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20 白くて丸い・2


 魔狼を一掃したシュトルヒは、硬質な音を立てて剣を納めると、すぐに馬車へ戻ってきた。


「随分しつこかったな……」


「ええ。でもあれだけの数の魔狼を一瞬で退治してしまうなんて、シュトルヒ様は素晴らしい剣の使い手だったのですね。本当に格好良かったです!」


 メローレアが今見たものへの感嘆を表現したくて興奮気味に身を乗り出すと、シュトルヒは口元に手を当ててふいと顔を逸らした。


「格好良いって……メローレアから初めて言われたよ」


「シュトルヒ様?」


「──ああ、いや何でもない。ちょっと思わぬ攻撃を喰らっただけだよ」


「攻撃を喰らったのですか!? 今すぐ治しますから見せてください!」


「ごめん、言葉のあやだ。つまり、物理的な怪我はどこにもない」


 謎かけのような言葉にメローレアは首を捻る。

 黙ってやりとりを見ていたララが、何故かにやにやしながら、ルペさんは大丈夫かなーなどと呟いて馬車から出ていった。


 シュトルヒは切り替えるように、それはそうと、と言葉を切った。


 そしてメローレアの腕のなかに収まる白いソレを、怪訝そうに観察したあと、片手で無造作に摘み上げる。


「あ……シュトルヒ様、もっと丁寧に」


「ピィ」


 ぷらん、と無抵抗に持ち上げられる白い塊は、シュトルヒの手のひらと同じくらいの大きさで、ほわほわと柔らかい毛が放射状に広がり、ほぼ完全な球体をしている。


「これは、何だろうね」


 ──これは何か。


 残念ながらメローレアは、その問いに対する答えを持ち合わせていなかった。


 シュトルヒによって無造作に持ち上げられたソレは、居心地が悪いのかモゾモゾとうごめいている。本人的には、身を捩っているのかもしれない。


「目……はあるようです。毛並みに埋もれているけれど。足も、あるみたいですね。毛並みに埋もれているけれど」


「よく見ると翼もあるよ。毛並みに埋もれてるけど」


「鳥の雛、なんでしょうか」


「僕には毛玉に見えるな」


「ピイ、ピイイィ!」


 鳥(仮)は、シュトルヒの手からジタバタと逃れると、不満げに鳴き声をあげながら、メローレアの腕の中に帰ってきた。


「シャーッ!」


 シュトルヒを威嚇する姿は、何だか可愛らしい。

 身体を覆う白い毛並みが太陽の光を反射して、全身がぼんやりと発光しているような不思議な見え方をする。


 メローレアは、前に神殿の古い書物で読んだ『未確認生物図鑑』を思い出していた。


 ケセラン・パサランという、ホコリのような白い生物が挿絵付きで描かれていたが、目の前の存在はそれにそっくりだ。

 ただ、ケセラン・パサランには目も足も翼もないはずだから、やはり違う生物なのだろうが。


 それに、メローレアは他にも気になることがあった。


「この子、変わった気配がします。聖力にも近いようでいて、でも少し違うような……。先ほども、私の聖力に反応していたような気がするのです。もしかすると、何か特別な力を持っているのかもしれません」


「僕は聖力がないから感じられないけど、気のせいじゃないかも。そいつが馬車に向かって飛んできた時、メローレアは何をしてたか覚えてる?」


「ああ! そういえば、聖力を巡らせる訓練をしていました」


「だから、そいつは聖力に向かって飛んできたのかもしれないと思ってね。それに、さっきの魔物は明らかにそいつを狙ってた。特別な力があるのなら、辻褄が合う。魔物は本能的に、力を喰らって強くなろうとするから」


「魔物が欲しがる何かが、この子にはあるのかもしれませんね。……ねぇ、鳥さん? あなた、帰るところはあるの?」


 問いかけてみると、鳥は意気消沈するかのように少し萎んで、左右に揺れた。


「まあ。ないのね……可哀想に」


 こんなにも小さな雛鳥がたった一羽きりで、魔物にまで追い回されて、どれほど心細かったことだろう。

 きっと、どうにか生き残ろうと必死にここまで辿り着いて、助けを求めて馬車にぶつかったのだ。


 メローレアは、そっとシュトルヒを見上げる。


「シュトルヒ様」


「君が何を言い出すのか、聞かなくても分かる気がするよ。一応言っておくと、この旅は危険が多いから、得体の知れないものを連れて行くのはお勧めできないんだけど」


「でもこの子、ここに置いて行ってはきっと、魔物に襲われて次こそ食べられてしまいます……」


「自然界はそういうものだよね」


「こんなに懐いてくれているのに……」


 鳥を抱いている腕の中がほんのりと温かい。メローレアに抱かれて安心しているのか、鳥はほわほわと毛を膨らませてますます丸くなった。可愛い。


「シュトルヒ様」


 お願いの意味を込めて、じっと見つめる。シュトルヒは、うっと呻きながら後ろに下がった。


「どうしても、ダメでしょうか……」


 腕の中のものをそっと抱え上げて、シュトルヒと目線を合わさせる。


「こんなにも可愛いのですよ。見捨てるなんてとても。ほら、あなたからもシュトルヒ様にお願いして」


「ピ、ピィ」


「シュトルヒ様っ」


「ああ……」


 シュトルヒは苦悩の声を漏らしてからしばらく頭を抱えていたが、やがて決心したように顔を上げた。


「いいよ。ペット一匹くらいなら、どうって事ないだろう。だから潤んだ目でこちらを見ないでくれ! ものすごく悪いことをしている気分になる」


 メローレアは躍り上がった。


「シュトルヒ様、本当にありがとうございます! ねえ鳥さん、あなたここに居られるのよ。良かった。名前を何にしようかしら──」


「……君には勝てる気がしないよ」


 いとも簡単にメローレアの要望を聞き入れて溜め息をつくシュトルヒを、ララとルペが何とも言えない表情で外から眺めていた。


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