23 悩み・2
ガチャリ、とドアが開く音がする。
「ただいまー! メロー起きた? 見て見て、これこの町で一番人気のパン屋さんのサンドイッチ──どしたの、そんな顔して!?」
「ララ……」
そんなつもりはなかったけれど、よほど変な顔をしていたのかもしれない。ララがサンドイッチを放り出して駆け寄ってくる。
「メロー、なにか辛いことがあったの? あたしで力になれないかな。まさかシュトルヒ様かルペさんと喧嘩でもした? それなら今すぐ抗議してくる!」
「ま、待って。そうではなくて」
今にも隣室に殴り込みをかけそうなララを、慌てて止める。
「あれ、違った?」
「……もし良ければ、話を聞いてもらえると嬉しいのだけれど」
「もちろん聞くよ! あ、サンドイッチ食べながら話そ? 美味しいものを食べると、ちょっと元気出たりするし!」
ララはシュバババっと音が出そうな勢いでテーブルにサンドイッチを並べると、椅子に座って真剣な眼差しでこちらを見つめた。
「ふふっ。ありがとう、ララ」
頼りになる親友が近くにいてくれる。それだけで少し元気が湧いてくる気がして、メローレアは笑みを浮かべることができた。
「実は、ある悩み事があって。それを解決するために何か行動を起こしたいけれど、そうすることでかえって事態が悪化するかもしれないの」
彼が夢見の能力に気付いているのか、確認したい。けれど確認することは、肯定することと同義だ。
気付いているとすれば最初からなのか。夢見を利用するために近づいてきたのか。今後どうするつもりなのか。
もし国に連れ帰って、夢見の聖女として祀り上げるつもりだったら。夢見の聖女としての人生を強要されたら。
そんなふうに悪い方にばかり想像力が働いて、真実なんて知りたくないと尻込みしてしまう臆病な自分がいる。
「それで、どうすれば良いのか分からなくなって途方に暮れてしまって」
言い終えてきゅっと唇を噛むと、それまで静かに耳を傾けていたララが、そっと手を握ってくれた。
「そっか。その悩みごとに関すること、メローにとってはすっごく重いことなんだね」
「そう、ね。……そうだと思うわ」
「でもあたし、答えはもうメローの中にあると思うの」
「私の中?」
「うん。ねえ、覚えてる? あたしたちが初めて会った時のこと。お互い神殿入りの初日で、あたしは聖女の仕事を放り出して中庭にいた」
***
ララは騎士家の出身だった。ララ・ド・レンヌ。レンヌ騎士家の末娘。
女性ながらも小さい頃から騎士になることに憧れて、憧れて──家族の反対を押し切って剣を握ってきたけれど、聖女判定で聖力を検知されて、これ幸いと神殿に押し込まれた。
(聖女になんて、絶対ならないんだから! ボイコットしてやる!)
ララには剣の才能が備わっていた。男に生まれていれば、何の問題もなく騎士になれたはずだ。そうでなくても、せめて聖力なんてものがなければ、騎士の道を押し通せたかもしれない。
今日は聖女の見習いとして神殿で過ごす初日だったけれど、集合場所に行かず、ララは裏庭に隠れてムカムカと剣を振っていた。
「騎士には聖力なんて、いらないっ!」
苛立ちを込めてひときわ強く剣を振った時、目の前に急に人が現れて、ララはひっくり返った。
「わ! な、なに!?」
「すみません、お邪魔をして。ララさん……で、合っていますよね? 私、あなたの同期で、メローレアと申します。聖女長様が探しておられるので、呼びにきました」
メローレアと名乗った聖女見習いは、見習いとは思えないほど、たおやかで聖女らしかった。黒髪が輝くようで、長いまつ毛に縁取られた水色の瞳は、清らかで優しげで、それでありながら凛としていた。聖女の制服もとても似合っている。
地味な茶髪で泥だらけでちんちくりん、手はタコだらけで、まったく聖女の制服が似合わない自分とは大違い。
(そうだよ。聖女にはこういう人がなるものでしょ? わざわざあたしがならなくたって、向いてる人はいくらでもいるんだから)
そう考えて、また自分の受けている理不尽に憤る。
「メローレアさん、でしたっけ? わざわざありがとうございます。でもあたしは行きません。見ての通り、他のことで忙しいので」
「そうですか。でしたら私も、ここで少しご一緒して構いませんか? 神殿の仕事が初日から忙しくて疲れてしまって」
「……別に、いいですけど」
(こんな聖女らしい人でも、サボったりするんだ)
何となくそんなことを思いながら剣を振り続けたけれど、横からくる視線が熱すぎて、だんだんと気になってくる。
「見てて面白いですか?」
「ええ、とても。素人目に見ても綺麗な太刀筋です。きっと努力されてきたのでしょうね」
不意にそんなことを言われて、瞳がうるりと潤むのが分かった。そうだ、本当は苛立っているのではない。努力が報われなくて、悲しいのだ。
「……あたしは聖女じゃなくて、騎士になりたかったんです」
どうして会ったばかりの人にこんなことを言っているんだろう、と思いながらも、一度話し出すと止まらない。
「あたしの家族はみんな騎士で。兄が二人いて、もちろん二人ともその道に進んだ。でも、あたしが一番才能があるんです。女ってこと以外は」
「それはさぞ──悔しいことでしょう。夢があって、実力もあって、それなのに別のことを強要されるのは」
寄り添うようなことを言われて、こくりと頷く。
それ以上、相手は何も言わなかった。優しい沈黙が落ちて、ララはまた無心で剣を振った。
いつの間にか日が傾いてきて、剣を振るのをやめると、結局ずっと近くに座っていた彼女がそっと口を開いた。
「一度試してみるのはどうでしょう」
「え?」
「聖女です。意外と、やってみて良かったと思えるかも。思えなくても、それを確認できるのはやってみたからこそです」
「やって後悔したら?」
「その時はどうやって騎士に戻るか考えましょう。微力ながら、私もお力添えします」
「……」
「それに、騎士も聖女もできるなんて格好良いではないですか! 自らの手で剣を持てる聖女なんて──とても憧れます」
本当に憧れる目で彼女がこちらを見つめるから。その次の日、ララは聖女の仕事を試してみたのだ。
……もちろんその前に、二人並んで前日のサボりを怒られたけれど。
***
「あの時あたし、本当に感動して。もう、晴天の霹靂! って感じ。メローがああ言ってくれなかったらあたし、今どうしてたのかなあ」
想像できないや、とララは笑う。
「だから、怖いかもしれないけど、メローも一度ぶつかってみたらどうかな。やってみて初めて、やって良かったか、良くなかったか分かるんだから、悩んでても仕方ないもん。メローがそう教えてくれたんだよ? それにね」
ララが横に来て、ぎゅっと抱きしめてくれる。
「あの時のあたしにメローが付いててくれたみたいに、メローにはあたしが付いてるよ。もし後悔する結果になったら、スイーツのやけ食いに付き合うから! いくらでも話を聞くし、悪者がいるなら騎士のスキルを活かして成敗に行ってあげるよ。だから、ね?」
「ララ……」
本当に頼りになる、大好きで大切な親友だ。
(もう私はひとりじゃない)
そう思ったら、現実と向き合える気がしてきた。
「何だか勇気が湧いてきたわ。本当にありがとう、ララ」




