25 襲撃・2
果たして、メローレアは予定通りに馬車を抜け出した。馬車の左側で戦闘が繰り広げられているから、馬車の陰になっている右側の扉から降りれば、敵に気づかれることはない。
扉を開けてするりと体を滑り込ませるように外へ出ると、ちょうどそこに身を隠していたララと目が合った。
「メロー!? 今外に出てきたらダメだよ! 今回の敵はすっごく強くて人数も多いから、危ないよ。あのシュトルヒ様とルペさんですら苦戦してるみたい。
あたしも戦力になりたいけど、実践経験が足りないからかえって足手纏いになりそうで、こうやって隠れてるの」
馬車を盾にしながら戦闘の様子を覗き見ると、シュトルヒとルペが多勢に無勢ながらも果敢に応戦している。
それに戦場の向こう側は、流れの激しい川。夢の風景と一致している。間違いない。
「ちょ、頭出したらダメだよ! メローは戦えないから、万が一捕まったりしたら大変」
「そうね」
「わあ、聞いてない! メローのその"そうね"は聞いてないときのやつ!」
器用に小声を保ちながら嘆いているララを振り返る。
ひとりだったらシュトルヒの元まで辿り着けるか不安だったけれど、ララの力を借りれば何とかなりそうだ。
「ララ。私はどうしてもシュトルヒ様の近くに行かなければならないの。お願い、手助けをして」
「本気!?」
「それが、全員で確実に生き残るために必要なことだと、私は知っているの」
そう、知っている。なのに動かずじっとしていて、その結果シュトルヒに大怪我を負わせることなど絶対にあってはならないのだ。たとえシュトルヒ本人に、何もしないよう乞われているとしても。
これはメローレアの矜持だ。確かに能力を隠しながら生きているけれど、それでも、能力によって知り得た情報を無視したり、握りつぶしたりすることだけはしないと心に決めていた。
最善と思える未来を掴み取ってみせる。いつだって──もちろん、今回も。
そんな覚悟を込めた真剣な眼差しでララを見つめると、彼女はありえないことを聞いたとでも言いたげにぶるぶると頭を横に振った。
「メローに何かあったら嫌だし……」
「お願いララ」
「だって、危険だよぅ」
「お願い」
「シュトルヒ殿下も悲しむよ……」
「ララ」
なおも頑張って見つめ続けると、ララは「そんな目で見つめられたら」「あああ見ないで」などとひとしきり苦悩したあとに、がばりと天を仰いだ。
「うう、分かった! メローがそこまで言うんだもん。手伝うよ。あたしどうすればいい?」
「ありがとう!」
ララの同意を取り付けられたことに飛び上がって礼を言う。それから改めてもう一度戦場を観察した。
現在、シュトルヒとルペは背中合わせになって、互いの背後を守りながら戦っているようだ。ララの言う通り、敵はみな手練れで数も多い。
シュトルヒの重い剣で相手を吹き飛ばしても、すぐに別の者が切り掛かってきて、その間に吹き飛ばした者が起き上がってしまうからなかなか敵の人数が減らないのだ。一方のルペは、素早い動きが要となる戦闘スタイルであり、シュトルヒの背中を守らなければならず動き回れる範囲が限定される現状では能力を活かしきれない。
では、周囲からの援護の可能性は……と考えたが、それも難しそうだ。辺りの地形はいかにも襲撃向けと言った様子で見通しが悪い。
メローレアのいる場所の背後は崖だし、視界を遮るように馬車がありその先が戦場だが、そのさらに向こう側は流れの激しい川だ。
崖と川に挟まれている上、町とも距離があるので滅多に人が通ることはないだろう。
敵もそれを見越して作戦を組んできているのだろうが、非常に難しい戦況であることが、戦闘には素人であるメローレアにもすぐに分かるほどだった。
(夢で私を切り付けたのは──あの男ね)
行くしかない。
今は比較的離れた場所に位置取って、気配を消しているようだ。機を伺っているのだろう。つまり、あの男が前に出る瞬間を見計らって割り込めば良いということだ。
「合図と同時にシュトルヒ様の方に走り出るわ。ララはそれを援護してくれる?」
「うん、了解!」
その瞬間がやってくるのに、さほど時間はかからなかった。シュトルヒとルペが徐々に敵戦力を削り、その分疲労が蓄積していることが目に見えてきたその時、男が剣をぐっと握り直して、シュトルヒの死角から前へ出る。
「今よ!」
合図と同時に、メローレアは全力で走った。ララが、聖女として働き始めてからも、早起きして毎朝欠かさず剣の訓練を続けているのを知っている。
ララの短剣が敵の剣を弾く音を間近に聞きながらも、彼女なら危なげなく援護してくれると確信して、メローレアはただ前だけを見つめて懸命に足を動かした。
「シュトルヒ様……っ」
男がシュトルヒの心臓に向かって剣を突き出す。その剣とシュトルヒの間に体を割り込ませる。
(ちょうど刺される予定のところに、布を巻きまくって木の板まで入れてきたわ。だから痛いとしても、少しだけ。大丈夫、だいじょうぶ──)
言い聞かせてみても、刃物が自分に向かって振り下ろされる光景というのは恐怖心を煽るものだな、とメローレアはまるでスローモーションのように見える凶刃の切先を見つめていた。
そして、肩口に衝撃を受けることを覚悟して歯を食いしばったその瞬間。温かい体温を背中に感じた。
「え」
別の敵に応戦していたはずのシュトルヒが身を捻って、メローレアを抱き込んだのだ。驚きに目を瞠ったメローレアの視界いっぱいを、シュトルヒの銀髪が覆う。
敵の刃はメローレアの服だけを掠めて通り過ぎた。そして浮遊感を覚えた次の瞬間、メローレアはシュトルヒとともに濁流へと飲み込まれていたのだった。




