12 街歩き・1
「何を着ていけばいいのかしら」
シュトルヒとの街歩きの朝、メローレアはベッドの上に手持ちの服を並べて悩んでいた。
いつもの真っ白な見習い聖女服。これは洗い替え用に五着もある。それに比べて、休日を過ごす外出着はたったの二着だ。数少ないそれらを眺めて、メローレアはうーんと唸る。
片方は胸元のリボンと膨らんだスカートが特徴の臙脂色のワンピース。お気に入りだがかなり着古している。もう片方はすっきりしたシルエットの薄茶色のワンピース。動きやすいが味も素っ気もない。
普段から仕事に忙しくて、休日はもっぱら部屋でゆっくり過ごすか、日用品の買い出しくらいしかしてこなかった。ゆえにオシャレとは縁がなかったのだ。
「いっそのこと、外出着よりは聖女服の方が」
呟いてみると、それでいいような気がしてくる。むしろ聖女服の方が望ましいくらいかもしれない。
シュトルヒはデートだなんて嘯いていたけれど、持ち前のイタズラ心を発揮しただけだろうし、実際のところメローレアの役割はただの案内役だ。
「それに、気合を入れてみたところで、シュトルヒ様のオーラで私なんて掻き消えるはずよ」
口に出してみたら、その説がもっともらしく思えてきた。どうせ消えるならば聖女服でも何ら問題はない。
「別に悩む必要なんてなかった──」
その時ふと、服を取り出して淋しくなったクローゼットの下に、置きっぱなしになっている箱が目に入った。
「そういえば先月、久しぶりに実家から小包みが送られてきたのだった。まだ箱を開けられていなかったけれど、何が入っているのかしら」
メローレアの実家は、貴族とは名ばかりの下流貴族だ。小包みにはいつも、お金をかけないながらも両親が心を込めて選んだのであろう品物が入っている。
せっかく思い出したのだから開けてみようと、メローレアは小包みを取り出した。
***
待ち合わせは午後、神殿を出て右手にある噴水の前と決めていた。
時間よりも早めに向かうと、すでに待っているシュトルヒの後ろ姿が目に入ったので、メローレアは大いに慌てる。
「シュトルヒ様、すみません! お待たせしてしまい……」
近くまで駆け寄ったところで、振り返ったシュトルヒを見て言葉を失った。
なぜなら今日の彼は、周りに溶け込むよう意識したいつもの服ではなく、皇子らしい華麗な服を着用していたからだ。
均整の取れた身体を包むのは、艶やかな黒色を基調とした衣装。銀糸で大胆な刺繍が施されていて、華やかなシュトルヒによく似合っている。
首元には大ぶりな水色のアクアマリンを飾っており、そこから伸びた繊細な鎖が彼の胸元を這う様子は婉麗だ。
その上、仕上げと言わんばかりに、片方の肩からは濃紺のマントまで羽織っていた。
どう見ても攻撃力過多だ、とメローレアは鈍る思考の端で思う。
このままの彼を街に放っても良いものだろうか。街の人々のほとんどが衝撃のあまりひっくり返って神殿送りになり、今日勤務の聖女たちの仕事が数倍に増えるのでは。
神の降臨のごとく光輝く目の前の存在にどう対処すればいいのか分からず立ち尽くしていると、シュトルヒはこちらを向いて、万人を虜にする華やかな笑顔を見せた。
「よく似合ってるね」
「……ええ、そうですね。素晴らしくお似合いです」
ほぼ無意識でコメントすると、シュトルヒは盛大に引き攣った。
「どうしてこのタイミングで僕が自画自賛すると思うのかな? 君の中で僕が一体どんなイメージなのか、心配になるよ」
「え?」
「君に、そのドレスが、よく似合ってるって言ったんだ」
シュトルヒが言い聞かせるようにゆっくりと区切りながら話すのに、メローレアは自分の衣装を見下ろす。
"綺麗な服も必要な年頃でしょう"
母からのそんなメッセージが添えられた小包みの中身は、明るい空色が美しい、外出用のドレスだった。
高価だったろうに、その気遣いがメローレアはとても嬉しかった。
装飾品はあまり持っていないので小ぶりなブローチ一つだけれど、ドレスの方に刺繍やフリルがあるので、それだけでも十分に華やかだ。
「あ──ありがとうございます。ちょうど実家から送られてきていたドレスで。案内人なのに華美かとは思ったのですが、せっかくの機会だからと」
「ご両親はメローレアに似合う物をよく分かってるんだね」
焦って言い訳のように話すメローレアを宥めるように、シュトルヒはメローレアの黒髪を一筋掬って口付けた。
「本当に可愛い」
至近距離で視線が絡む。
「ひゃんっ」
メローレアは奇妙な声を発しながら大きく飛び退った。
(落ち着きなさい、メローレア。これまでにシュトルヒ様への耐性は獲得してきたはず。自分を信じて)
取り残されたシュトルヒをよそに、自分に言い聞かせながら、すーはーと深呼吸を繰り返す。
すると徐々に平常心が戻ってきたので、シュトルヒに一応の忠告をしておくことにした。
「シュトルヒ様、街を歩くならもう少しそのキラキラをしまう方が良いと思いますよ」
「キラキラ?」
シュトルヒはやはりピンと来ていないようだ。
ただ首を傾げるだけの姿すら優美で、輝きを減らせそうな気配はまったくない。
どうしようもないことを悟って諦めたところで、ようやく彼の後ろにいる存在に気付いた。
「あ、馬……」
以前、街に薬草を買いに行くときに乗せてもらった黒馬だった。
あの日初めての乗馬で上下に振り回されるという大変な経験をしたのが最後の記憶だったため、思わず馬から距離を取って遠巻きにしてしまう。
そんなメローレアの様子に、シュトルヒはおおよその事を感じ取ったらしい。
「動物は好き? こいつは大人しいから、もし嫌でなければ、そばに寄っても平気だよ」
「ええ。……動物は、好きです」
言いながら恐るおそる歩み寄ると、馬は黒くて優しげな瞳でこちらを見た。
そっと手を伸ばしてみると、ブルルと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、顔を擦り付けてくる。
「まあ。可愛い」
「そうだろ。前回は飛ばしたからすごく揺れたけど、今日はゆっくり行くから大丈夫だ。馬車で行くことも考えたけど、馬の方が景色や風を楽しめる。乗れそうかな?」
「やってみます。……ねえ、私のことを乗せてくれるかしら? どうかよろしくね」
鼻先を撫でながら話しかけると、馬が機嫌良さそうに嘶いた。




