22 悩み・1
「ああ。なんて酷い夢見なの……」
刺された肩口がずきりと鈍く痛む気がして目を覚ました。
すると目の前で、一緒に眠っていた鳥がぼんやりと発光していたので、メローレアは仰天して一気に覚醒した。
「きゃー! ララ──あら、いないわ!? シュトルヒ様! シュトルヒ様、ルペ!」
鳥を手に乗せて、バタバタとシュトルヒの部屋に駆け込む。
「どうしたんだい、メローレア? 今起きたんじゃ」
「見てください! 起きたらこの子が──鳥が輝いているのです!」
バッと鳥をシュトルヒの目の前に突き出す。
「……ピィ」
まだ寝ぼけているらしい鳥が小さく囀る。
急いで見せにきた甲斐あってか、その体はまだ僅かに輝いていた。
「へえ。こんな風に輝く鳥なんて初めて見たな。一体、どういう仕組みなんだろう」
言いながら、シュトルヒは鳥をまじまじと観察する。
仕組み。確かに分からない。
白い羽毛に覆われた鳥の体全体が、まるで内に火種を抱えるランプのように、淡く発光している。
「不思議と、慣れ親しんだ気配がするのです……」
シュトルヒは頷いた。
「君は以前、この鳥が聖力に反応している気がするって言ってたけど、やっぱりその感覚は正しそうだ。だってこの光は、君が聖力を使って治癒をする時に出る光と全く同じに見える。
もしかしてメローレア、今朝、この鳥の前で聖力を使わなかったかい?」
問われて、ハッと気付く。
(今朝、夢見があったのだった。ならばこの子は、それに反応しているということ?)
メローレアはピンと来て、それをシュトルヒに伝えかけたが、すんでのところで思い留まった。
第一に、シュトルヒはメローレアの力をよく当たる占いだと思っていて、それと聖力は関係ないから。
第二に──今回は夢見の内容は、言わない方が良いと思ったからだ。
夢でのシュトルヒは、暗殺者に応戦をしていて手一杯のところを、別の暗殺者に襲われていた。
つまり、起きることをあらかじめ知っていたからといって、うまく回避できるとは限らない状況だったのだ。
一方で、メローレアが刺されたのは肩口だ。致命傷になりにくい箇所のうえ、すでに負傷箇所が分かっている以上、あらかじめ防御しておけば、あとから自分で治癒できる程度の傷に留められるだろう。
変えるべき未来。受け入れるべき未来。
夢見にはそんなものが無作為に混在していることを、メローレアは夢見の聖女として過ごした十年間の経験を通して、十分に知っていた。
受け入れるべき未来まで変えようとすると、事態が悪化することだってある。夢見は諸刃の剣なのだ。
(シュトルヒ様がこの内容を知ってしまえば、きっと私が傷つかないように守ろうとしてくださるはず)
シュトルヒは、メローレアの能力を利用するというスタンスをとりながらも、最後の一線では優しい。ずっとそんな人だったから。
メローレアはひとつ深呼吸をすると、探るようにこちらを見つめるシュトルヒを見返してニッコリと微笑んだ。
「もしかすると、寝ぼけて聖力を使ってしまったのかもしれません」
「……本当に?」
シュトルヒはまだ少し疑わしげにこちらを見ている。
メローレアは話題を変えたくて、窓の外に視線を投げた。
普段は朝日が指す頃には起き出して出発するのに、少し寝過ごしてしまっただろうか。外はもうすっかり明るくなっているようだ。
「そろそろ出発しないと」
「出発は明日に伸ばしたんだ。今はもう昼の十二時だから」
「えっ!」
慌てて窓に駆け寄って見上げれば、たしかに太陽はすでに中天に差し掛かっている。
夢見の影響で少しどころではない時間を寝過ごしてしまったことに、メローレアは今さら気付いた。どうりで、ララもベッドにいないはずだ。
「どうして……」
「慣れない旅にすごく疲れてるんだろうし、自然に起きるまでそっとしておこうと思って」
「お気遣いはありがたいですが」
彼は何でもないことのように肩をすくめた。
「急ぐ旅じゃない。宿側へはもう一泊すると、もう話を通してあるから」
「そう、ですか……。本当にすみません、ご迷惑を……」
それ以上何も言えなくて、申し訳なさと、言いしれない胸のざわつきに、メローレアはただ黙り込む。
「そんなことより、ねえ、メローレア。本当に今朝、何もなかった? 僕に黙ってることはない?」
「ええ。なにも。なにもありません」
「絶対に?」
「……あの、シュトルヒ様、申し訳ないのですが、私やっぱり疲れているみたいで。部屋へ帰ります」
シュトルヒの探るような視線から逃げるようにして自分の部屋へ帰ってきた。
窓際の椅子に座り込むと、肩に留まっていた鳥が心配げに、メローレアの頬へ身をすり寄せてくる。
「……温かくて、柔らかい」
先ほどのシュトルヒの反応を思い出すとザワザワと波立つ心が、その温かさに少し癒される心地がして、泣きたくなった。
「鳥さん。あなたは何者? どうして私の聖力を纏うことができるの?」
そっと、鳥を包み込むように聖力を流してみる。すると鳥はやはりぼんやりと光輝いて、内側からメローレアのものと全く同質の聖力を放った。
「あなたは私の聖力を受け取ることができるのね。……普通の鳥ではない。もう少し大きくなったら、誰かを癒すこともできるようになるのかしら」
「ピィ?」
鳥自身は何も分かっていない様子で首を傾げていて、それが可愛らしくてメローレアはくすりと笑うことができた。
「あなたの名前を決めました。──リィン。"光"という意味よ」
「ピィ!」
「気に入ってくれた? ねえ、リィン」
誇らしげに鳴くリィンをつんとつついてみる。
「あなたは私が保護したから、私が何者であっても、ずっと私のそばにいてくれるかしら。リィン。私の小さな光」
「ピ!」
「嬉しい。ありがとう、大好きよ」
そうして、シュトルヒの探るような視線を思い返す。
旅の効率を度外視して夜のたびに宿を取ろうとすること。メローレアの睡眠を決して妨げないようにする態度。今日に至っては、旅程を一泊遅らせてまで。
──心のどこかでずっとおかしいと引っかかっていた。けれどメローレアは、怖くて目を背けていたのだ。
「シュトルヒ様は私の隠し事に……気づいているのかもしれない」




