16 旅立ち
「メ、メメメメメメメメロー!!!! それっ、その指輪どうしたの!? えっシュトルヒ殿下から? ななななにがあったの──!?!?」
「ララ、どうか落ち着いて!」
混乱したララを何とか宥めて説明する。
シュトルヒの置かれた状況。占いの腕を見込まれて手助けを求められたこと。皇宮まで入り込むため、かりそめの婚約をしたこと。
「なので、すべてが終われば指輪を返して、この国に帰ってくるつもりよ」
「なるほど、そっかあ。シュトルヒ殿下を手助けするため……」
「私でお役に立てるのであれば、できる限りのことをして差し上げたいと思って」
「メローらしいね。いつも優しくて真面目で、正義感が強くてさ。メローが自分で考えてそう決めたなら、あたしも友達として応援しなきゃ。……だけど」
ララが言いづらそうに口籠る。それからチラリとこちらを伺うように視線を向けて、また伏せた。
「ララ?」
いつだってマイペースなララの珍しい様子に、メローレアは心配になって身を乗り出す。するとララは、メローレアの手にそっと自分の手を乗せた。
「その旅ってきっと……危険、だよね?」
否定はできない。次々と暗殺者が差し向けられるような旅に同行する上、最終的には婚約者として敵の本拠地まで乗り込もうとしているのだから。
けれどそれを言えば、ララは余計に気を揉んでしまうだろう。メローレアのことを心から大切にしてくれる親友だからこそ。そうはさせたくない。
メローレアは少し考えてから、口を開いた。
「大丈夫よ。シュトルヒ様も従者のルペ様も、とてもお強いもの」
これがメローレアの言える精一杯だった。
「絶対に無事に帰ってくるわ。しばらくララと会えなくなってしまうのは寂しいけれど、その分手紙をたくさん書くから。……だから、どうか返事を頂戴ね」
そう言って、少し言葉に詰まる。束の間と分かっていても、ずっと一緒にいた親友と離れるのは辛い。
同じように感じてくれているのか、俯いて黙り込んでしまったララの肩を、メローレアはそっと抱きしめた。
その後も誰かとすれ違うたびに指輪の事を聞かれた(全員が目ざとく指輪に気付くのに驚いた。恋愛話に飢えた乙女の代表格である聖女は、こういったことに敏感なのだ)。
そうしてひたすら説明を繰り返し、神官長や聖女長にも報告し。
家族には、さすがにかりそめの婚約などと説明するのは気が引けたため、聖女の仕事でしばらく帝国に行くことになったとだけ手紙に書いた。
──旅立ちの日が来るのはあっという間だった。
***
「この神殿とも、しばらくお別れね……」
見慣れた真白い建物を振り返る。
(夢見の聖女として過ごした十年は、まるで冷たい檻のように私を捕える場所だった。見習い聖女として暮らしたこの三年間は、温かい家だった。この建物を出ることになる日が来るなんて)
平凡に生きようと思っていたのに、人生何があるか分からないものだ。
今自分は、人生計画とは大きく違う道に踏み出そうとしている。けれど不安は意外なほどなく、むしろ晴れ晴れとした気分だ。
それはきっと、力を隠し持っていることしかできない、そんな自分の生き方にどこか違和感を抱えていたから。
ただ、心残りがひとつだけ。
「ララ……」
親友と旅の前に言葉を交わせないのだけが残念だ。
いつも元気で明るい彼女が、旅に出ることを話して以来、ふさぎ込んだように言葉少なになっていた。
「メローレア。そろそろ出発しようか?」
シュトルヒが気遣わしげに声をかけてくれるのに、メローレアは大丈夫という気持ちを込めて微笑みかける。
(ララには、旅先からたくさん手紙を送ろう。その場所の絵葉書に、小さなお土産を付けて)
そうして馬車に乗り込みかけた、その時。
「待って!! 乗りま──す!!」
(乗ります?)
不審に思った瞬間、ガバリ、と後ろから抱きつかれて、メローレアは乗りかけていた馬車の座席に尻餅をついた。その隣に、ぎゅうぎゅうと乗り込んできたのは。
「ララ!?」
「皇子様の婚約者に侍女が付いてないのはおかしいよね! あたし、侍女役をすることにしたんだ!」
「ええ? で、でもシュトルヒ様は」
重要な旅に急に人数が追加されるのは嫌がるのではないだろうか。
そう思ってシュトルヒを見ると、彼は笑いながら肩をすくめていた。
「昨日、彼女から猛烈な売り込みがあってね。彼女の生家は騎士家らしくて、彼女自身もそこそこ腕が立つらしい。皇宮では女性しか入れない場所もあるから、そういう場所でも君を守れる、信頼できる人員は必要だろう」
「いざというときに戦える侍女役、ララです! ──わあっ、メローったらどうして泣くの?」
「いえ。ごめんなさい、とっても……嬉しくて」
思わぬ仲間を迎えて、馬車は賑やかに神殿を後にした。
***
ハルトベルク帝国に向けて、東の方角へと馬車は進む。
メローレアは少しだけ感傷的な気持ちになって、揺れる馬車の窓から外を見た。
神殿が遠くなっていく。帰ってくるのはどれくらい先になるのだろう。
そんなことを考えていると、向かいに座っているシュトルヒに手を取られた。
「シュトルヒ様?」
「改めて伝えさせてほしい。僕のために、重い決断をしてくれてありがとう。助けてもらう立場ではあるけど、君が後悔することのないように全力を尽くすよ。希望があれば何でも言ってくれ」
指輪をもらった日以来、シュトルヒは少し変わった。
信頼してくれるようになったのだろうか。以前は口を開けば延々と飛び出していた甘い台詞が減り、代わりに飾り気のない発言や素朴な表情が増えた。
そのことが素直に嬉しくて、シュトルヒの手に自分の手を重ねる。
「今で十分です。この馬車はとても快適ですし、長旅は久しぶりで……その、不謹慎かもしれませんが、少しワクワクしています」
「それは何よりだ。ハルトベルク帝国の皇宮までは馬車で約一ヶ月かかる。せっかくだから君が楽しんでくれるなら、僕も嬉しい」
「ええ。シュトルヒ様も」
「僕も?」
「はい。大変な旅ですが、気を張ってばかりでは疲れてしまいます。適度に楽しみながら過ごせたならば、全てが終わった後、きっと良い思い出にもなるはず。そう思いませんか?」
「ああ──そうだね。思い出か。考えたこともなかったな」
「ぜひ、考えてみてください」
横の席に座っているララは、窓を開けて御者台のルぺに何やら話しかけている。
「ねぇねぇ、ルぺさん。念のため確認するんだけど、この二人って、付き合ってはないんだよね?」
「はい」
馬車が砂利道を駆けるガラガラという音で、話の内容までは聞こえない。二人とも耳が良いのだな、などと思いながら眺めていると、馬車が急に止まった。
まだ走り出したばかりなのにと考えていると、御者台にいたルペが素早く降りる気配がする。
「どうしたのでしょうか」
「うん? ああ。まぁ、ね」
歯切れの悪い言い方をするシュトルヒに、メローレアは外を覗き込んでみた。
「あっ!」
ルペが、暴漢を鮮やかな回し蹴りで伸す瞬間だった。
「復路、記念すべき一人目だ」
「暗殺者に対してそのように言う方は、世界広しといえどシュトルヒ様くらいでしょうね」
「わあ、ルペさんってば素早い動き!」
もう一度窓の方を見ると、ルペが音もなく窓の横に立っていたので、メローレアはとても驚いた。
「ルペ様は素晴らしい運動神経をお持ちなのですね!」
「メローレア様、恐れ入ります。ですが、あなた様は俺の主人であるシュトルヒ様のご婚約者になられましたので、今後はルペとお呼び捨てください」
「あ、はい」
「それとシュトルヒ様、先ほどの相手は始末するまでもない雑魚でしたので、気絶させておきましたがよろしいでしょうか」
「いいよ。ご苦労」
端的なやりとりがあって、何事もなかったように馬車が動き出す。
メローレアはなんとも言えない気持ちで、先ほどの発言を撤回することにした。
「…………。やはり、旅にワクワクしている場合ではありませんでした」
「どうしてだい? せっかくだから、楽しんで良い思い出を作ろうよ」
メローレアは頭痛を感じてこめかみを揉んだ。
そんなやりとりがツボに嵌ったのか、ララは涙目になりながら笑っていた。




