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18 最初の町・2


 二人で宿の外に出て、一番大きな道を歩いてみる。土地勘はないが、これなら迷うことはないはずだ。


「ララが行きたい場所は?」


「ううん、特には! ぶらぶら散歩するだけでもいいくらいだよ。メローは?」


「私は、うーん……」


 なにか考えようと顎に手を当てたとき、薬指で指輪がきらりと光った。


「そういえば、シュトルヒ様に指輪のお礼をしていなかったわ。いつかお返しするとはいえ今は毎日着けているし、貰いっぱなしというのも気になっていて」


「なるほど! じゃあ、探してみよっか。そうはいっても、指輪はいつか返すものだからその前提で……」


「高価すぎず、気軽に使えて、喜んでもらえるもの……難しいわ」


 二人で黙り込むこと数秒、ララがパチンと手を叩いた。


「そうだ! 何か顔を隠せるものを探すのはどうかな!?」


「顔を隠せるもの……?」


「うん。シュトルヒ殿下は、今日も旅館の人を卒倒させてたでしょ? ああいう時に顔を隠せるアイテムがあれば便利なんじゃないかなーって。

 それに、暗殺者にも狙われてるから、そういう意味でも目立たないに越したことないし!」


「まあ、ララ! すごくいい考えだわ! ララは天才ね!」


「ふふーん、もっと褒めて」


 話しながら歩いていると、正面からルペが歩いてきた。


「あ、ルペさん」


 相変わらずの無表情だが、向こうもこちらに気付いているようで目を瞬いている。


 ルペにも事情を話すと、少し考えるように黙ってから一つ頷いた。


「俺も行きます」


「ええ? 本当ですか?」


「俺の主人に関連することなので。こちらにちょうど良い店があります」


 表情に出ずらい彼だが、意外にもやる気は満々のようだ。

 それが何だか可愛く感じられて、メローレアとララはこっそり笑い合った。


 導かれるままについていった店はすぐ近くだった。外観は普通な感じの店だったので不思議に思ったが、店内に一歩踏み入れて、メローレアは納得する。


「まあ。服にアクセサリーに、雑貨まで揃っているのね。こういう品揃えのお店は初めてだわ」


「すごーい! 今日のテーマにぴったりだね。雑多だけどそこがワクワクするっていうか。ここなら何か見つかりそう!」


 こっくりと頷いたルペと共に、早速目的のものを探し始めた。


(何が良いかしら。シュトルヒ様はお顔の全部が美しいけれど、その中でも一番はやっぱり瞳。なにか瞳を上手く隠せるものがあれば……)


「あ、これなら瞳が隠れそうだわ」


 最近開発された"眼鏡"という物だ。高価なものはものすごい金額らしいが、これはただのガラス板が入っているだけなのか、さほど高くなくメローレアでも払える金額だった。


「メロー、それ眼鏡!? やばいって。それをつけたシュトルヒ様を想像してみて! むしろ瞳が強調されるから。攻撃力上がっちゃうから!」


「そうかしら? 最近開発された珍しい物なので、眼鏡の方に注目がいって、みなさんシュトルヒ様本体のことは見逃すかも。それに、これは眼鏡の縁が少し太いタイプだから、その存在感で、シュトルヒ様の一番美しいパーツである瞳の効果を和らげることができるはずだわ」


「ええええ、メローがすっかり眼鏡を気に入ってる!? もうそれに決めちゃってるじゃん! どうしよう!?」


 ララが頭を抱えている向こう側で、ルペが棚から何かを取って握り締めている。


「ルペ、そちらは何ですか?」


 メローレアが尋ねると、ルペは無言でペラリとそれを広げた。


「小麦粉を入れる袋……では、ないですね」


 まさに小麦粉を入れるような麻の袋に、穴が二つ。もしや被る用なのだろうか。その穴から目を出すということか。一体どんな使用シーンを想定した誰のための商品なのか。


「ルペさん!? それ被ったら顔は隠れるけどシュトルヒ様が不審者で警備隊に突き出されちゃうよ!」


「なぜですか。顔を隠すためのものを探しているのでしょう。隠れる面積が多い方がいいに決まっています」


「ダメだ! ルペさんももう手離すつもりがない!」


 ララが顔を覆って床に崩れ落ちた。


「ララ、そんな所に座り込んだらお店に迷惑をかけてしまうわ」


「メローはそんなに常識的なのに、何でシュトルヒ殿下の美貌が眼鏡くらいじゃどうにもならないって分からないの……」


 メローレアの差し出した手をとってよろよろと立ち上がったララが、ふっと目を見開いた。


「こ、これだ! これが良いんじゃないかな!? 見て、フード付きの旅用のマント! このフードをを目深にかぶれば顔の半分くらいは隠れるし、それでもイケメンは隠しきれないとは思うけど卒倒までされることはなくなると思うし! ねえ、これにしよ、二人とも!」


「眼鏡……」


「袋……」


「もうっ、マントだってば!!」







***




 夜も更けた頃、シュトルヒの部屋に音もなく人影が現れた。


「ルぺ、おかえり。何か目ぼしい情報はあったか?」


 シュトルヒは情報収集のため、ルペに宿の食堂や近くの酒場などを回らせていた。旅の時のいつものパターンだ。


 行く先の道が塞がっているだとか、野盗が出るだとか、厄介ごとを避けるには、情報収集を怠ってはならない。

 しかしシュトルヒが直接動くと目立ちすぎてそれ自体がトラブルの原因となるため、情報収集は専らルペの役割だった。


「最近、魔物が活性化しているようです。この先の平原でも襲われた旅人がいるとか」


「活性化? 魔物たちが子を育てる時期でもないのに珍しいね。知性のない魔物程度なら、活性化したところで対処に問題はないけど」


「はい」


「まぁ、一応気を付けて進むようにしよう」


「はい」


「……」


 通常であれば、このタイミングでルペは後ろに下がるのだが、今日は意味ありげな沈黙が落ちる。


 これは珍しいケースだと、シュトルヒは眉を上げた。

 ルペは感情の発露自体が少なく、自分の意見を言うことは滅多にない。


「なにか言いたいことが?」


 話を振ってみれば、ルペは待っていたように口を開いた。


「メローレア様が夢見の聖女であられることを、我々が知っている旨はいつお伝えするのでしょうか」


 予想外の話題にシュトルヒは顔を顰めたが、ルペは気付かなかったのか、気にしていないのか、そのまま言葉を続ける。


「これほど協力していただいているのに重要なことをお伝えしないままでは、メローレア様が気付かれた時にご気分を害されるのではないかと」


「メローレアのことが気になるのか?」


「シュトルヒ様の特別な方ですので。本日も熱心に女性の心得についてご説明していましたし」


「それは、メローレアが無防備すぎるから、今後旅をするなかで不都合も出てくるだろうと思っただけだ。今まで聖女たちの中で暮らしてきた影響か、男を警戒するということを全くしないんだから」


「……メローレア様の無防備さをこれまで一番利用していらっしゃったのはシュトルヒ様ですが……」


 というルぺの突っ込みを聞こえなかったことにしながら、シュトルヒは心の中で反芻する。


(特別な方、か。メローレアは今、僕にとって確かに特別だ。けど)


「仮に僕たちが彼女の能力に気付いていることを伝えたとして」


 指でコツコツと机を打つ。思考を巡らせる時のシュトルヒの癖だ。


「彼女は能力を隠したがっていた。もし隠せていなかったと分かって、夢見に不具合が生じたら? 夢見ができないメローレアは……僕にとって特別ではなくなるだろう。帝国に連れて行く必要も、なくなる」


「そうなのですか?」


「もちろんだ」


 当然のことを言ったまでなのにも関わらず、意外そうに首を傾げるルペに、なぜそんな顔をするのかとシュトルヒは心底疑問を感じた。


 夢見のできないメローレアを帝国に連れて行くことを想像して、そのメリットの無さにシュトルヒは首を振った。

 それから、夢見のできないメローレアを置いて帝国に帰ることを想像し──すると急激に、不可解な気分の悪さが心の内に広がった。


 驚いて心臓のあたりに手を当てると、鼓動が妙に大きく、胸の奥がざわついているのが分かる。


(何だ? この感情は)


 動揺するシュトルヒだったが、一方ルペの方は、シュトルヒの発言に基づいてさっさと結論を下したらしい。


「では、メローレア様へは黙っておくようにします」


 シュトルヒは今まで、非常にシンプルな基準のもと、物事を判断してきた。自分にとってメリットがあるか、ないかだ。


「……ああ。黙っておいてくれ」


「かしこまりました。それから、こちらを」


「なんだ?」


 ガサリと渡された包みを受け取ると、中から三つのものが出てきた。


「眼鏡と、袋と、マント?」


「情報収集中に、メローレア様とララさんに鉢合わせまして。シュトルヒ様のお顔を隠せるアイテムを買いに行くと聞いたので同行しました。シュトルヒ様はどれが一番いいと思いますか?」


「…………何してるんだ、君たちは」


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