10 事件・2
「特殊な薬草を街に買いに行かねばなりません。今すぐにです。連れて行ってくれますか?」
「もちろん。僕の馬で行こう」
言いながら、シュトルヒが自分の外套をメローレアに着せ掛けてくれる。
(そういえば、寝巻きのままだった)
「何かを守ろうとする時、君は着替えることも忘れるくらいに必死だ。僕を助けてくれた時もそうだった。そんな君を、僕は」
メローレアは続く言葉を待ったが、シュトルヒは緩く首を傾げた。それから、こちらへ手を差し伸べる。
「……行こう。メローレア」
彼が何を言おうとしたのかは分からない。
(僕は──なにかしら。けなす文脈ではなかったから、"協力者にしたい"とか? それとももう一歩踏み込んで、"頼りにしてる"みたいなこと?)
考えたところで分からないけれど、続く台詞が何であろうと、メローレアは構わなかった。
いつもいつもたった一人で悪夢と戦っていた、夢見の聖女の十年間を思い出す。あの時、周りにいた人々はみな夢見の聖女を崇め、縋るばかりで、メローレアの隣に立とうとする者は一人としていなかった。
(ああ。共に戦ってくれる人がいることの、なんて心強いこと)
メローレアは差し出された手をしっかりと取り、外へと走り出た。
馬に二人も乗ってしまって速度は出るのかと不安に思っていたメローレアだったが、杞憂だったとすぐに分かった。
「メローレアはただ僕に寄りかかっててくれたらいいから」
そんな言葉を聞くやいなや、ぐんっと全身に圧力がかかる。
シュトルヒの操る黒馬は無駄なく筋肉のついた美しい軍馬であり、風のように速く駆けた。
また馬を操るシュトルヒの技術も素晴らしいもので、視界の悪い森の中だろうと街の中だろうと、何の危なげもなく全ての障害物を避け、決して速度を落とさない。
ひとつ、メローレアにとっての問題点があるとすれば、どんな名人でも馬特有の縦揺れをなくすことはできないということだ。急いでいる場合はなおさら。
つまり、乗馬の経験がないメローレアは馬の一歩ごとに激しく上下へ振り回されることになった。
シュトルヒが全身を使って上手く支えてくれているおかげで、鞍へ尻を打ちつけずに済んでいるだけ有難いと思うべきだろう。
「ごめんね。本当はもう少しゆっくり走ってあげたいんだけど……」
気遣わしげに言うシュトルヒに、その必要はない、と言う意味を込めてぶんぶんと首を振る。
こうしている間にも、神殿のみんなは苦しんでいるのだと思えば、一刻も早く駆けつけたかった。
シュトルヒもそんなメローレアの気持ちを理解した上で、急いでくれているのだろう。
メローレアは舌を噛まないよう必死に歯を食いしばりながら前を向き続けた。
──結果、夢の中では数刻かかった街の薬屋との行き来を、たった半刻足らずで往復することができたのだった。
***
調達した薬草を片手に神殿の診療室へ駆け込んだのは、太陽が朝日から日中の陽光に変化した頃だ。
「はぁっ、はぁっ。みんなは……?」
周りを見渡せば、多くの神官や聖女たちが苦しげに横たわっている。けれど。
「人数が、少ない……」
夢見で見た光景のように、患者で足の踏み場もないというほどではなかった。
棒立ちになるメローレアの肩を支えるようにして、シュトルヒが言う。
「メローレアの占いのおかげで早くに水の使用を禁止できたから、難を逃れた者も大勢いるようだね」
シュトルヒはそんな風に評価してくれるけれど、より情報に正確を記すならば、メローレアは夢見の内容にすっかり動揺してろくに対策を打てなかった。
実際に情報を伝達し、多くの人を救うべく動いてくれたのはシュトルヒとルペだ。
そんな思いを込めて、首を横に振る。
「これはシュトルヒ様とルペ様のおかげです。本当に、ありがとうございます」
「君って意外と自分に自信がないのかな? 僕やルペだけではそもそもこの事態を察知することができないんだから、状況が改善したのは君の力だと考えるのが妥当だと思うけど……」
「でしたら、私とシュトルヒ様とルペ様、みんなが頑張った結果ですね。今の状況も決して良いとは言えませんが、この人数ならば無事だった者たちと連携して速やかに救護を行えるはずです」
とはいえ、患者がいなくなった訳ではない。メローレアは薬を煎じるために慌ただしく調合場に向かおうとする。
その時、ふと後ろに慣れ親しんだ気配を感じた気がして、振り返った。
「っ、ララ……!?」
「メロー?」
毒で亡くなる運命だったララが、元気な様子で立っている。
それを視界に収めた瞬間に、途方もない安堵が込み上げてきて、薬草を持つ手がブルブルと震えた。
「それ、メローが手に持ってるのって、みんなに効く薬草!? すごい! あたしも煎じるの手伝う──メロー?」
昂った感情のまま、不思議そうにするララに駆け寄って、力一杯抱きつく。
(ララが無事だった! 助けられた……!)
横たわって血を吐くララの苦しげな光景を振り払いたくて頭を振ったら、その拍子に堪えていた涙が一粒散った。
泣くのはみんなを助けてからと、そう決めていたのに、どうやら我慢し損ねてしまったらしい。涙の跡をぐいと拭う。
「ごめんなさい。何でもないの。ただ、ララが無事で良かったと思って」
ララからすれば、急にどうしたのかと不審に思っただろう。
けれどメローレアの優しい友人は、何も聞かずにっこり笑って、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。
「メローも無事で良かった。薬がたくさん必要だから、一緒に頑張ろっ」
それからは無事だった聖女たちで、薬草を煎じては患者に聖力をかけることを繰り返した。
シュトルヒやルペ、聖力を持たない神官たちも、出来上がった薬を患者に飲ませ、汗を拭い、吐血や嘔吐する者がいればその都度清めるなど、甲斐甲斐しく働いた。
それを一昼夜行った頃、皆の病状は徐々に快方へと向かっていったのだった。
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