出している。


「どうして、今日に限って……!」


 寝巻きのまま、取るものもとりあえず扉を開けると、立っていたララが驚いた顔をする。


「メローレア? その格好……寝坊しちゃったの!? すっごく珍しいね」


「ララ! シュトルヒ皇子殿下はいついらっしゃるの!?」


「ええと。朝早く、とだけ聞いてるけど。それがどうしたの?」


「ああ、大変……!」


 重要な夢見であるほど眠りが深くなる。そういう経験は今までにもなかったわけではない。


 夢見の聖女として働いていた未来では、最長で一週間以上眠り続けていたこともあったくらいだ。


 けれど今日の夢は緊急性が高い。一刻を争うこの状況で寝過ごしたのは、まずすぎる。

 未来を知っていたって、間に合わなければ意味がないというのに。


「ララ、私は急用ができて出勤できないと診療室の皆さんに伝えてくれる?」


「ええっ! いいけど、怒られちゃうよ!?」


「任せるわ、ララ!」


 まだ何か言っているララの言葉を聞く余裕もないまま、顔を洗うことも髪を梳くことも放棄して、着の身着のままで廊下を走り抜ける。

 そして階下へと繋がる階段を下りかけて──メローレアはふと浮かんだ考えに、ピタっと止まった。


(窓からの方が森には近いのでは?)


 階段の踊り場の窓へ、チラリ、と視線をやる。迷っている時間はない。ここは二階だけれど、死ぬことはないはずだ。


 一方のシュトルヒは、メローレアが間に合わなければ死んでしまうのだから、どうすべきか答えは出ているようなもの。行くしかない。いや、行ける。


「いざっ!」


 こういう時は、決して目を瞑ってはならない。着地する場所をしっかりと見つめて──飛ぶ!


 足が地面についた、と思ったら踏ん張りきれずにゴロンゴロンと前に転がって、茂みに突っ込んで止まった。


「できた、着地!」


 ララが見ていれば、「できてないよぅ!」と涙目になったに違いないが、今のメローレアは一人きりなので、訂正する者はいない。


 怪我をしているかもしれないけれど、不思議と痛みは感じなかった。

 それを良いことに、森を一直線に駆ける。


 そして目的の場所が近づいてきた時、ちょうどルペが暗殺者に向かってナイフを振る瞬間が見えた。


(ということは、次は!)


 深く息を吸い込んで、声の限りに叫ぶ。


「伏せて──っ!!」

 

 驚いたようにシュトルヒがこちらを見て、反射的に伏せる。

 その残像を、ぬらりと恐ろしげに光る漆黒の刃が貫いた。


「間に、合った……」


 シュトルヒの暗殺は失敗だ。

 それを悟ったかように、影はゆらりと揺らめくと、音もなく消えていった。




 はぁはぁと息を切らせるメローレアを、シュトルヒとルペは呆然と見つめている。


 ボロボロに土で汚れた格好をして、髪に枝や葉まで絡んだメローレアの姿は、たいそう不審人物に見えることだろう。


 助けられたのは良かったけれど、この状況をどう説明するか全く考えていなかったことに気付いて、メローレアは一気にうろたえた。


 昨日、言い訳をしっかり考えてから動こうと反省したばかりだったのに。


「あ、あのっ、私は決して怪しい者ではなくっ」


 一番に平常心を取り戻したのは、シュトルヒだった。


「お嬢さん、まずはお礼を言わせてくれないか? おかげで命拾いしたよ。本当にありがとう」


 言いながら相手が優雅な足取りで歩み寄ってくる段になって、メローレアはようやく正気を取り戻した。



 ──美しいひと、というのが第一印象だった。



 夢で見たのと同じ銀の髪に紫の瞳。

 けれど、それと実際に見るのとでは、受ける衝撃の度合いが全く異なっていた。


 見た者は魂を抜かれる、という表現が全く誇張ではないと思えるほどの完成された美貌。


 身につけているのは装飾を排した簡素な旅装だし、歩いているのはただの森の中のはずなのに、彼を取り巻く風景に豪奢な夜会会場の幻覚が見えた……気がする。


 彼は周囲をいつの間にか従えてしまう、そんな特異で不思議な雰囲気を纏っていた。何もしなくとも周囲の視線を吸い寄せ、魅了してしまうのだ。


 月光のように輝く銀色の髪は背中までの長さがあり、彼が一歩歩くたびに木漏れ日を受けてキラキラと輝きを放つ。

 長いまつ毛に縁取られた切れ長の瞳はアメジストと見まごう紫色をしていて、その視線に囚われれば、メローレアの全身は石のように完全に動きを止めてしまった。


 微動だにできないまま、メローレアは手を取られて……次の瞬間、整った薄い唇が指先に押しつけられた。


「僕はハルトベルク帝国の第二皇子、シュトルヒだ。よろしく」


 彼の美貌から発せられるキラキラオーラが、メローレアに直撃する。


(……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………こ……これが、老若男女を虜にするという噂の……っ)


 ちょっとの間、意識が飛んでいたかもしれない。


 メローレアはなけなしの理性をかき集めると、これ以上キラキラを摂取しないように目を逸らし、そろりと指を引き抜いた。

 

 シュトルヒはちょっと残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直したように華やかな笑顔を見せる。


「お嬢さんのお名前は?」


「……な、名乗るほどのものではありません」


「教えてくれないんだね。じゃあ、なぜここに?」


「それは、その……。そう……急用が、あったのです!」


 ララへの言い訳を思い出して、とっさに使い回す。


「急用で森の向こう側に行こうとしていたのです。そうしたら、たまたま! 本当に、偶然、あなた方が襲われているのが見えて」


 そうだ。ここで身元を特定されるわけにはいかない。

 目標に掲げている平穏な人生を守るためにも、どうにか誤魔化してこの場から去らなければ。


「ふぅん。偶然、ね」


 そんなに色気ダダ漏れで見ないでほしい。


 甘い紫の瞳で探るように見つめられ続ければ、メローレアはもう耐えられなかった。


 そもそも耐性がないのだ。

 筆頭聖女として過ごした期間を入れても、男性とこれほど近くで視線を合わせたことなど一度もないのだから。


 つまり、この状況で取れる行動は。


「あの、本当に急用があるのです。ですから……これで失礼します!」


 言い残して、脱兎の如く逃げ出した。




(疑われたかしら。いいえ、そうだとしても名前を隠したし、居場所も知られていないもの)


 本当は、彼に関わってはいけなかったのだ。安心安全平凡な人生のためには。


 分かっていたけれど、何が起こるか知っていて、見殺しにすることなどできない。


(でもこれで、彼が殺されることは防げた。神殿で鉢合わせさえしなければ、何事もなく終わるはず。今日のことは……そう、素晴らしいものを見たということで思い出の一ページに封印するのよ)


「あ、痛い!」


 少し走ったところで、今さらのようにズキンと足首が痛んだ。神殿まではまだ少し距離がある。


「午後からは仕事に戻りたかったけれど、少し休んでから帰るしかなさそう」


 仕方なく座り込んで治療をしながらも、メローレアは胸騒ぎを抑えられなかった。







***




「シュトルヒ様、獲物を狩る猛禽のような顔になっておいでです」


「おっと。いけない」


 シュトルヒはわざとらしく顔を撫でて、いつもの華やかな表情を作った。

 しかし長年にわたり従者として仕えるルペの目には、さして変わったようには見えない。


 期待と、警戒と、好奇心。それに相手を見定めようとする鋭い気配が混在した、紫色の瞳。


「ルペ。おまえですら気付かない攻撃を、あんなにも遠くから察知できる者なんていると思うか?」


「できるとしたら国一番の騎士になれるでしょうね」


「凄腕の騎士には見えなかったな。どちらかと言えば、毛並みの良い聖女様?」


 シュトルヒは、彼女が去っていった方を眺める。

 急用と言ったくせに、来た方向──神殿の方へと駆け戻って行った彼女の足跡を辿るように。


「どうやら僕らの救いの女神は世慣れてないみたいだ。身を隠したいなら徹底的にやるべきなのに」


 ボロボロの身なりに反して、隠しきれない上品な立ち居振る舞いと言葉遣い。


「彼女は一体、何者なんだろう」


「今日中に調べ上げます」


 頼んだよ、と言い置いて、シュトルヒは馬に跨った。定められた運命が音を立てて変わりそうな予感に、柄にもなく高揚感を覚えながら。

 向かう先は彼女が走り去ったのと同じ方向。エルヌム王国の王都神殿だ。


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