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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第六章 その墓標に黄昏を
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15、剣の王子のレクイエム〜序曲

見覚えのある、かつて自分の全てだった世界。

じっと、忘れられない二つの顔を見つめる。今度こそ、離さないために。


「父さん、母さん…」


無言でこちらを見つめる二人の名を呼ぶ。

二人はそれにはなにも返さず、無表情のままゆっくりこちらに歩き出した。


「ごめん…俺…」


二つの足音を拒絶するように、意味のないことを言った。

ごめんなさい。結局自分は、死んでしまったのだと、そんな事を。


「カイルス」


捲し立てるような自分の言い訳を、父親の声が遮った。

気づくと彼は、掌ぐらいのボールを持っていて、それをこちらを放り投げて来た。

慌ててそれを掴む。休日にいつもやった、遊びのように。


『——もらった。

不器用な、自分の父から。』



「あんまり、無茶をしてはダメよ。私たちの子供なんだから、忠告しても意味はないでしょうけど」


母親が、諭すような諦めたような声で言った。それでもどこか、それは嬉しそうで。

母親の腕が僕を包んだ。それは、少し温かくて、少し冷たい。

言いつけを破って裏の森で迷った、あの日のように。


『——もらった。

心配性な、自分の母から。』



「……」


何も言わない僕を見て、両親は顔を見合わせて少し笑った。


「無理にとは言わない。私たちは君の心を尊重している。けれど」


「…あなたは、それで良いの?」


胸の奥で、何かがちりちりと動いた気がした。


———


懐かしい走馬灯の中で、自分は再び蹲っている。

気づくと両親の姿はなく、別の二人の姿が現れていた。

どちらも、決して忘れられない顔だ。


「…ゾルガ…レナ……」


妹と使用人の名を呼ぶ。

妹がずいと使用人を見上げた。使用人は呆れたように息をつき、口を開いた。こちらには、歩んで来ずに。


「カイルス様」


「……」


何を言われるのか分かっている。けれど、それはもう今更すぎる事だ。

だから、体を縮こませて、耳を塞いで聞こえないようにする。


「…弟を、不出来な弟を、教育してやってください」


なのに。耳を塞いだのに、ゾルガの声は心に沁みるように入り込んできた。

同時にゾルガは微笑んだ。それはあの日最後に見たのと、変わらぬまま。


『——もらった。

家族のような、使用人から。』



「兄様。兄様が繊細なのは知っています、私もそうですから。でも、だから」


妹がそう言いながら抱きついて来た。

母親と同じ、優しく柔らかい腕。それはもう、子供っぽいからと震えていない。


「頑張ってください、兄様」


僕が辛い時、苦しい時に彼女はこうやって僕を慰めてくれた。だからこの暖かさは、自分の為のもので。

そしてそれは、全てを失う最後の瞬間まで抱いていたそれと、何一つ変わらぬまま。


『——もらった。

妙に頑固な、妹から。』



「…みんな」


震える声で、溢れるものを押さえ込む僕に、二人は問いかける。


「何かをしろとは言いません。けれど、カイルス様はどうしたいのですか?」


「…兄様は、自分が何をしたいか、もう分かってるでしょう?」


胸の奥で燻っていたものが、バチンと爆ぜた。


———


「辞めてよ…みんな…」


父が、母が、妹が、使用人が。皆が何をしようとしているのか、良い加減察して拒絶した。

だって結局殺されたかもしれない自分に、その資格はないのだから。終わってしまった存在(じぶん)に、意味はないのだから。


「…ばか。まだ、終わってないわよ」


聞こえて来たその声に、体が強張る。


「…そうだな。まだ、お前がいるだろ、カイ?」


声のした方を向く。

自分とあまり背丈の変わらぬ、二人の友人の姿。


「…ガルア…モモ……」


声が震える。涙が溢れそうになる。今のこの時間が、永遠に続いてほしいと思ってしまうほど。

情けなく、幼子のように泣き喚きたいと、思ってしまうほど。


「カイ。そんなもん持ったまんま震えてんじゃねぇぞ、カッコ悪いぜ?」


ニヤけながらガルアが指し示した自分の手元を見て、驚く。いつの間にか、剣を握っていた。

しかもそれは、ここにくる直前、屍人を斬っていた剣だった。


「それにさぁ、お前、俺より強いんだからさ」


ニヤケを納めたガルアが、真面目な視線を向ける。そして。


「勝てよ。俺にくらいな?」


そう言って、笑った。


『——もらった。

何かと競い合った、友人から。』



「約束、したでしょ?やり返すって」


モモの、年頃の少女特有のあどけない声で、無理に大人びた言葉が響いた。

そうだ、自分は約束した。地獄を生き延びて、いつかアイツにやり返すのだと。


「…でも、僕は」


「だから言ってるでしょ。まだ終わってないって」


剣を持っていない方の手を、胸に当てる。確かに、心臓の鼓動を感じた。

この命は、まだここで生きている。まだ死んで(終わって)いない。


「だから…」


モモはそこで不意に言い淀んだ。

顔を歪めて、何かに耐えるように唾を飲み込んだ。何か、伝えたいことがあったのに、それを我慢したかのようだった。


「だから…っ」


言いたい事を、伝えられなかった本当の気持ちを、最後まで押し込んでモモは泣きながら笑う。


「勝手に諦めんじゃ、ないのよ」


その手で、その剣でやり返すのだと。

崩壊の夜と同じような、激励の言葉。


『——もらった。

背中を押してくれる、友人から。』


胸の奥で弾けた火種が、ぱちぱちと燃え広がり出した。


———


震えを抑えて、両手で剣を握る。

ここがなんなのか、皆んなが何故いたのか、なんとなく分かった。分かっていた。


「ここは、僕の記憶だ。そう、なんだろう?」


出した結論を、現れた最後の影に投げかける。


『そうだ。この景色も、彼らも、お前の記憶が作り出した物だ』


最後の影。分からないはずもない、自分の姿のそれは、感情のない声で肯定した。


「じゃあ、みんなの言葉は」


『お前の記憶が、彼らが言いそうな事を言わせていただけだ。死した魂が、黄泉返る訳ないだろう』


「そっか…」


それはちょっと寂しかったけれど、同時にちょっと嬉しかった。


「俺、ずっとダメダメだったよな」


自分の記憶(かげ)に、そう笑いかける。


今ではもう遠い記憶のように、思い出せる。

ダックさんが、自分を庇って死にかけた事。攫われた事。咄嗟にメルリを庇って、今度は自分が死にかけた事。

そんな自分と、どうして皆んなは旅を続けてくれるのだろうと、思ったこともあった。


「挙句、復讐に先走って、エルギオも巻き込んで。それからようやく立ち直ったと思ったら、今度は屍人を前にして、動けなかった」


『…そうだな』


記憶(かげ)は辛辣に肯定してくる。それも自分の気持ちだと分かるから、特に嫌ではない。


「でも」『だからこそ』


声が重なった。

記憶(かげ)は一瞬驚いたように見えたが、一息つくと再び無表情に戻っていた。


『…分かっているなら良い。言え。今、自分がどうしたいのかを』


「——もらったんだ。みんなから」


家族から、友人から。

何も言わずとも、他の島民からも、きっともらっていた。

言葉を、気持ちを、温度を。


「…だから、それを全部持って、生きたい。ダメダメでも、生きていきたい」


滅んだ自分の世界だったもの。それらから託された全てを抱えて。

自分はここにいるのだと。フェキシフトは、カイルス・フェキシフトはここに居るのだと、叫ぶのだ。

それが、生き残った自分ができる事だから。


『…ならば、復讐を終わらせろ。そして初めて、お前の鎮魂は始まるのだから』


「鎮魂、か…そうだね。みんなの分まで、生きないと」


生きることで。

皆が笑えなかった、泣けなかった、苦しめなかった、楽しめなかった分を生きることで、その魂に安らぎを与えられるなら。


「じゃ、行ってくる。俺の復讐を終わらせないと」


記憶(かげ)は今更、復讐の是非には聞いてこない。何故ならそれは、これまでの二年の自分がして来たことの全てだから。

今の自分の全てだから、善悪を問う段階ではとうにない。

でもまあ、少なくとも、エルギオを巻き込んでしまったのは悪かったと思う。


「……えっと、色々ありがとう。みんなの記憶を、見せてくれて」


誰だかわからないけれど、素直に感謝を述べる。

自分の記憶(かげ)は、少し俯いた。


『—私には、見せることしできない。それを受けてどう動くかは、君たち次第だ』


記憶の世界が、蜃気楼のように消え出す。その中で、剣をしっかりと握って自分の記憶(かげ)に笑いかける。


「…行って来ます」


『……ああ。行ってこい』


消えていく影が、最後に笑った気がした。

——聖女と竜を頼むと、そんな言葉を残して。


———


ガキィンと、甲高い音が響いた。

屍人が振り下ろした剣が、弾かれて遠くに飛んでいく。それをしたのは、紛れもなく自分の剣。


「カイ…っ!」


メルリの安堵の叫びが聞こえる。

それを横に、僕は体が動くままに、剣か導くままに剣先を踊らせた。


「……」


次の瞬間、群がって来ていた二十近い屍人が、全て真っ二つに割れていた。

一瞬遅れて、屍の体が斬れる軽い音が響く。


「なっ…!?」


「カイっ!?」


アゴルとダックさんから、戸惑いの声が上がる。

肉眼では追いつけぬ、音より速い一閃。それを成した自分の腕を見る。

そしてその力の源泉の、胸の奥で燃える炎を見据える。


(これは、『祝福』…?)


と言うより、起こした結果の有り得なさから見て、正確には『加護』だろう。名をつけるのなら、『剣の加護』辺りか。


「しっ!」


余計な考えを首を振って払い、短い声と共に群がる屍人を一閃する。

その間に、直感で気づいた。

この剣は、ただ体を斬るだけではない。それにかけられた『屍操の加護』まで、一息に。


「なんだと…!?」


一度僕に斬られた屍人が復活せず、狼狽するアゴルへ、剣先を向ける。途端に数十の屍人が現れるが、記憶を断つ剣の敵ではない。


「…アゴル、お前がそこまでしてこの島を滅ぼしたいなら、それもそれに応えよう!」


そして軍事島の、剣の島の王子は宣言する。


「俺の名は、カイルス・フェキシフト!屍操の王アゴル。フェキシフトの島主として、お前を倒す!」


自身の鎮魂の歌(レクイエム)の、その序曲を奏でるために。

復讐を終わらせて、その先を生きるために。

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