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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第六章 その墓標に黄昏を
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9、とある少年の失敗

ある日の夕食の時。初めにそれに気付いたのは、部下のことになると繊細な父だった。


「…ゾルガ、どうした。今日は元気がないようだが?」


言われて、夕食の雰囲気は部屋の隅に控えている彼に向いた。

ぱっと見ではゾルガに変化はないから、父しか気付けぬほど小さな変化だったのだろう。


「そうなの?ゾルガ、何かあった?」


「島主様、奥様…いえ、お二人の手を煩わせるほどの事ではございません」


「そんな事を言っても…気になります。兄様もですよね?」


レナに同意を求められ、素直に頷く。使用人といえど、大事な家族の一人だ。

全員から促されて、ゾルガは心底困ってしまったようだ。


「いえ、ほんとうに…お二方が手を焼くほどの事では…」


「では、カイルスに話してみろ」


「え、俺に?」


驚く自分の横で、父の提案の意図を組み込んだ母が頷く。


「いいわね。カイも次の島主になるのだし」


「島民の問題は島主が、って事ですか。兄様はそれでいいですか?」


「…まあ、別に良いけど…」


家族全員からの推薦を受け、視線をゾルガに移す。

彼は、数分渋ったのち静かに頷いた。


場所は変わって、ここはゾルガの私室。

ゾルガには小さな頃から面倒見てもらっているが、私室に入るのは初めてだ。

彼の部屋は使用人らしく小さくまとまっていて、それでいて彼の生真面目な性格を写し出していた。


「それで、どうしたの?父様は元気がないって言っていたけど」


「…そうですね。カイルス様に話を聞いてもらうのは、恥ずかしいのですが…」


彼の小さなベッドに自分が座り、その隣に彼が座る。ゾルガは、言葉を選びながらぽつぽつと話し出した。


「……悩んでいるのです。己の、身内のことです」


彼は、自身のことを(おのれ)と呼ぶ。武人には珍しくもない呼び方だ。


「身内?家族に何かあったの?」


「ええ…弟に、アゴルというものがおりまして、其奴がどうにも曲者で…」


一言でまとめると、上手くいっていないということだった。

自分の殻に閉じこもってしまうタイプで、何度ゾルガが歩み寄っても、突き放されてしまうのだという。


「…それで、つい先日家を出るなどと言い出しまして…本格的にどうしたものかと悩んでいた次第です」


アゴルという弟について話すゾルガは、悲しそうな目をしていた。

それが僕の胸を締め付け、次の瞬間には突き動かされる様に口を開いていた。


「僕には、そのアゴルって人がどう思っているのか分からないけど…でも、話してみた方がいいと思う」


例えば…お互いにどう思っているのか、きちんと話す場を作ってみる、だとか。


「……ですが、私が話しても…」


「じゃあ、俺…僕が一緒に行くよ!」


厳しくも優しい彼の、悲しい目を消したくて。そして次の島主として、島民の問題を解決するため。

ゾルガは驚いた後、自分のそういう意図を汲み取り、感謝と共に頭を下げた。


「どうかよろしくお願いします…次期島主の、カイルス様」


———


数日後、僕はゾルガの家に来ていた。

アゴルは、父様の名前を出す事で、どうにか部屋から引きずり出せたようだった。

彼は、気まずそうなゾルガと共に、僕が待っていた部屋にやってきた。


「……」


「ほら、挨拶しなさい、アゴル。島主の息子様が、あなたの為に直々に来てくださっているんですよ」


笑顔を作りながら、アゴルという彼の様子を見る。

目に光が宿っていない。体はがっしりしているが、それに気付けないほど精神的にやつれているようだった。

胸の奥で、緊張の早鐘が鳴る。


「…アゴルさん、初めまして」


「……なんだよ、ガキ」


「っ!こらっ、アゴル!」


胸が掴まれたように苦しくなる。自分が思っていた以上に、彼の心の殻は硬そうだった。

よし。


「…っえーと、アゴルさん、は…どうして部屋から出ようとしないんですか?」


僕は交渉する時の父上のように、強気には出れない。それほどの経験も、自信もない。

だから、なるべく笑顔で下手に。


「…んなもん、ガキには関係ねーだろ」


「アゴルっ!」


「ゾルガさん。大丈夫です…関係は、ありますよ」


怒りに立ち上がるゾルガを抑えてから、改めてアゴルを見て答える。


「…僕は将来、次の島主になります。島主なら、島民の問題を解決するのは義務です。仕事として、僕はあなたの話を聞かないといけないんです」


心臓が早く打つのを必死に抑えて、予め考えておいたことを言う。アゴルはひとつため息をついた後、下の方を見ていた。


「…なので、あなたの話を」


「……あーそうかよ。じゃあ言うぜ、俺がなんで引き籠ったかをな」


「え」


驚いたのは、多分ゾルガと同じタイミング。こんなあっさり言ってくれるとは思っていなかった。だから、懐柔の方法とか、幾つか考えていたのだが。


アゴルは体勢を立て直す僕に向かって、酷く歪んだ笑顔で、言った。


「…簡単さ。お前らフェキシフトが、嫌いだからだよ」


「………はい?」


一瞬の無理解ののち、何を言われたかに気付いて困惑する。

今、彼は、なんと。


「俺さ、お前らが嫌いなんだ。大嫌いなんだよ。だから、お前らが仕切るこの島も大嫌い。お前らに使える自分の血筋も大嫌いだ」


「アゴ、ル…?」


硬直する二人を置き去りに、アゴルの自分語りは加速する。


「嫌いだ、嫌いだ、全部嫌いだ!だから引きこもったんだ。嫌いな全部と、関わらないようにな!分かったか!?クソフェキシフトのクソガキ!」


「え…あ……」


その罵倒が、理由もわからぬまま自分に向けられていることに、自分は震えることしかできなくて。 


「アゴル…っ!あなた、自分が今何を言っているのか」


「兄貴は黙ってろよ!」


暴言が飛び交う。頭の奥で、だめだこのままではいけないと、理性が警鐘を鳴らす。次期島主として、そしてゾルガの家族として。


「どうして…嫌い、なんですか…?どうすれば…嫌いじゃ、なくなりますか…」


震える声で、そう答えた。

自分の役目を、必死に果たそうとして出た言葉だった。


「——あ?」


しかしそれが、まだ成人してもいないその時の自分のその言葉が、どういうわけかアゴルを逆撫でした。


「そんなの一つしかねぇよ……俺の前から、お前らがっ!消え去ることだろうがっ!!」


瞬間、左頬に衝撃が走り、視界が二回転して体がうつ伏せに床にぶつかった。

何が起こったのか、すぐには分からなかった。

ただ、目の前に転がってきたものだけが、鮮明に視界に映った。


(……ぁ)


白い、歯。少し血のついた歯。

アゴルに殴られて折れた、自分の歯。


「…アゴルっ!!」


罵声が再び飛び交う。その中で自分は、立ちあがろうとした。

殴られただけだ。彼は興奮しているのだ。落ち着かせなければ。次期島主として、やるべき事を果たさなければ。何を痛がっている。歯が一つ抜けただけだ。痛いのなんて慣れているだろう。大丈夫、大丈夫だ。笑顔で接すればきっと彼も落ち着くだろう。ああ、ふらふるする。くらくらする。あたまをうったのか。なんてなさけない。だいじょうぶ、だいじょうぶだ。えがおでせっすれば、きっと——。


「——ぁ」


ゆっくりと立ち上がったところで、小さく声が漏れた。

殴られた頬に触れた自分の手が、不意に濡れて。

自分が、恥ずかしげもなく泣いていることに、気付いた。


「…っカイルス様!…アゴル、お前、なんと言うことを…っ!!」


「うるせぇな!コイツらには、これぐらいの罰が必要なんだよっ!!」


二人の暴言が飛び交う中。僕は情けなくも、頬を殴られたのとは違う痛みに、胸を抱いて泣いていた。

その時僕は、初めて人間から恣意的に悪意を向けられたのだった。


———


交渉は決裂した。

次期島主を殴ったことで、アゴル・ユレンフトは罪人として島を追放された。

そして、その原因を作ったとして、兄であるゾルガ・ユレンフトには謹慎が言い渡された。

申し訳なさそうな父様に対して、ゾルガは自らその処遇を受け入れた。


初めての島主の子としての挑戦は、失敗に終わった。



「あの…兄様、大丈夫ですか…?」


「あ、レナ…うん、大丈夫だよ…」


そう言った自分の声は、自分でもわかるほど元気がない。アゴルとの交渉が決裂してから数日。僕はあまり外には出ず、自室で本を読むことが多くなった。

反対に、妹のレナはまだガルアやモモと遊んでいるようだった。彼らには、僕のことは体調を崩したと伝えてくれているようだった。


「……」


「……あ、兄様っ!」


重い沈黙が覆った部屋に、珍しいレナの張り上げた声が響いた。

振り向くと、明らかに緊張している様子だ。…いや、緊張というより、これは。


「私、決めました。明日…ガルア、さんに、告白します」


「——え?」


え?


「場所は、公園の鐘の下です」


ちょ、ちょっと待ってくれ。なんで突然。

声も出せずに困惑していると、レナは今度は恥ずかしそうに続けた。


「私の告白が、その…成功、すれば…兄様も、少しは、明るくなるんじゃ、って…」


「……レナ」


彼女の決意は、僕のため。僕のために、レナは告白すると覚悟したのだ。

それがどうにも申し訳なくて、それでもとても嬉しくて。


ぎゅっとレナを抱きしめる。子供じゃないんだからと照れるレナの声は、今だけは聞こえないふりをした。


———


「その…もう大丈夫なの?」


「うん。心配してくれてありがとう、モモ」


翌日。僕は物陰に隠れながら、横で同じように隠れているモモに言った。ここは、昨日レナが言っていた公園の鐘の下が見えるところだ。


「大丈夫ならもう何も言わないけど…何かあったら言っていいんだよ?」


「うん。…本当に、ありがとう」


公園の鐘の下。そこで告白すれば幸せになれるという噂がある。だからレナは、そこを告白の場所に選んだのだろう。

普段は迷信なんかほとんど信じない彼女でさえ、迷信に縋りたくなるほど、彼女にとって大事なことなのだろう。


「あっあの、ガルア…さんっ!」


レナの声が響いて、僕たちは鐘の下の二人に意識を向ける。レナ本人が決意したのだから、僕たちはそれを見守るだけだ。

雲が晴れて、陽の光が辺りに差す。


「なんだよレナ、こんな所まで呼び出して…」


「えっと、その…わたっ、私は…」


しどろもどろになりながらも、なんとか言葉を続けようとするレナをぐっと見つめる。知らぬ間に、拳を握っていた。

レナは少し何かをもぞもぞ言った後、一息ついて顔を上げた。その顔に、もう迷いはなかった。


「私は、あなたが好きです。ガルアさん」


飾り気も何もない、純粋な告白。レナのことだし文言は色々考えきたはずだが、直前で吹き飛んだか。

でも、それでもいい。彼女の純粋な気持ちは、純粋な言葉で伝えるべきだ。


純粋な告白を受けたガルアは、少しの間固まっていた。

永遠にも一瞬にも感じた時間の後、ガルアの声がようやく響いた。


「………え、それ、マジのやつ?」


「は?」


そう言ったのは、隣にいるモモだった。

公園に差していた陽の光が、雲に隠れて消えていく。


「まっ…マジのやつ、です…」


「……っ、えー…」


ガルアは多分、心底困惑しているだけなのだろう。だから彼には悪意とかはない。そんな性格ではないし、悪意をぶつけられたことはあるから分かる。

でも、この時の、彼は。



「……めんどくさ……」


小さくそう言った彼は、明らかに()()()()

心の底で思ってしまったことを、考えもなしに口に出してしまった。

それがどんな結果を引き起こすかも、考えもせずに。


「———」


「…あっ、ちがっ…」


それに気付いても、もう遅かった。

音もなく、レナの瞳から小さな涙がいくつも溢れていて。

次の瞬間、隣に隠れていたモモが飛び出した。


「モ、モモ!?なんでここに…」


その続きを、彼女の平手打ちを食らった事でガルアは話せなかった。


「…あんた——最低よ」


いつもと違う、心の底からの怒りをあらわにした彼女もまた、どこか泣きそうだった。


———


嗚咽を必死に堪えて泣くレナを連れて、僕は家へと戻った。モモとガルアが言い合っている声を、なるべく聞こえないようにした。

レナは僕の部屋に連れ込んでやっと、大声で泣いた。


ぎゅっとレナを抱きしめる。年相応の子供のように泣きじゃなくるレナの声を、静かに聞きながら。



心配そうに見ていた両親から、友達が玄関口に見えたと聞いたのは、日が傾いて空が橙になった頃だった。


「レナ、きっと謝りに来たんだよ。…どうする?」


「……」


泣き疲れてぼーっと壁を見ている妹に問いかける。

きっとレナ自身は、まだガルアの謝罪を受け止められないだろう。なんとなく会いたくない段階だと思う。

けれど。


「…聞く、だけ、なら…」


「……うん」


無理に大人ぶらなくても良いのにという言葉は、彼女の強がりを思って呑み込んだ。


両親や使用人が心配そうに見守る中、僕は妹のペースに合わせてゆっくり玄関へ向かった。

ガルアとモモは玄関口に並んでいた。お互いに目を逸らして、気まずそうだ。

彼らがどんな言い合いをしたのか分からないけど、じゃれあい半分のいつもの口論より激しかったのは分かる。


「嫌なら嫌って言って良いのよ、レナ」


「……」


モモの言葉に、レナは下を向いて何も言わない。何か言ったり返答できるほどの余裕が、やはりまだ無いのだ。

重い沈黙が降りるが、それをガルアが引き裂いた。


「あのっ!レナ!その…さっきは、ご」


彼の言葉は再び塞がれた。



——轟音と衝撃が、辺りを襲った。

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