10、とある少年の崩壊
突然の轟音と衝撃が地面を揺らす。その場にいた全員が、その揺れで体勢を崩した。
「な、何!?」
「地揺れ…!?」
「お、おい!あれ!」
ガルアの叫び声で振り向く。空に向かって、大きな煙が立ち上っていた。
何が、何が起こって。
「——————!!」
突然の事態を脳が処理するより早く、空気を切り裂く重い咆哮が響いた。それとほぼ同時に四つの火柱が上がる。
街や施設が立ち並ぶ方向だ。
「君たち!早く中に入るんだ!」
と、家の中から飛び出した父が、へたり込む僕たちに向かって叫んだ。
ガルア、僕、モモ、レナの順で立ち上がり、訳もわからぬまま家の中に逃げ込む。
「父様、これは…」
「…敵襲だ。あの咆哮からして、災竜だろう」
息を呑んだ。心の隅で来ないだろうと楽観視していた事態が、ついに来てしまった。
僕の緊張と恐怖を感じ取ったのか、父は慣れない笑みを顔に浮かべて、僕の肩に手を置いて言った。
「大丈夫だ。私たちはこの時のために、何年もかけて準備をしてきたのだから。対災竜用の装備も訓練も、ここに劣るものはない」
だから安心してくれと言い、父は最後に僕の頭をポンと叩いた。少し皺のついた、ありふれた親の手で。
そうして、僕ら四人は僕の部屋に入れられた。
「あなたたち子供は非戦闘員です。私が呼びに来るまで、部屋から出てはなりませんよ、カイルス様」
「わかったよ、ゾルガ」
返事をすると、ゾルガは少し微笑んで扉を閉めた。彼の、初めて見るような笑みだった。
壁をつたって、轟音と衝撃が遠く響く。完全に怖がって縮こまってしまったレナを中心に、僕たちは部屋の一箇所に固まった。
「…だ、大丈夫かな…」
「大丈夫だ…俺たちの島を信じろ…」
災竜という暴力の化身が、すぐそばに居るかもしれない。そんな恐怖が、僕らを静かにさせた。カーテンを開けて、外を様子を見る勇気すら、湧かなかった。
「……」
轟音と衝撃が、遠く、響き続ける。
どれくらい経っただろうか。それらはいつの間にか聞こえなくなっていた。
「…終わっ、た?」
外に耳を傾けながら、そう呟く。それにしては、終わったら来ると言っていたゾルガがまだ来ない。
「様子、見てみようぜ」
ガルアが立ち上がって、カーテンのかかった部屋の窓に近づく。
…この時、僕はなんとしてでもそれを止めなければならなかったんだ。
「———え?」
ガルアがカーテンを開いて、気の抜けた声を出した。
窓の外は緑色の鱗に覆われていて。
窓と同じくらいの瞳が、ギョロリとこちらを向いたのだ。
「……」
それがなんのものであるか悟る為に、静寂が一瞬降りる。
次の瞬間、モモがカーテンを開けて硬直しているガルアに飛びつき、窓の近くから引き離した。
一歩おいて、壁が吹き飛ぶ。衝撃と暴風が体を叩き、後ろに倒れ込んだ。
夜の空気が、無くなった壁の向こうから流れ込んでくる。
「……あ…」
レナの絞り出すような声が、小さく響いた。
そこには恐怖がいた。
緑の鱗で身体を覆い、赤い瞳をギョロリと覗かせる。
緑の、災竜。
窓の外からこちらを覗き、壁を吹き飛ばした災竜は、僕たちを見つけると後ずさった。
その行動の意味が分からず、ただ恐怖に怯える中で、最初にそれに気づいたのはモモだった。
「……な、に、あれ……」
緑の災竜の右肩後方、災竜が後ずさらなければ、見えない位置。
そこに、見覚えのない岩山が地面から生えていた。そしてそれは、ただの岩山ではなかった。
「……ぁ、え…」
「うそ…だろ……?」
恐怖の体現である災竜のことなど見えなかったように、その岩山に釘付けになる。
ほんのり黒い岩山の表面には、粒のような何かが大量に張り付けられていた。
ぐるっと一周、上から下までびっしりと。
手と手を無理矢理繋ぎ合わせたそれらは、遠目から見ると細い紐のようだ。
「………ぇ…」
それらの顔は苦痛に歪んだり、困惑していたり。
なんであれ、その全てがもう二度と動くことはない。
「と、さ…か、さ……」
岩山の頂上。
一番目立つところには、一番顔の知る紐たち。
寡黙だけど優しく、よく遊んでくれた⬛︎⬛︎。
よく喧嘩したけど愛してくれていた⬛︎⬛︎。
そして、剣の師匠であり、最後に微笑みを残していった⬛︎⬛︎⬛︎。
「ゾ、ル……」
逃げるように、忘れるように視線をその岩山から離して。
そして、緑の災竜が歪んだ笑顔を浮かべているのを見た。確かにそれは、笑いの表情だった。
「いやああぁーーっ!」
空気を切り裂くレナの悲鳴が上がった。途端、モモが僕とレナの手を掴んで部屋の外へ走り出した。
ガルアだけを、その場に置き去りにして。
「っガルア!?」
「モモ!絶対に二人を離すんじゃねぇぞ!」
「……っ!」
ガルアの叫びに息を呑んで、モモはレナと僕の手を掴んだまま、部屋を飛び出し廊下を駆け抜ける。
廊下の端の窓に来たところで、レナが耐えきれず叫んだ。
「ガっ、ガルアさんは…っ!?」
「…誰かが相手をして気を引いてないと、みんな殺されてた…仕方なかったのよ」
「…っ!!でもっ!それなら兄様だって!」
あくまで冷静を装おうとするモモに、レナが叫ぶ。
今の発言はつまり、ガルアを囮にしたということだ。失言をしたとはいえ、レナが惚れた相手を。
「剣の腕なら…兄様の方が…っ!」
「馬鹿言いなさい!」
モモが叫んだ。
そうだ。僕はわかってる。あそこで囮になるのは、僕ではいけないのだ。
「レナ!あなたの兄は誰!?あなたの親は、この島のなんだった!?」
そう言われて、レナでも察せられてしまう。
あの岩山には多くの…があった。それでも全島民の数には、到底及ばない。
どこかにまだ生きてる人が居るはずだ。それなら、そんな彼らを指揮する人が必要だ。
島主の家系の、生き残りが。
「…あっ…ああ…」
レナの膝が笑う。
災竜に真っ向から挑んだガルアの生死など、火を見るより明らかだった。
好きだった人が、大事な友達が、もう戻ってこれないことを悟り、世界が崩れていく感覚に陥る。
「カイ!この窓ぶち破って、逃げるわよ!」
崩れゆく視界の中で、もう立てないレナを抱き抱えたモモの声が、鮮明に響く。
藁に縋るように、その声に従った。
外は、炎の世界だった。燃えていないところがないと思えるほど、あらゆる場所から火の手が上がっていた。
焦げ臭さと息苦しさで、意識が飛びそうになる。それに耐えながら窓を破り、飛び降りる。
「…うっ、ぐう…!」
地上三階からの飛び降りだ。
下が森になってなかったら、受け身をとっても重症だっただろう。
「モモ!」
「だいじょうぶ、よ…でも、レナはお願い!」
飛び降りのせいでどこかを痛めたらしく、モモは抱えたレナを僕に渡した。
レナは呆然とした表情のまま、静かに泣き続けている。そんな彼女を、ぎゅっと抱きしめる。
「それで…どこに逃げる!?」
飛び降りた場所は、家の裏側。僕たちを覗き込んできた災竜も、家と周りの森で見えない。
レナを抱えた僕とモモは、焦げ臭い森の中を走り出す。
「とりあえず、避難壕へ行きましょう!希望は薄いけど、もしかたら誰か」
『ーーーー!!!』
足先から頭までを突くような高音の、後。
突如訪れた衝撃と瓦礫と土砂にのまれて、僕の意識は飛んだ。
衝撃の起点は、災竜の口。
その衝撃波となり、島主の館を、その中にいた少年ごと粉々に吹き飛ばし、その先の森や避難壕を押し潰した。
砂煙の後に残ったのは、木々や瓦礫の山と数十メートルほど抉れた、フェキシフトの大地。
——それは、当時の世界では誰も知り得ることの出来なかった、災竜の力。
防御不可能の、超遠距離攻撃だった。




