11、とある少年の慟哭
意識が戻ったのは、瓦礫の中だった。
知る由もなかったが、気を失ってから数分も経っていなかった。
(いま…なにが…)
舌が回らず、身体中が痛い。
瓦礫をいくつか押し上げて、その光景を見る。
「な、だ…これ…」
上手く言葉が出せない。森も建物も、何もかもが瓦礫の山と化していた。
更地となったあたり一帯を呆然と見つめた後、まず緑の災竜が近くにいることに気づく。崩れかけている山の向こうで、緑色の鱗が見え隠れしていた。
そして次に、レナとモモの安否に意識が行き着く。近くの瓦礫をかき分けると、レナの頭が見えた。
「レ…あっ…」
喉に突き刺すような痛みが走り、言葉の途中で咳き込む。
それを我慢して、レナを瓦礫の中から引き上げる。気を失っているが、幸い怪我は無さそうだ。
レナがここに居たなら、近くにモモも居るはずだ。
「……っ」
緑の災竜に気付かれぬように、慎重に瓦礫を退かしていく。
少しして、モモの頭も見つける。
「モモ…ゔっ…」
ああ、喉が痛い。話すことすら難しい。
気を失っているようだったモモが、僕の声を聞いて目を覚ました。
「…カ、イ…?」
「モモ…っ、逃げっ…!」
上手く回らない口で、どうにか言葉を出す。
どうにかして、モモも一緒に。
モモは少し目を伏せて考えた後、小さく首を振った。
「ごめん…わたし、動けないかも……」
「え…」
声にならないような声が漏れる。
瓦礫を退けてみると、モモの体は半分倒木に押しつぶされていた。
倒木を退かさないとモモは動けない。けれど、倒木はかなりの大きさがあり、数人の大人の手が必要だった。
「ほらね…だから、あなた達だけでも…」
生き残ってる人の為にも、指揮できる島主の家系の子供が生き残るべきで。
気を失っているレナと動けないモモ、二人は背負えない。
島主の子として、優先すべきなのは。
「………ぁ…」
でも、でも。
大事な友達を見捨てろというのか。
島民全員を守るのが、父様のような、僕が憧れた島主なんじゃないのか。
目の前の一人さえ救えない、こんな自分じゃ。
ああだめだ。考えがまとまらない。頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「…ばか」
モモの声が響いた。
彼女の瞳には、強い光が浮かんでいた。
「いい…?島主と島民じゃ、島にはならないのよ」
なにを言っているのか分からない。
いや、言っていることの意味はわかる。学舎で、特にフェキシフトの学舎でよく聞くフレーズだ。
けれど、なぜ今。
「島は…大地と…自然と…」
「人…島主と島民。全部が集まってできている。どれか一つでも欠ければ、島としては成り立たない」
「…そう。島を構成する四要素。良く覚えてるじゃない」
続きを暗誦した僕に、モモは小さく笑う。
そしてその笑みを消して続けた。
「何が起こったのか分からないけど…フェキシフトは大地も自然も、多分だけど…島民も、失った」
「…じゃあ、ここはもう、島とは…」
「—— でも、まだ島主がいる」
息を、飲む。
「ならまだ、終わってない」
突き刺すようで、それで包み込むような、瞳の奥の強い光。
それに、目を奪われる。
「だから逃げて。ここから、あんな奴から逃げて。逃げて、生き延びるの」
生き延びる。
その言葉が、胸の奥にストンと落ちる。
「生き、延びる…」
「そう。それで…」
生き延びるのは、死んでいったフェキシフトの事を、周りに伝える為。
いいや。
そうじゃない。
生き延びるのは、そんなことの為じゃない。
「それで…いつか、やり返すのよ」
殴られたら殴り返す。
それが、世界一の軍事力を誇ったフェキシフトの流儀。
「……分かった」
長くも短い時間の後、流れるようにそう言った。
モモに背中を押されて、レナを背負って走り出す。
生き延びて生き延びて、いつかあの災竜にやり返す為に。
———
カイルスが去っていく。
彼の背中が小さくなっていく。
その様子を、瓦礫の中から見送る。
(最後まで…言えなかったな…)
場違いの感慨が胸をよぎる。
でもそれも意味はない。私はもう直ぐ、死ぬのだから。
(死ぬ…)
そう思った瞬間、閉じ込めていた弱音が溢れ出した。
強がっていたけど、私も結局子供なのだ。
(死にたくない…死にたくないよぉ…)
彼を激励したくせに弱音に泣く自分が、ひどくちっぽけに見えた。
小さく泣き叫ぶ少女を、緑の災いが踏み潰す。
最期にその虹彩に映った、叶わぬ片想いごと。
———
「はぁ、はぁ…っ!」
走る。走る。炎の中を走っていく。
目的地なんて決めていない。
ただがむしゃらに、緑の災竜から逃げるように。
「…お兄、ちゃん…?」
「…レナ!気がついたのか!?」
背中から弱々しい声が聞こえて振り返る。喉の痛みがだんだん引いてきて、ある程度なら声を出せる様になった。
レナは、周りを見回して気絶する前の事を思い出したのか、ハッと僕に叫んだ。
「…モモ、さんは?モモさんは、どこにいるの?」
推し黙る。
それだけで全てを察せたのだろう、肩に触れるレナの手が震えた。
ただ、ガルアの時のように泣き喚きはしなかった。泣き喚けるほどの体力も、精神力ももう残っていなかった。
「なんで…こうなっちゃったんだろう…」
「……」
レナの呟きに、返す言葉はない。
そんな事を考えてみても、答えなどわかるはずもなかった。
その時、不意に地面が揺れた。
バランスを崩して転びかける。背負ったレナが息を呑んだのが分かった。
振り返る。
炎と煙のベールの向こうに、巨大な影がゆらゆらと揺れていた。
(見つかった…っ!)
生き物の本能で、そう悟った。
「お兄ちゃん、私も走る…っ!」
「だめだ!レナだけでも、体力を温存しておかないと…」
走りながら、レナに返す。
確かにレナを降ろせば、今より早く走れるかもしれない。けれど相手は災竜だ。
あの巨躯に追いかけられるなら、少し早くなったところで焼け石に水だ。
「でも、少しだけでも…っ!」
そう叫ぶレナの真意は分かる。
少しでも早くなるなら、その分だけ逃げられる確率は上がるだろう。
焼け石に水でも、水をかけないよりは良いかもしれない。
「……分かった。じゃあ、おろすよ」
少しの逡巡の末に、レナを背中から下ろす。
そうして、手を繋いで再び走り出そうとした。
『ーー!!』
世界を裂くような、高い音。
それがなんなのか、僕たちは識らない。けれど、その音の後に自分たちがどうなるのかは察せた。
「レ——」「兄……っ!」
どちらが、どちらを押しのけて、どちら抱えたのか。
それも分からぬまま、再び襲った衝撃と爆発に意識が二転した。
……。
………。
……………。
もし、これまでの全てが夢だったら。目が覚めたら、いつも通りの日々が続いているのだろう。
厳しい面もあるけど、確かに愛してくれた家族に囲まれて。
妹と一緒に親友と会い、ふざけ合ったり、競い合ったり。
そんな、何気ない日々が。
意識が戻って目を覚ましたところで、瞼の裏に消えていった。
炎の地獄はまだ終わっていない。
瓦礫と煙の中で呆然としていた僕は、ハッとして周りを見渡す。
と、巨大な災いが遠ざかっていくのが見えた。
さっきの衝撃で、獲物は死んだのだと思ったのだろうか。
(生き残った、のか…?)
遠ざかっていく災いを呆然と見つめながら、ひとまず生きた事を安堵した。
「レナ、どうやら僕ら、生き残ったみたいだよ」
そう、腕の中の妹へ視線を下ろして。
彼女の肩から下が、無くなっていたことに気付いた。
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ぱちぱち。
めらめら。ごうごう。
燃えている、燃えていく。
すべてが、この世界のすべてが。今までの自分を作ってきた、小さな世界が。
なす術なくすべて、燃え尽きていく。
「……レ、ぁ……」
腕の中の妹は、もはや光を映さない瞳に、小さな涙を浮かべて。
「——ごめんね……」
そう、溢すように告げて、それが最後だった。
破裂しそうなほど哀しいその声に、自分は何も返せなかった。
自分に出来たことは。
何もかもを失った自分に、出来たことは。
ただ、炎の奥に去っていく災いを睨んで、泣き叫ぶことだった。
いつまでも、いつまでも。
喉が枯れようが、いつまでも。
抱いていた死体が誰の物だったのかさえ、分からなくなるほどに。
体力を使い果たして、意識が飛ぶまでに。
ただ、慟哭した。




