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20/26

19 白くて丸い・1


 明けて翌日。

 馬車に乗り込んだメローレアが見たのは、眼鏡をかけてご機嫌に微笑むシュトルヒの麗しい姿だった。


「ああ、私が間違っていました。眼鏡はシュトルヒ様の美しさを減少どころか増幅させるアイテムだったようです。今後一切封印していただいて大丈夫です。そして代わりに袋かフード付きのマントを着てください」


「メローレアからの初めてのプレゼントを仕舞い込むなんてとても。しばらくは着けてるつもりだよ。……それでも」


 シュトルヒが急にこちらを覗き込む形で距離を詰めてきて、体温の低い指がするりとメローレアの頬をくすぐる。


「どうしても君が好みじゃないって言うなら外すけど、どう? 眼鏡をかけた僕は嫌かな?」


「えっ!? あの、嫌というわけではなく、当初の趣旨と正反対の現象が起こっているのでそれが不本意と言いますかっ。ああのもちろんとてもお似合いではあるのですけれど、……きゃっ」


 絶妙なタイミングで馬車が出発し、ガタリと大きく揺れたことでメローレアはバランスを崩した。素早く手を引かれ、シュトルヒの膝に倒れ込む。


「君の好みなら、良かった」


「すみません。バランスを崩して……」


 と顔を上げれば、人々を惑わす紫色の瞳が眼鏡の奥で楽しげに細められていることに気付き、メローレアは憤慨した。


「私を揶揄ったのですか!?」


「メローレアはいい反応をしてくれるから、思わず」


「シュトルヒ様って、本当に! 捻くれていますよね!」


「何を今さら? 僕のことを、その指輪の……アメジストのようだと表現してくれたのは君じゃないか」


 あの時は心躍ったよ、と嘯きながらわざとらしく手を握ってくるシュトルヒは完全にイタズラモードになっている。


「えっ。メローが、シュトルヒ殿下のことをアメジストみたいだって? わあ、ロマンチック! 言われてみれば、どっちもゴージャスでそっくりだね」


「そうではありません! 私が似ていると言ったのは──」


 複雑に屈折している所だ。


「メローレア、それは二人だけの秘密にしておきたいな」


「はわっ、そうなんですね、シュトルヒ殿下! メロー、言わなくていいよ。大丈夫、あたしもう聞かない。なーんにも、聞かないから!」


 目をキラキラさせて耳を塞ぐララと、これ以上なく楽しげなシュトルヒに囲まれて、ガックリと肩を落とす。

 シュトルヒの変なスイッチが入ってしまった発端はといえば、眼鏡だ。


(昨日ララの言うことを聞いておけばよかった……)


 そんなこんなで一行は一つ目の町をあとにしたのだった。







***




 この日の道中は平和だった。

 直接馬に跨って乗馬の練習をしたり、拒否するルペを馬車に押し込めてシュトルヒやララと御者台に上がったり。散歩して花を摘んだり、疲れたら馬車の中で昼寝したりもした。

 時たま襲ってくる暗殺者たちはルペが危なげなく蹴散らしていった。


「メローレア、ぼうっと空中を見たりして、何してるんだい?」


 順調に行程を進め、そろそろ宿場町へ着くかと思われる日暮れ前のこと、シュトルヒが不思議そうに覗き込んでくる。

 隣ですやすやと寝息を立てているララを気遣って、メローレアは小さめの声で答えた。


「これは空中を見ているのではなく、聖力を身体の中に巡らせているのです」


「そうなんだ」


「はい。聖力は動かさなければ減っていってしまいます。ですからこうしてこまめに動かしておくことが大切なのです」


「剣の鍛錬みたいだ。積み重ねないと鈍る」


「何にしても力を扱うということは、そう言うものなのかもしれませんね」


 言いながら、手のひらに聖力を集めていく。ぽうっと柔らかい光が灯るのを、シュトルヒが興味深げに覗き込む。


「メローレアは真面目で偉いね。僕も近々剣を振ろうかな」


 そんな会話を交わしていると、何もない道の半ばでふいに馬車が止まった。


「また暗殺者でしょうか。……ルペ、大丈夫ですか?」


 メローレアは身構えたが、これまでならば流れるように対処にあたっていたルペが御者台から動かない。不審に思って、馬車の窓から外を覗き込んでみる。


「ピイィイイイ!」


 と、白くてふわふわの物体が、メローレアに向かってすっ飛んできた。そしてゴンッという鈍い音とともに窓ガラスに阻まれ、あえなく墜落していく。

 なになに!? とララが飛び起きるが、説明している場合ではない。


「今のは一体!?」


「危険だ、メローレア!」


 シュトルヒが引き留めるのも耳に入らず、メローレアは外に出る。そして地面に落ちていた白い物体をそっと抱き上げた。


 その刹那、ゾクっと嫌な気配が背中を走った。


 注意深く視線を上げれば、岩のように大きな狼型の魔物が数十体、こちらに飛びかかる隙をじりじりと狙っているのが目に入り、メローレアは息を呑む。


 それは魔狼(デモン・ウルフ)と呼ばれる、通常の狼よりも何倍も大きな体躯と、そこから繰り出す強靭な牙と爪での攻撃、そして俊敏性が厄介な魔物だった。


 魔物は聖力を好まない。だから強力な聖力が渦巻く王都神殿の周辺にはまず出なかった。神殿から遠く離れたからこそ遭遇したのだ。


 シュトルヒが、魔狼を刺激しないようにゆっくりと、メローレアを庇う立ち位置へ進み出る。


「どうやら、()()が連れてきたみたいだね。早速剣を振る機会ができて有難いよ。ルペ、援護を」


(シュトルヒ様が剣を抜く姿を見るのは初めて……!)


 メローレアは戦闘の邪魔にならないよう、抱えた白いものをギュッと抱きしめて馬車に飛び乗った。

 ララも周囲の異変に目を覚ましたらしく、慌てて扉を閉めてくれる。


「メロー! 怪我はない!?」


「ララ。私は大丈夫です」


 言いながら、どちらかが怪我をしてもすぐに治癒できるように聖力を身体中に巡らせ始める。

 すると、メローレアの力の動きを感じ取ったのだろうか。腕の中のものが、ふるふると震えた。


 次の瞬間、魔狼たちが一斉に跳躍する。


 岩のような体躯の魔物が一斉に飛びかかる様子は恐ろしいのひと言だ。


 怯まないのがおかしいくらいの迫力に、シュトルヒは動じることなく、目にも留まらぬ速さで剣を抜く。


 そして一閃。


 たったそれだけの無駄のない動作が、剣気を纏って凄まじい剣戟の風を生み、五匹もの魔狼を両断した。


「すごい……!」


 血飛沫が舞い散る光景すら、美しいと思わせてしまうほどの圧倒的な剣技。命をやりとりする恐ろしい場面にも関わらず、その鮮やかさに一瞬見とれる。


 そうしている間にも、ルペは魔狼たちの間をすり抜けながら、目や脚を着実に攻撃していっている。彼の動きは素早く、気配と足音がない。

 魔狼たちは何が起こっているのか把握もできないうちに、機動力を削がれていく。そうして動きが鈍った魔狼を、シュトルヒが斬り払う。


 嵐のように一方的な攻勢により、魔狼の群れは見る間に数を減らしていった。


「治癒は必要なさそうね」


 メローレアはほっとする。


 そろそろ、残された魔狼が撤退を選ぶ頃合いだろう。野生の勘がなければ生き残れないのが魔物の世界だ。

 プライドも知性もなく、ただ狩れそうな獲物を狩る。狩れない格上と分かれば深追いせず逃げていく。


 それが魔物。そのはずだった。


(なのに、どうして?)


 魔狼たちは退く様子を見せない。

 生き残った幾匹かが見ているのは、戦っているシュトルヒやルペですらなく。


「なぜこちらを見ているの? まさか、まだこの子を狙っている?」


「メロー、その子なに?」


「わからないわ。でもどこか、不思議な感じがするの」


 腕の中の白い生き物は、ふるふると震え続けている。メローレアにはなぜか、その震えが恐怖からくるものではないように感じられた。


「ねえ、あなたが震えているのは怖いからではなくて、私の聖力に共鳴しているのかしら」


「聖力に共鳴する生き物なんて、聞いたことないよ?」


「私もないけれど」


 メローレアが聖力を強く巡らせれば、白い生き物も強く震え、聖力を弱くすれば、白い生き物の震えも弱くなる。

 そんな性質を持つ生き物など聞いたこともなくて、メローレアとララは、二人でまじまじとそれを見つめた。


「不思議……」


 そうしている間にも、魔狼たちはメローレアが隠れている馬車に未練がましい視線を送りながら、唸り声を上げている。


 けれどこの状況下で、魔狼が生きて馬車に辿り着けるはずもない。

 数秒も立たないうちにシュトルヒに切り捨てられ、周囲に立っている魔狼はいなくなった。


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