2 夢
──夢を見ている。
はっきりと分かった。
なぜなら、メローレアは裸足に寝巻きの姿で森の中に立っていたのだから。
王都神殿の入り口付近には、日当たりが良く明るい森が広がっており、薬草の宝庫として知られている。
そのため毎日たくさんの聖女が薬草を摘みにその森へ通っていて、もちろんメローレアも例外ではない。
だからほんの少し見回すだけで、すぐに確信できた。
ここは王都神殿の森で間違いない。その中でも神殿から歩いて四半刻もかからない場所だ。
立ち尽くすメローレアの方へ、馬に乗った青年が二人、近づいてくる。
「そろそろ神殿に着く頃かな」
「はい。お疲れではないですか?」
「大丈夫さ。おまえと二人旅だから、気楽なものだよ」
「このような扱いを受けるなど……」
「その話は何度もしただろ? 皇后のあからさまな思惑には困ったものだけど、おまえがいてくれるから、僕は何も心配してないよ」
その時、ようやく先頭の青年の顔が見えて、メローレアは息を飲んだ。
そしてすぐに理解した。この人はハルトベルク帝国の皇子・シュトルヒだ、と。
シュトルヒは輝く銀の髪に甘い紫色の瞳を持った、まさに精霊──を超えてもはや神的な何かなのではないかと思うほど、完璧な美貌の持ち主だった。
会話の相手に向けるふとした微笑み。
その唇の角度も、瞳を縁取る長いまつ毛や、木漏れ日が落とす陰影さえも、最高の芸術家が人生の集大成として掘った彫刻のような美しさだ。
確かにこれは、周囲の人間がみな虜にされてしまうというのも頷ける。
(ララ。私、もう会ってしまったわ)
かの皇子について教えてくれて、そしてとても会いたがっていた友人に、心の中で報告しておく。まさかの最速での邂逅だ。
(それはそうと、気を抜いている場合ではなさそうね。私がここにいるということは、これから何かが起こるということなのだから。気になるのは、二人が話している皇后の思惑、というところだけれど)
ハルトベルク帝国にはシュトルヒの他にもう一人皇子がいる。第一皇子のラオンハルトだ。
シュトルヒの母は血筋が良く、かつて皇后の位に立っていたが、早くに病死したと聞く。
ラオンハルトの母親は、それによって側妃から皇后に繰り上がったのだ。
その影響と、年功序列もあり、今では自然とラオンハルトの方が皇太子と見なされるようになっている。
けれどラオンハルトは粗野で横暴な性格をしており、そのため次期皇帝に適性があるのはシュトルヒの方だとする声も少なくない。
(そんな状況下で、皇后が何らかの思惑をもってシュトルヒ皇子殿下をこの国へ送りこんだ、と……?)
あまり考えたくはないが、どうしたって悪いことが起こりそうな予感に、メローレアは眉を顰めた。
その時、すぐ横の茂みががさりと音を立てる。
気を取られた瞬間、ヒュッと風を切る音が鳴り、目の前で皇子の従者がナイフを振りかぶっていたので、メローレアは悲鳴を上げて地面に転んだ。
至近距離でスパッと何かを切る音とともに、血飛沫が舞うのを、ただただ見つめる。
「……ルペ、仕留めたか?」
「はい。暗殺者はこれで二十三人目ですね」
ルペと呼ばれた従者は、その暗緑色の髪を一筋も乱すことなく、ナイフを仕舞って淡々と答えた。髪と同色のその瞳も、何の感情も宿さない。それを見てメローレアは呆気に取られることしかできなかった。
数々の凄惨な光景を見てきたメローレアだから、普通の令嬢のように卒倒したりはしない。
けれど、それでも命が潰える瞬間を見慣れるなんてことはない。
命というものはこんなにも淡々と奪えてしまうのか、という悲しみ。暗殺者という単語。二十三人目。
(この二人は誰かに命を狙われているのだわ。それも執拗なまでに)
事態を理解して、とりあえず心を落ち着かせようと、浅く息を吐いた。そうこうしているうちに、神殿はもう目と鼻の先だ。
おそらく、メローレアはもちろん──シュトルヒもルペも、少しだけ気を抜いた。
その瞬間、何の前触れもなく、ズシュッと肉に刃を突き刺す生々しい音がした。
「ぐっ……」
息とともに血を吐いて崩れ落ちたのは、シュトルヒだった。メローレアは悲鳴を上げる。
何が起きたのか分からない。
ただ、彼の胸から長い剣の刃先が不自然に飛び出しているのを視界に収めて、メローレアはざぁっと蒼ざめた。なぜならこれは。
──致命傷。
その単語がメローレアの脳裏で激しく明滅する中、ルペが唸るような咆哮を上げて、剣を突き刺す影に飛び掛かる。
しかし切先が届く前に、その影はふっと消え去った。まるで実態のない煙だったかのように。
あれは。いきなり現れて、消え去ったアレは、いったい何なのか。
前にはこんな事件はなかったのに、どうして。
あるいは夢見の聖女にならなかったメローレアの選択が、巡り巡って彼の運命を変えてしまったのか。
あらゆる疑問が頭の中を駆け巡る。
(それよりも──ああ、早く目覚めなくては!)
二人が神殿を訪れるのは、今日だ。




