14、屍操の王と緑の災竜 2
周りの屍人に警戒を配りながら、アゴルと名乗った男を見据える。
今、この男が言った言葉。二年前と同じく。それが意味するのはつまり。
「…あなたが、二年前にフェキシフトを…」
「ああ、滅ぼした」
私の敵意のこもった声に、アゴルはへらへらと応える。
「な、なんで…お前が…っ!」
狼狽えたカイが叫ぶ。状況から見て、アゴルはカイの知人のようだ。
「あ?それはさっき言ったろ?カイ。お前を今殺して、今度こそフェキシフトを滅ぼすってな」
悪びれもせずに、アゴルは言う。その声色は巫山戯ているが、瞳には隠しようのない憎悪が浮かんでいた。
「俺はフェキシフトが嫌いだ。お前が嫌いだ。二年前はエリクのせいで殺り損なったが、今度は逃がさねぇ」
どうしようもない憎悪に負けそうになるが、必死に堪える。震えるカイに代わって、ペミーが最前に出る。
アゴルは酔ったように言葉を続けた。
「でもなぁ、ただ殺すだけじゃあ面白くねぇし、鬱憤も晴れねぇ。だから」
「島民を屍人にしたのか」
ダックさんが割り込んだ。一瞬アゴルの顔が苛立ちに歪むが、すぐに気を取り直したのかダックさんの言葉を肯定する。
「ああそうさ。俺の体に宿る、死んだ人間を操れるこの『屍操の加護』でな」
驚きにダックさんの方を向く。状況からして屍人は災竜の能力だと思っていたのだが。
目でそれを問うと、彼は一息ついて説明した。
「単体で島を滅ぼせる災竜が出てくるのなら、屍人は要らないだろう。なのに屍人が居るということは、屍人が別の能力によるものだと考えた方が自然だ」
ああそうかと納得する。
大量の屍人で島を覆わなくても、災竜一体で島は滅ぶのだ。
そこから考えて、屍人の能力の持ち主は、自分でそう名乗った彼しか居なくなる。
「でも一体…何のために…」
ようやく震えから脱したカイが、剣を何とか持ちながら聞いた。
「そりゃあ、お前を追い詰めるためだよ。…自分の島の民を斬って、苦しかったか?」
カイの肩が強張る。
手を乗せようと伸ばした腕が、彼が唇を噛んだことで止まった。
「…大丈夫だ、メルリ。確かに苦しいけど耐えられるし、お前に殺される気もない」
震えを何とか抑えて、カイはアゴルへ言い放つ。
しかし、アゴルはそれを受けて笑った。
「けっ、強がりやがって。…けどな、ならこんなのはどうだ?」
そう言いながら彼が指を鳴らした途端、地面から新たな屍人が溢れ出て来た。
その数は十、二十と途轍もないスピードで増えていく。
そしてそれを見据えていたカイの顔が、酷く凍りついた。
———
「屍人関係の加護って知ってますか?」
誰もいない空船の一室で、私、サンデ・サンドイッチは手に持った遠話機に話しかけた。
遠話機は『遠話の祝福』が宿った、小さな石のことだ。昔はツウシンキみたいな名前だったらしい。
今、私の遠話相手は、私をさっき怒った上司だ。
『何だね突然…そうだな、あるとするなら「屍操の加護」辺りか?で、それがどうした?』
石の向こうから困惑した声が響く。
「いやまあ、色々ありまして…それで、その加護って、どんな力なんですか?死んだ人間を蘇らせて操る、とか?」
『概要はそれで合ってるが、私の記憶によれば少し違う』
上司もーどから先生もーどに変わった相手が、私の考察を部分的に否定する。
屍操っていう名前なのに、私の考察とは違うのか。
何がどう違うのか聞くと、上司は少し悩んだ後に言った。
『何というか…正確には、死んだ人間ではなく、その記憶を蘇らせているんだ』
「…記憶、を?えっと、どういう事ですか?」
石の向こうでため息の後に咳払いが響く。上司が咳払いをするのは、長話をする時だ。どうやら一から説明してくれるらしい。
そして覚悟していたことだが、やはり長くなった。
『人が死んだ時に残った記憶から、屍人を形作らせているんだ。屍が、人が死という現象を経てその結果に残すモノなら、死んだ時の記憶も、ある意味屍と言えるからな。「屍操の加護」は、文字通りそれを操って…』
「…はぁ?」
ごめん。よく、分からない。
あなたは一体なにを言ってるんだ。
結論を急かすと、上司は心底呆れた声を上げて、つまりだなと続ける。
『もし君の考察通りなら、『屍操の加護』は有限のものだろう?』
それはそうだね。
死体がないと使えないし、それがやられたらそれでお終いだし。
待って。
上司はそれが違うと言った、ということは。
「無限に、屍人を生み出せる…?」
『そうだ。いつでもどこでも。たとえ、死体が残っていなくても、な』
———
「う、そ……だろ…?」
凍りついたカイの唇から、震える声が漏れる。
彼の視線の先には、屍人が二人いた。
片方は、カイと同じぐらいの男の子。もう片方はカイより少し小さい女の子。
その背格好と、カイの狼狽で私は何となく、察してしまう。
「さあ、斬ってみろよ。次代島主さんよ」
アゴルの歪んだ声の後に、カイが小さな声で答え合わせをした。
「…ガルア、レナ……」
言い終わる前に、既に五十を超えた屍人の大群が襲いかかって来た。
私とダックさんを守るために、ペミーの耳拳が屍人たちを屠っていく。けれど、それにも限界がある。
「カイっ!」
完全に動けなくなってしまったカイに、屍人たちが襲いかかる。
私もダックさんも動けない。ペミーもカイまでは守れない。
「…っムー!」
「カイルス、動くんだ!そ奴らは生前の本人ではない!」
ペミーが苦しそうな声を上げ、ダックさんが叫ぶ。
屍人の壁でカイの姿が見えなくなっていく。その向こうでカイが、ガルアと呼んだ屍人に押し倒されたのが見えた。
「はははははっ!さあ!恥辱に塗れて、かつての友に殺されるがいい!」
「カイーーっ!」
アゴルの嘲笑と私の叫び。
その最中、屍人が振り上げた剣が倒れたカイに振り下ろされた。
———
気づくと、僕は家の前に立っていた。
世界最大の軍事力を誇る、フェキシフト島の島主館、その玄関に。
(ここは…)
周りを見渡す。
家も、裏の山も、見える景色も、全てが崩壊する前のものだ。
(……)
覚えている最後の光景。それは、屍人となったガルアが、剣を振り上げている景色。
あれが、自分に向かって振り下ろされのだとしたら。
(つまりここは…死後の、世界…?)
そんなものがあるかどうかは、知らない。でも何となく、それは違うと思った。
けれどもしも、ここが死後の世界だとしたら。
(みんな…ごめん…)
生き延びると、誓ったのに。
生き延びてやり返すと、決めたのに。
…動けなくて、それら全てを無駄にしてしまった。
その場に座り込む。誰にも顔向けできなくて、膝を抱えてうずくまる。
あの時のように。ハーマレー島で、未熟だった自分がカイとメルリを傷つけてしまった時のように。
自分は、俺はあの時から、結局何も変わっていなかったのか。
それならいっそこのまま、永遠に閉じこもっていたかった。
けれど、聞こえて来た声が、それを許さなかった。
「——カイ。カイルス・フェキシフト」
「……ぁ…」
その声には、どうにも聞き覚えがあった。薄れかけているけど、決して忘れられない。
顔を上げる。
「……」
薄れかけているけど、決して忘れられない顔が、そこにあった。




