17、屍操の王のアリア
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「『屍操の加護』、トンデモ無いもんじゃ無いですか!そんなの、誰も止められないんじゃ…」
「いや、『加護』の相性によれば、封殺する事も可能だ。…例えばそうだな、『剣の加護』あたりか」
「…それは一体、どんな『加護』で?」
「有り体に言えば、あらゆる物を断ち切る力が、剣に宿る物だ。その剣を振るえば、体だろうと感覚だろうと斬れる。…もちろん、記憶もな」
「ちょ、ちょっと待って下さい!『屍操の加護』は、記憶を使って屍人を無限に呼び出しているんですよね!?しゃあ、その剣で斬られたら…」
「ああ。屍人は二度と甦らないだろうな。…言ってしまえば『剣の加護』は、『屍操の加護』に対してメタになるのだ」
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次々と襲いかかって来る屍人を、剣の赴くままに斬り伏せる。
普通こんなに剣を振るうと、腕が疲れて来てしまうのだが、不思議と疲れは感じなかった。頭も体も、興奮しているからかもしれない。
「は…?なんだよ…それ…っ!」
アゴルから、焦りを感じる言葉が漏れる。
その理由は単純。僕が斬った屍人が、二度と復活しないからだ。
それだけなら、まだいい。どちらにしろ、屍人は大量にあるのだから、僕が疲れるまで投入し続ければいい。
けれど、生憎今の僕は疲れ知らずだ。
「…ふっ!」
ガルアとモモの屍人を、剣を振って二つにする。斬られた二人は、灰のようにボロボロと崩れ去った。
「…っこの!」
アゴルが右腕を上げる。新たな屍人が土から生まれてくる。その中に、今度は両親の屍人を見つける。
「…っ!」
心と体が、少し躊躇した。けれど、剣は少しも躊躇せず動き、両親の屍人を斬り伏せた。
崩れゆく、家族だったモノの体。その顔が、笑っているように見えた。
「おやすみ…ガルア、モモ、父さん、母さん……」
その笑顔に、背中を押されて。自分を受け入れて、今ここに立っている。
そう思うだけで、胸の炎がさらに強くなる。
それが悲しくも嬉しくて、剣を構え直しながら無意識に微笑んでいた。
それを余裕と取ったのか、アゴルの顔が酷く歪んだ。
「なんだよ…なんなんだよ、お前っ…!」
狼狽するアゴル。屍操の王は、先程までの威勢など何処にもなく、ただ子供のように喚いていた。
口から雪崩のように発する言葉は、最早意味を為していない。
ただその脳裏には、歪み曲がった記憶だけが、繰り返し再生されていた。
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生まれて初めて空岸まで足を運んだ時、とても感動した。だって上にも前にも下にも、どこまでも空が広がっていたから。
世界はこんなにも広い。宙に身体を投げ出してみれば、どんなに気持ちいいことか。
だから毎日空岸の際まで歩いて、そこで空を眺めていた。
その時の自分は、まだ知らなかった。普通の人は、空岸に近寄る事自体を怖がるのだと言うことも。
飛び降りたいと考える自分が、異常だということも。
小さな頃から、自分の家は島主に仕える使命があるのだと、言い聞かせられていた。
兄はそれを何も考えずに受け入れていたが、自分にはそれが出来なかった。
だって、世界はこんなにも広いじゃないか。
なのに何故島一つに拘るのだろう。家一つに拘るのだろう。
その時の自分は、まだ知らなかった。世界には面倒なしがらみが多すぎることを。
広いだけで、そこに自由は無いのだということも。
自分が出来の悪い子供であることぐらい、分かっていた。けれど許せなかったのは、それを兄と比べられたことだ。
兄のゾルガは、とっても優秀だった。
「ゾルガは完璧にできるのに、どうしてアゴルはできないのかしら?私の教育が悪かったの?」
「おまえは悪くないさ。アゴルにやる気がないだけだ」
そんなことを言っていた両親は、やがて自分のことを無視し始めた。
優秀な兄がそれに気付いていたかどうか、今はもう分からない。けれど兄だけは、自分を無視しなかった。
それが、嫌だった。
なんで自分に構うんだ。関わりたくもないのに。
口を開けばいつも、仕える島主の称賛ばかり。島の外の事なんて、考えてすらいない。
自分はただ、あの空へ飛び出したいだけなのに。
狭く、閉じた世界に苛立ちが募った。
なんで自分はこんなにも不自由なんだ。誰が自分を不自由にしているんだ。
優秀な兄に聞くと、答えはあっさり返って来た。
「僕らが島から出るには、島主様の許可がいるだろう?なんだ、島出したいのか?」
島主か。
島主が、自分を不自由にしているんだ。
俺は、自分を離さない奴らが嫌いだ。それが自分が仕える相手だなんて、吐き気を催す。
自分はただ、あの空へ飛び出したいだけなのに。
「……」
島主に子が産まれた。カイルスと名付けられた。
産まれた子は、親に大事にされながら民衆の目に晒された。
それを見て思った。アイツらは温室育ちだ。
アイツらは、俺が何を頑張ってもうまくできない裏で、全部を与えられている。
アイツらもまた、何も出来ない俺を、見てすらもいない。
「島主……」
呟いた声に、歪んだ憎しみが滲んでいた。
兄との溝が深くなり、家出を決意した。
許可なしで出れば、アイツらも何か行動を起こすかもしれない。
そんな予想は、それを超えて現れた。次代島主が、直接話に来たのだ。
憎しみをぶつける、又とない機会だ。
カイルスとは面識すら無いが、ストレス発散にはいい。
血が上りすぎて、次代島主に手を出してしまった。お陰で家を追い出された。
なんだ、とスッキリした。最初からこうすれば良かった。
「さて…んで、どうしようか」
特に理由もなく、昔よく来ていた空岸へ足を向けた。
空は今も変わりなく、何処までも続いている。それへの感想は特に無い。
「次、は……」
アイツらを。島主を。
苦しめるには、次はどうしたらいいか。
妹に手を出すか。名前はレナ、だったか。奪って、その純情でも突き破ってやろうか。
流石にまずいか。
「もっと他に…」
そう言いながら、空岸沿いに座り込む。
そしてなんとなく下を見て。
「………は?」
「あちゃー、見つかっちゃった!人間って、空岸には近づかないと思ったのに!」
大地に張り付いて、今まさに島を襲おうとしていた、緑色の災竜に出会ったのだ。
同時に、次どうするかが、決まった。




