12、最悪の再会
長い、長い昔話に入り込んだようだった。
ようやくカイが話を終え、口を閉じる。
空船の一室に重い沈黙が降りる。
「……」
なんて、彼に言ったらいいかわからない。カイの語った彼の過去は、フェキシフトの滅亡は、予想以上に悲惨だった。
悲惨という言葉では、例えられぬほどに。
「…なんと、まあ…」
サンデさんが言葉を濁す。彼女でさえ、言葉を見つけられないのだ。
(あの時…)
ハーマレー島で彼が語った災竜への恨みを、今なら分かる気がする。
ただの災いなら、心の底に復讐の炎を押し込めることが出来ただろう。けれど、フェキシフト島を滅ぼしたのは、ただの災いでは無かった。
「…嫌だな、その災竜…」
殺した人々をわざわざ岩山に張りつけ、それを見たカイ達の反応を見て笑った。明らかに、理性のある同族だ。
理性があるのに、そのような残虐が事をした。それが僕にとって不快だった。
「だろ?…旅をして、災竜にもいろんな奴が居るって知っても…いや、知ったからこそ、アイツが許せねぇんだ」
カイが、なるべく激情を抑え込んで言う。様々なドラメル族の事情を知ったからこそ、かの災竜の異常さが浮き彫りになった。
それは、彼が復讐に先走るのも分かる気がする。
「……まだあんまり受け止めきれてないですけど…とりあえず、屍人が何なのかは分かりませんでしたね」
空気を変えるように、サンデさんが口を開く。
今自分たちは、フェキシフト島跡に湧いた、元島民の屍人をどうするか考えているのだ。
「それは…あの災竜の力なのかもと思っていたけど…」
災竜たちが持っている超常の『奇跡』。例の災竜の力が屍人を生んでいるのかと、確かに僕も思った。
「俺も自分で話していて気付いた。奴の力は、屍人じゃねぇ」
何故ならフェキシフト崩壊時、屍人などと言う存在はなかったから。
むしろ、島主館を吹き飛ばしたあの衝撃波こそが…。
「じゃああの屍人って…一体何なんです?」
サンデさんの疑問に、僕もカイも言葉を返せない。
行き詰まってしまった。
「こんな時は…」
「とにかく動いてみる、だね?」
カイと僕は顔を見合わせる。
メルリの信条の一つ。ハーマレー島の時と同じだ。
膠着した状態は、こちらが何かしら動けば一緒なって動き出すはず。
「とにかく屍人の情報が、何も無いよね」
「屍人を調べるには…島に戻るしかねぇか」
頭を突き合わせる僕とカイに、サンデさんが呆気にとられる。
そして、いつもの調子を取り戻して言った。
「何と言うか…ポジティブですね!さすが聖女様の仲間だ!」
空船は再び、フェキシフト島跡に停泊した。
渡し板を使って、僕とカイが船を降りる。
サンデさんが、他の客に大まかに事情を説明した。その結果、数人の客から見送られる事になった。
「頑張ってください、聖女様のお仲間の方!」
「気をつけてください!」
メルリの肩にのしかかる重み、その一部を感じた気がして口をつぐむが、それに応えたのはカイだった。
「任せてください。あの動く屍は、僕…私たちが何とかします。メル…聖女ももう直ぐ来ると思いますし、安心して下さい」
堂々と、ハッキリとした口調だった。さすが、次代島主の教育を施されてきたことはある。
カイの言葉を励まされた人々に見送られ、僕たちは再び島の地を踏む。
「…そもそも、だ」
空船が遠くなり出した頃、カイが口を開いた。
「あの屍人、どうして今出やがったのか、って話だ」
「今までは居なかったんだよね、あの屍人は?」
フェキシフト島跡への観光は、月に何度も行われるほどメジャーなものだ。なら、僕らより前に観光に来た人が居るはずだ。
彼らが屍人に会わなかったわけがない。少なくとも、何かしらの噂ぐらいは立つはずだ。
それがないと言うことは。
「…屍人は、今になって初めて、姿を現した」
カイが自然と声を潜めて言った。
それに続くように、僕は推測を重ねる。
「…今だから、なのかも。僕らがこの島に来たから」
「っ!それは…」
僕の言葉に、カイが息を呑む。それはつまり、屍人を生み出した相手は、僕らを害するつもりだと言うこと。
そして。その言葉を肯定するかのように、地面が震えた。
「…これはっ!」
山のように積み上げられた、島主館の残骸。その陰から、巨大な影がぬるりと姿を現した。
曇りのない、緑色の鱗。
この島を滅ぼした、災いが。
———
「おや、この音は…?」
近づいてくる中高音の駆動音。それが空船の物だと瞬時に察して、私は窓に飛びついた。
…私物と思わしき空船が近づいて来ている。
「…ははーん。あれがさっきカイルスくんが言ってた、聖女ちゃんの船だね。専用の船までもらっちゃって…」
ハーマレーの島主は、よほど聖女に肩入れしているらしい。
さてさて、一体全体どんなもんだろうか。
私の胸を膨らませていた期待を、隣に船をつけやって来た聖女ちゃんは、ある意味裏切った。
「どんな傑物が来るかと思ったら…ただの女の子じゃないですか!いやあ何と言うか…シュミが悪いですね!」
「…あの……?」
おっと困惑させてしまった。興奮に任せて捲し立てるのは悪い癖だね、反省。
「こんにちは聖女さん。私、今回のフェキシフト観光のガイドのサンデと言います!お見知り置きを」
そう言って手を伸ばす。聖女ちゃんも、おずおずと自己紹介と共に出した手を握った。
そして、それから他の仲間さんたちの紹介。
保護者的立ち位置の男の人に、メムリット族。
あと、彼らの空船長。
(……へぇ。そんなコト、アリなんだ)
紹介された空船長を見て、心の底でそう思う。まさか同郷がいるとは。当人は私には気付いていないようだけれど。
出かかった感慨を飲み込んで、私は聖女ちゃんに現状を説明した。
二人のこと、屍人のこと、彼の過去については本人から聞いて欲しかったので、割愛した。
「ありがとうございます。じゃあ私たちも上陸する、で良いよね?ダックさん」
「ああ。エルギオがいるとは言え、カイルスだけでは少し心配だ」
「ペム!」
メルリと名乗った聖女は、小気味良く行動方針を決めていく。
ちょっと焦っているようにも見えるが、これぐらいの判断の速さがあるなら、将来は有望そうだ。
(そんな子に、聖女なんて役目を背負わすなんて…)
心の底で愚痴る。運命も環境も、そしてあの人が言っていた神様ってやつも、随分と意地が悪いことをする。
まあそれが神様ってもんだろうけど。
「サンデさんは、空船を島から離しておいてください。屍人…の数も分かりませんし、念の為」
「あ、はい。まあ、元からそのつもりでしたし…っうわっ!?」
メルリちゃんの言葉に思考を切って答える。
それが終わらない内に、島の方で轟音が響いた。
何よりも先に動いたのは、メルリちゃんだった。それに続いて全員が島の方を見る。
「…あ……」
メルリちゃんの声が漏れる。
島の、ここからでも見えるほどの空岸側に、巨大な緑の災いが腕を振り上げていた。
「ねえ、あれって…!?」
「さ、い…!?」
近くの観光客から呆然と恐怖の声が上がる。あ、まずい。このままだと混乱が起きる。どうにかして止めないとなぁ。
しかし、その前にその場にいた全員に別の衝撃が襲った。
腕を振り上げた緑の災竜。それが振り下ろした腕を、突如現れた別の白い腕が掴んだ。
そして、その主。白い二体目の災竜が瓦礫の山から現れる。
「エルっ…!」
メルリちゃんが、悲鳴をこぼす。それに意識を向ける間もなく、客に広まっていた困惑と恐怖が、さらに加速する。
「…っ!サンデさんは早く空船を離してください!」
「分かりました!お客さん達を宥めてからなるべく早くに!聖女さんはあっちを、お願いしますね!」
メルリちゃんの悲鳴にも似た叫びに返して、足速にその場を去る。災竜は聖女の対応域だから、私が踏み込む意味はない。
それでも。
(エル、ねぇ…)
彼女がこぼした悲鳴を思い出す。
彼女らの仲間の中で、そんな並びの名前は一人しかいない。
(なるほどねぇ…)
聖女の微妙な事情を察すると共に、空船長である同郷の彼の心境を思う。
そして、自分には珍しくため息をついた。
(お互い、災竜との縁は切り離せないもんですねぇ…)




