24 襲撃・1
翌朝、シュトルヒとひとつ屋根の馬車に乗る時間がやってきた。覚悟はできている。メローレアが今やるべき事はただひとつだ。
(逃げるのではなく、ぶつかってみること。──シュトルヒ様が本当に私の能力に気付いているのか、真実を見極める!)
見極めた結果……もし、能力のことが知られていたら。また利用されて、使い捨てされる運命を辿ることになったら。
シュトルヒはそんなことしないと、いくら自分に言い聞かせてみても、朱い断頭台が脳裏にちらつき、体が震えてくるのを止める事はできない。
それでも、メローレアは現実を直視しなければならないのだ。そう決めた。
「ピィ!」
肩に留まったリィンが、メローレアを励ますように鳴く。
「ありがとう、リィン。私、頑張るわ」
「その鳥、リィンに決まったんだね。良い名じゃないか」
そう言って近づいてきたシュトルヒは早速、昨日の続きとばかりにこちらへ物言いたげな視線を寄越す。
それを気合いのこもった視線でギンッと見返すと、彼は途端に戸惑いの表情を向けてきた。
「気迫ではこちらの勝ちですね」
隣で一部始終を眺めていたララが、パチパチと拍手を贈ってくる。
「メロー格好良い!」
能力を隠して普通の聖女として過ごすようになってから、大切な存在がたくさんできた。この大変な旅にまでついてきてくれたララ。いつもそばにいてくれるリィン。
そしてそんな大切な存在の中には、シュトルヒやルペも含まれているのだ。……だからこそ怖い。けれど。
(みんなが私に、現実と向き合う勇気をくれた。だからもう逃げないわ)
「ララ、申し訳ないのだけれどシュトルヒ様と話があるので、二人にしてもらえますか?」
ララは何かを察したように一つ頷くと、御者台へ移っていった。シュトルヒと二人きりになった馬車に、シンと沈黙が落ちる。
「メローレア、朝から元気がないだろ。いや、昨日最後に話した時からかな? ……今からするのは、その話だろ」
「どうしてそれを」
「分かるさ。君が僕を見てるのと同じくらい、僕も君を見てるんだから。──メローレアは明るくて優しくて」
急に褒められてメローレアが戸惑っていると、シュトルヒはくすりと笑ってそのまま言葉を続ける。
「その上、心根が真っ直ぐで芯が強い。そして善良で、人のために尽くすことに躊躇いがなくて。その分、嘘とか隠し事とか、そういった類のことは苦手だ」
隠し事、と言う単語に心臓がドクリと音を立てる。
「そ、そんなことは。それに、どうしてその話を今……?」
「どうして? 理由、か。そうだな」
反射的に震える手をぎゅうと握りしめるメローレアに、シュトルヒがぽつりとつぶやく。
「君を元気付けてあげたいから」
「え……」
小さく響いたその台詞に顔を上げると、シュトルヒは気遣わしげこちらを見つめていた。その瞳には、メローレアへ向ける心配が鮮明に現れている。
(ああ。こんなふうに心を傾けてくれる人に向かって、私は裏切るかもしれないなどと不安を抱いていたなんて)
本当に彼が夢見の能力に気付いているのだとしたら、昨日の朝メローレアが何を見たのか、是が非でも聞き出したいだろうに。今この瞬間に彼が優先させたのは、情報ではなく、メローレアへの純粋な気遣いだった。
弱い自分が恥ずかしい。いつまでも過去の悪夢から抜け出せない自分が情けない。
決意して、顔を上げる。
「……シュトルヒ様。あなたは、私の──」
メローレアが口を開きかけた瞬間、馬車がガクンと揺れ、その弾みで大きく前につんのめる。
衝撃に備えて身を硬くしたが、柔らかいものに包み込まれるとともに、さらりと何かが頬を撫でる感触がして「あれ?」と薄く目を開ける。
一拍遅れてメローレアは、頬を撫でたものがシュトルヒの長い髪で、自分は座席から転がり落ちて彼に抱き留められたのだと認識した。
密着した身体からじんわりと体温が伝わってきて、一気に頰が熱くなる。
「すみませんシュトルヒ様……!」
慌てて身体を起こそうとするが、そのタイミングでなぜかシュトルヒの腕にぎゅっと力が籠ったので、結果的にジタバタともがくだけになる。
「あの、シュトルヒ様?」
「メローレア。これだけは聞いてほしい。もしなにか危ない事をするつもりなら、お願いだからやめてくれ。どうか馬車の中にいて。──君が心配なんだ」
シュトルヒはそう囁いて、それから念押しをするかのようにメローレアと視線を合わせると、そのまま身を翻して馬車の外へ出ていった。
言葉どおり、馬車の扉をきっちりと閉めて去っていくシュトルヒの後ろ姿を見て、メローレアは確信する。
(ああ、ついにこの時が)
もちろん馬車の中にいればメローレアは安全なのだろうけれど、その代わり、運命に従ってシュトルヒの身が危険に晒されるだろう。
自分は何のためにここにいるのか。その答えを考えれば、自ずと取るべき行動は定まった。
(私はシュトルヒを守るために、そして幸せにするために、ここにいる。だから)
「ごめんなさい、シュトルヒ様。今回は大人しくしているわけにはいかないのです」
メローレアは肩にとまっていたリィンを、馬車の座席にそっと下ろす。
「リィンは馬車の中にいてね。そして、私が成すべきことをやり遂げられるように、どうか見守って」
「ピィ……」
不安げなリィンの鳴き声と重なるようにして、外から剣戟が聞こえてきた。戦闘が始まったのだ。メローレアは大きく深呼吸をする。
これから刺されるのだから、怖くないはずがない。けれどこの時に備えて、準備はしっかりしたつもりだ。だから大丈夫。
「シュトルヒ様も、ルぺも、ララも、私も。全員生き残ってみせる。──必ず!」
決意とともに、メローレアはシュトルヒを追って一歩、馬車から踏み出した。




