18、屍操の王のアリア〜終曲
「キミ、珍しいねー。自分の島を売り飛ばすなんて」
暗がりの中で、島の防衛機構についてエリクと名乗った災竜にゲロっていく。
島主に仕える家だとして、しっかりした教育を受けていた事が、こんな事に役立つとは思わなかった。
どうせ死に知識だったし、それに関しては家族に感謝を送ろう。
「うるせぇ。黙って続きを聞け」
ともかく、俺は次に災竜に島を襲わせる事にした。ドサクサに紛れて妹様を殺せば、アイツらへのダメージにもなるだろう。
エリクと名乗った災竜は、何でもいいから人を襲いたいと言った。流石にちょっとたじろいだが、自分でも驚くほど冷静に取引を出来た。
一緒に、目障りな人間を減らそうと、表面上では意気投合した。
(バケモノめ…)
薄皮一枚の向こうで、全く信用していなかったが。
そしてエリクへの薄っぺらい信頼は、決行の日に崩れ去った。
最初は、フェキシフトにそこそこの被害を与えるだけだった。けれど、興奮したエリクは島の殆どの人を殺してしまった。
「アゴル!見てみて、これ自信作なんだー!」
人間をわざわざ形を残して殺し、何処からか持って来た岩山にくくりつけて行く。
そうして出来た人間の塔を、エリクは一人で見て満足していた。
「カイも、すっごく絶望してくれたし!いやー、やっぱ島を襲うなら滅ぼすまでしないとね!」
吐いた。
嫌いだとしても、確かに生まれ育った世界だった。
大量の死体に、吐かない訳なかった。大量の死体に、感覚が麻痺していった。
「は、はは…」
しかもエリクは、わざとカイルスだけを生かした。一人残す方が、良い顔が見れるからだという。
カイルスが島を去ったのを見計らって、エリクは人間で出来た塔を人間の部分だけ壊した。
「もう要らないよね、これ」
「——は。はははは、ははははははははははははーっ!」
血と肉と焦げた匂いに包まれて、いつの間にか笑い出していた。理由の無い恐怖と耐えられぬ歓喜に、ただ体を揺らしていた。
「はははははははははははは、ははははははははははははははははははははははははっっっ…………あ、ぁ………はは、はははははははははははははははは、ははははははははははははーーーーっ!」
「何やってんの。気色悪いよ…」
困惑するエリクを無視して、腹の底から湧き上がる様々な感情を混ぜて、ただ笑うことしかできなかった。
その時、大量の屍の中で笑った自分の中で、どす黒い何かが沸々と湧き出した。後にそれが、『屍操の加護』だと言うことを知る。
二年後、カイルスがしっかりまだ生きていてくれたことを知った。次は、ハーマレーでも襲おうと考えていた時だった。
「あそこにはギルギさんが居るから、先ずは彼と話を付けて来てよ」
鎮魂祭の日、エリクの言った通りにギルギと会おうとしたが、そこで島主殺人の事件が起き、会えなかった。
そしてなんだかんだ、ギルギという人は殺されてしまった。
「お前の食いつきそうな知らせを持って来たんだ。…アイツが、聖女一行の中にいた」
それでも情報は持って帰って来れた。
避難所で避難民に紛れて、確かに見た。カイルスが、聖女と共にいるのを。
それを言うと、エリクは居ても立っても居られなくなり、まるで子供のようにはしゃぎ出した。
「僕としちゃあ、どっちでも良いんだけど」
なんて、真っ赤な嘘を言っていたが。
そして、カイルスが島に来るのを見計らって、『加護』を発動させた。全ては、今度こそアイツを殺すため。
絶望の中で、カイルスを殺して。
殺して、そして。
そして……。
「なん、だっけ…」
何を、望んでいたんだっけ。
———
「なん、だっけ…」
アゴルが、呆然と何かを呟きながら、再び青白い右手を上げる。土から、屍人たちが溢れ出す。
「——っ!」
その、中に。
見慣れた二人の影があった。
「ゾルガ…レナ……」
ちょっと天然だけど気のいい友達と、最後まで腕の中に居た、ただ一人の妹。
彼らの顔は、泣いているように見えた。
未練があるのだろう。無いはずがない。けれど彼らはもう死んでしまった。
だから。
「さよなら、ゾルガ、レナ。……みんなの分は、僕が生きるよ」
さよならの、別れの言葉とともに、一息に斬り伏せた。
過去は無くならない。だからこそ、受け入れて、その先を進むしかない。
「これで…っ!」
確信と共に、目の前に群がる屍人を、全て一閃で斬る。
アゴルが再び右手を上げるが、屍人はもう、生まれてこない。
彼が用意した屍人、百余りを、全て斬り伏せたのだ。
「あ、ああ…」
呆然と立ち尽くすアゴルにのしかかり、その首元に剣を立てる。
「な、なんなんだよ…何なんだよお前はぁ!ああああああああああーーー!」
剣先を認めたアゴルは、子供のように喚いた。
軍力の誇るフェキシフトで、島主に仕えるべく育てられたのだ。武人的な考えも、彼の中に少しはあると思ったのだが。
「嫌だいやだ!お前になんか…島主になんか、殺されたくない!」
体を固められて動けず、それでも僕への拒絶を叫ぶアゴルを。かつて、自分の全てを滅ぼした元凶を見つめる。
そして、小さく息をついた。
「…いや、殺さない」
「…は」
「ペミー、お願い」
掛け声と共に、アゴルから離れる。それと同時に、上空から丸い影が落ちてくる。
「イヤウオ・ゲール!」
「…ぐふぅっ!?」
短い声と共に落ちて来たペミーの耳拳が、アゴルの腹に命中する。
低い音。アゴルの腹がぐわんと湾曲し、衝撃が地面に割れ目を作る。
「ぐっ……」
「…俺は、お前は殺さない」
白目をむいて、気を失ったアゴルに宣言する。もう、聞こえてはいないだろうが。
「俺が…やり返す相手は、最初から決めているから」
——屍操の王の独奏曲は、こうしてその幕を引いたのだった。




