13、屍操の王と緑の災竜 1
右肩後ろからの衝撃を察知して、走りながら捻るように避ける。
今さっき肩があった場所を、握り拳ほどの瓦礫がすり抜けていく。当たりでもすれば大怪我だ。
(…クソッ!)
幾度目かの歯痒みを喉の奥に殺す。
島を滅ぼした相手に、二年の恨みの後に再会した相手に、自分は以外と冷静になれた。
先にエルギオ達に、過去の記憶を話していたからかもしれない。
「……っ!?」
起きた衝撃で地面が盛り上がり、バランスを崩しかける。
やはり災竜に敵うのは、災竜しかいない。自分は奴とエルギオの戦闘の、その周りを逃げ回ることしか出来ない。
それがどうしても、歯痒い。
(何か…何か出来ることはないのか!?)
体勢を立て直して、災竜同士の戦闘の場から少し離れる。
と、背後に気配を感じて、振り返り際に剣を振るう。近づいていた屍人が、横一文字に斬られる。
「……っごめん…!」
彼らは屍人であっても、元々はこの島の島民なのだ。本当なら自分が守るべき、大事な命たちなのだ。
それをこの手で斬る度、胸が刺されたように痛む。
「カイっ!」
エルギオの『心話』を聞いたのと同時に、自分の体が白い大きなものに包まれる。
「…エルギっ!?」
『ーーっ!!』
声をあげたのと、耳にこびり付いて離れないあの高音が響いたのは、ほぼ同時だった。
そして次の瞬間には、上下左右が混ぜこぜになる。
その時にようやく、自分を包むものがエルギオの掌であると分かって、必死にその毛にしがみつく。
「カイ、大丈夫だった?急に掴んじゃってごめん!」
「ああ…大丈夫だ」
白い毛の包みから解放されて、地面に足を下ろす。
緑の災竜は少し離れたところで、こちらをじっと見つめている。こちらの出方を伺っているのだろうか。
と、ぼこぼこと音を立てて、災竜の周りに屍人の集団が生まれる。
「…カイ」
屍人集団を見ながら、エルギオがそう『心話』をよこした。
それに重いものを感じて見上げると、彼はどこか迷っとようにこちらを見下ろした。
「…屍人の対処を、頼んでいい?僕だと、彼らは小さ過ぎて当たらないんだ」
「…エルギオ……ああ、分かった」
復讐の相手を譲ってくれ、しかも君は元島民を殺して回ってくれ。そうとも取れてしまう頼みだったから、エルギオは迷っていた。
そこまでを察して、肯定する。それは仕方がない事だ。
けれど。
「…でも、最後は頼む」
「…っ!うん!」
だって、約束したのだから。激励を、貰ったのだから。
———
船を空岸に寄せて止め、私たちはフェキシフト島跡に降り立った。
ここがカイの故郷だという感慨はよそに、サンデさんから聞いた事を思い出す。
と、その答え合わせのように、近くの瓦礫の中から屍人が現れた。
「…現れたかっ!」
私もダックさんも、非戦闘要員ではあるけど全く動けない訳ではない。いわゆる護身術程度なら、ダックさんから教わっていて出来る。
けれど、屍人にそれは通用しない。
もう死んでいるのだから、四肢を固めたり首を絞めたりしたところで、屍人はどこ吹く風だ。
だから。
「ペミー、お願い!」
「ペムっ!」
掛け声と共に、白い玉が飛び、屍人の体を目に止まらぬ速さで叩いていく。
護身の術ではダメでも敵を倒すための技術なら、通用する。その証拠に、身体中を抉られた屍人は、ボロボロになって崩れていった。
「よし、エルギオの辺りに行くぞ!近くにカイルスがいるはずだ」
「うんっ!ペミー、次もお願い!」
「ペームっ!」
かわいくも頼もしい返事と共に、立て続けに二体の屍人を処理する。
私とダックさんはそんなペミーに続いて、取っ組み合う二体の災竜の元へ走った。
十、二十、数えるのもやめた頃、カイの姿が見えた。
三体の屍人に囲まれている。
あっと思う間もなくカイの剣が煌めき、三体の屍人が同時に斬り伏せられる。
「カイ!」
「メルリ!良かった、来てくれたんだな」
「来てくれたんだな、じゃないよ!」
言いながら、私はカイに走り寄り、その頬を叩いた。
ずっと、ここに来るまでずっと言おうとしていた事だ。
「…復讐に、エルギオを使うなんて、ダメだよ…」
今更、遅いかもしれないけれど、それでも言っておきたかった。
「……メルリは、優しいんだな」
頬をさすりながら、自重気味にカイが呟く。
私はその顔を見れない。家族同然の仲間に手を出したのは、これが初めてだった。
「…でも、これは別に復讐じゃねぇよ」
「…え?」
視線を上げてみた彼の顔は、復讐鬼のそれではなかった。
「アイツは、エルギオに呼ばせんじゃねぇ。アイツは待ってたんだ。俺が、ここに来るのを」
言いながら、カイはエルギオに投げ飛ばされた緑の災竜を睨む。その視線に恨みもちらついたが、それより気になった。
「待ってた?あの災竜が…?それってつまり…」
「ああ。アイツには理性がある。……フェキシフトを、滅ぼした時もな」
だからこれは復讐ではあるけれど、今までのエルギオを巻き込んだ独りよがりなものではないと。
そう言ったカイに、私はもう一度手のひらをお見舞いした。
「……え」
「…私は、苦しかったよ。悔しかったよ、カイの気持ちに、気付けなかった事が」
カイがハッとする。
復讐にエルギオを利用する。それも悲しかったが、一番は違う。
言ってくれれば、いくらでも手を貸したのに。どうにかして、他の方法を探したのに。けれども彼は、一人で先走って行ってしまった。
「……ごめん」
それが、私には裏切られたようで、悲しかった。一人で背負い込ませてしまった事が、悔しかった。
屍人が集まってくる。
それ以上の会話を続ける暇は無くなり、再びカイの剣とペミーの耳が宙に踊った。
———
(コイツ…弱い…)
投げ飛ばされて体勢を立て直している緑の災竜を睨みながら、そう思った。
竜の強さは、竜の時と人だった時の戦闘経験に出ると、アドルオさんは言っていた。
人だった時から近衛兵だったアドルオさんはアルガイアは強かった。
しかし、竜になって初めて戦ったというギルギは、アドルオさんほど強くなかった。竜になった後も戦ったこと無かったレイナは、さらに強くない。
(コイツの強さは…レイナとギルギの間ぐらい、か?)
つまり、竜になってからの戦闘経験しかない。それなりの苦戦はするだろうが、勝てない相手じゃない。
そう思って、緑の災竜に飛び掛かる、その時だった。
「待ってよ!自己紹介も無しに、いきなり襲いかかってきて!きみ誰!?」
「は…?襲ってきたのは、そっちが先だろう!」
理性があるのだから『心話』も使えるのは予想していたが、第一声の内容は予想外だった。
まるで、自分には何も非がないと思っているかのよう。かつて島を滅ぼしておきながら。
「違うよ!僕はただ、嬉しくて…それに、王さまが」
「王さま?」
前半は口篭ってよく聞こえなかったが、王さまという単語だけは、よく聞こえた。
「そ。屍操の王さま。……君、もしかして勘違いしてない?」
聞き慣れない単語に困惑している僕をみて、緑の災竜は何かに気づいてニヤつく。逆撫でされる胸を、抑え込む。
「じゃ、忘れてたし名乗ろうか。君の名前は?」
佇まいを直して、彼は僕に自己紹介を促してきた。誰がそんなことするものか。
「…名乗るつもりはない」
「いいよ別に。聞きたくもないし」
「——はぁ?」
思わず苛立ってから、首を振る。
いけない。相手にペースに飲まれかけてしまっている。必死に首を振る僕を横目に、彼はわざとらしく咳払いをして言った。
「僕の名前はエリク・ドラメル・スキトン。二年前と同じく、屍操の王の頼みでやって来た」
ハッと気づいて、メルリたちの方を振り返る。その時にはもう、彼はカイに襲いかかっていた。
———
ガキィンと、高い音が響いた。
カイに迫った凶刃を、気づいたペミーが弾いたのだ。
「誰だ…っ!」
短剣が投げられた影から、人影が出てくる。
それをみたカイの顔が、衝撃に歪んだ。
「何だそいつ。メムリットって、そんな強えのかよ」
そうぼやきながら現れたのは、ダックさんと同じぐらいの歳だと思われる男。
髭をボサボサに伸ばし、世捨て人のようだ。
右腕が、屍人と同じように青白く変色している。
「……あ、ぁ…」
「こんにちは、聖女さま」
カイの絞った声にわざと被せるように、男が口を開く。そして、警戒体勢を解かない私たちに向かって、宣言した。
「俺の名は、アゴル・ユレンフト・ボボス。神より『屍操の加護』を賜った、屍操の王だ。二年前と同じく、この島にやって来た」
そして、かつて一つの島を滅ぼした二つの悪意は続ける。
「かつて俺を追放した憎きフェキシフトを、カイ、お前を今度こそ滅ぼすためにな」
「憎きフェキシフトを滅ぼすためにね。僕としては、カイ以外はどーでも良いんだけど」




