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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第六章 その墓標に黄昏を
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11、とある少年の慟哭

意識が戻ったのは、瓦礫の中だった。

知る由もなかったが、気を失ってから数分も経っていなかった。


(いま…なにが…)


舌が回らず、身体中が痛い。

瓦礫をいくつか押し上げて、その光景を見る。


「な、だ…これ…」


上手く言葉が出せない。森も建物も、何もかもが瓦礫の山と化していた。

更地となったあたり一帯を呆然と見つめた後、まず緑の災竜が近くにいることに気づく。崩れかけている山の向こうで、緑色の鱗が見え隠れしていた。

そして次に、レナとモモの安否に意識が行き着く。近くの瓦礫をかき分けると、レナの頭が見えた。


「レ…あっ…」


喉に突き刺すような痛みが走り、言葉の途中で咳き込む。

それを我慢して、レナを瓦礫の中から引き上げる。気を失っているが、幸い怪我は無さそうだ。

レナがここに居たなら、近くにモモも居るはずだ。


「……っ」


緑の災竜に気付かれぬように、慎重に瓦礫を退かしていく。

少しして、モモの頭も見つける。


「モモ…ゔっ…」


ああ、喉が痛い。話すことすら難しい。

気を失っているようだったモモが、僕の声を聞いて目を覚ました。


「…カ、イ…?」


「モモ…っ、逃げっ…!」


上手く回らない口で、どうにか言葉を出す。

どうにかして、モモも一緒に。

モモは少し目を伏せて考えた後、小さく首を振った。


「ごめん…わたし、動けないかも……」


「え…」


声にならないような声が漏れる。

瓦礫を退けてみると、モモの体は半分倒木に押しつぶされていた。

倒木を退かさないとモモは動けない。けれど、倒木はかなりの大きさがあり、数人の大人の手が必要だった。


「ほらね…だから、あなた達だけでも…」


生き残ってる人の為にも、指揮できる島主の家系の子供が生き残るべきで。

気を失っているレナと動けないモモ、二人は背負えない。

島主の子として、優先すべきなのは。


「………ぁ…」


でも、でも。

大事な友達を見捨てろというのか。

島民全員を守るのが、父様のような、僕が憧れた島主なんじゃないのか。

目の前の一人さえ救えない、こんな自分じゃ。

ああだめだ。考えがまとまらない。頭の中がぐちゃぐちゃだ。


「…ばか」


モモの声が響いた。

彼女の瞳には、強い光が浮かんでいた。


「いい…?島主と島民じゃ、島にはならないのよ」


なにを言っているのか分からない。

いや、言っていることの意味はわかる。学舎で、特にフェキシフトの学舎でよく聞くフレーズだ。

けれど、なぜ今。


「島は…大地と…自然と…」


「人…島主と島民。全部が集まってできている。どれか一つでも欠ければ、島としては成り立たない」


「…そう。島を構成する四要素。良く覚えてるじゃない」


続きを暗誦した僕に、モモは小さく笑う。

そしてその笑みを消して続けた。


「何が起こったのか分からないけど…フェキシフトは大地も自然も、多分だけど…島民も、失った」


「…じゃあ、ここはもう、島とは…」


「—— でも、まだ島主(あなた)がいる」


息を、飲む。


「ならまだ、()()()()()()


突き刺すようで、それで包み込むような、瞳の奥の強い光。

それに、目を奪われる。


「だから逃げて。ここから、あんな奴から逃げて。逃げて、生き延びるの」


生き延びる。

その言葉が、胸の奥にストンと落ちる。


「生き、延びる…」


「そう。それで…」


生き延びるのは、死んでいったフェキシフトの事を、周りに伝える為。

いいや。

そうじゃない。

生き延びるのは、そんなことの為じゃない。


「それで…いつか、()()()()のよ」


殴られたら殴り返す。

それが、世界一の軍事力を誇ったフェキシフトの流儀(おもい)


「……分かった」


長くも短い時間の後、流れるようにそう言った。

モモに背中を押されて、レナを背負って走り出す。

生き延びて生き延びて、いつかあの災竜にやり返す為に。


———


カイルスが去っていく。

彼の背中が小さくなっていく。

その様子を、瓦礫の中から見送る。


(最後まで…言えなかったな…)


場違いの感慨が胸をよぎる。

でもそれも意味はない。私はもう直ぐ、死ぬのだから。


(死ぬ…)


そう思った瞬間、閉じ込めていた弱音が溢れ出した。

強がっていたけど、私も結局子供なのだ。


(死にたくない…死にたくないよぉ…)


彼を激励したくせに弱音に泣く自分が、ひどくちっぽけに見えた。



小さく泣き叫ぶ少女を、緑の災いが踏み潰す。

最期にその虹彩に映った、叶わぬ片想いごと。


———


「はぁ、はぁ…っ!」


走る。走る。炎の中を走っていく。

目的地なんて決めていない。

ただがむしゃらに、緑の災竜から逃げるように。


「…お兄、ちゃん…?」


「…レナ!気がついたのか!?」


背中から弱々しい声が聞こえて振り返る。喉の痛みがだんだん引いてきて、ある程度なら声を出せる様になった。

レナは、周りを見回して気絶する前の事を思い出したのか、ハッと僕に叫んだ。


「…モモ、さんは?モモさんは、どこにいるの?」


推し黙る。

それだけで全てを察せたのだろう、肩に触れるレナの手が震えた。

ただ、ガルアの時のように泣き喚きはしなかった。泣き喚けるほどの体力も、精神力ももう残っていなかった。


「なんで…こうなっちゃったんだろう…」


「……」


レナの呟きに、返す言葉はない。

そんな事を考えてみても、答えなどわかるはずもなかった。


その時、不意に地面が揺れた。

バランスを崩して転びかける。背負ったレナが息を呑んだのが分かった。

振り返る。

炎と煙のベールの向こうに、巨大な影がゆらゆらと揺れていた。


(見つかった…っ!)


生き物の本能で、そう悟った。


「お兄ちゃん、私も走る…っ!」


「だめだ!レナだけでも、体力を温存しておかないと…」


走りながら、レナに返す。

確かにレナを降ろせば、今より早く走れるかもしれない。けれど相手は災竜だ。

あの巨躯に追いかけられるなら、少し早くなったところで焼け石に水だ。


「でも、少しだけでも…っ!」


そう叫ぶレナの真意は分かる。

少しでも早くなるなら、その分だけ逃げられる確率は上がるだろう。

焼け石に水でも、水をかけないよりは良いかもしれない。


「……分かった。じゃあ、おろすよ」


少しの逡巡の末に、レナを背中から下ろす。

そうして、手を繋いで再び走り出そうとした。


『ーー!!』


世界を裂くような、高い音。

それがなんなのか、僕たちは識らない。けれど、その音の後に自分たちがどうなるのかは察せた。


「レ——」「兄……っ!」


どちらが、どちらを押しのけて、どちら抱えたのか。

それも分からぬまま、再び襲った衝撃と爆発に意識が二転した。




……。

………。

……………。



もし、これまでの全てが夢だったら。目が覚めたら、いつも通りの日々が続いているのだろう。

厳しい面もあるけど、確かに愛してくれた家族に囲まれて。

妹と一緒に親友と会い、ふざけ合ったり、競い合ったり。


そんな、何気ない日々が。

意識が戻って目を覚ましたところで、瞼の裏に消えていった。


炎の地獄はまだ終わっていない。

瓦礫と煙の中で呆然としていた僕は、ハッとして周りを見渡す。

と、巨大な災いが遠ざかっていくのが見えた。

さっきの衝撃で、獲物は死んだのだと思ったのだろうか。


(生き残った、のか…?)


遠ざかっていく災いを呆然と見つめながら、ひとまず生きた事を安堵した。


「レナ、どうやら僕ら、生き残ったみたいだよ」


そう、腕の中の妹へ視線を下ろして。

彼女の肩から下が、無くなっていたことに気付いた。




——————————————




ぱちぱち。

めらめら。ごうごう。


燃えている、燃えていく。

すべてが、この世界のすべてが。今までの自分を作ってきた、小さな世界が。

なす術なくすべて、燃え尽きていく。


「……レ、ぁ……」


腕の中の妹は、もはや光を映さない瞳に、小さな涙を浮かべて。


「——ごめんね……」


そう、溢すように告げて、それが最後だった。

破裂しそうなほど哀しいその声に、自分は何も返せなかった。


自分に出来たことは。

何もかもを失った自分に、出来たことは。

ただ、炎の奥に去っていく災いを睨んで、泣き叫ぶことだった。


いつまでも、いつまでも。

喉が枯れようが、いつまでも。

抱いていた死体が誰の物だったのかさえ、分からなくなるほどに。

体力を使い果たして、意識が飛ぶまでに。


ただ、慟哭した。

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