8、とある少年の日常
「レナー、行くぞーっ!」
妹を呼び、玄関で待つ。少しして動きやすい服に着替えた妹と一緒に、家を出る。人々の憩いの場である公園を抜け、日の差し込む森へ。
赤い布が幹に巻かれた木を見つける。いつもの集合場所だ。よく遊ぶ友達が二人、もうそこで待っている。
「おせーぞカイ!競争は俺の勝ちだな!」
「レナの準備を待ってたんだよーだ。ノーカンノーカン」
軽口を言い合う相手は、ガルア・イエーメという名の、同じくらいの歳の少年。
彼はいつもこうやって、何かと競争を仕掛けてくる。
「妹を理由にすんな。俺はお前と真剣勝負がしたいんだ!」
それ自体は別に嫌じゃないし、兄貴分的な彼の性格は好ましい。
でも、いやだからこそ、突然競い出すのは心の準備ができない。
「…じゃ、剣でやるか?」
「それはダメだっ!カイに勝つのなんて、大人でも難しいんだから」
言葉通り、剣の腕で言えば右に出るものはいない。ゾルガのおかげではあるが、日々の鍛錬を思うと複雑だ。
だが、その代わりかガルアは判断力は恐ろしく高い。言動からは考えられないほど、頭がよく回るのだ。
まあ、その割には気づかないこともあるが。
「…兄様、私は重荷なのでしょうか…?」
「いやいや全然そんなことないよ、レナちゃん。このバカのことは無視していいから」
「はっ!?何がバカだ、モモ!」
「バカはバカよ!もう子供じゃないんだから、いい加減競い合いなんか辞めたら?」
もう一人の友達は、モモ・ソーズレンという、同じく同年代の少女だ。
気が強く、そして面倒見がいい。レナが関わるようになってからは、面倒見の良さに磨きがかかっている気がする。
「ぐぬぬ…。姉貴気取りめ…」
「何とでも言いなさい?精神年齢では、私が上なんだから」
「なんだとー!?」
「なによーっ!」
言い合いを始める二人。いつもの光景だ。二人はよく喧嘩するのだが、仲が悪いわけではない。
精神が図太い同士だから、ぶつかる事が日常茶飯事なのだ。
「あはは…。それで、今日は何して遊ぶ?」
「あ、はい。私、昨日できなかったかくれんぼがしたいです」
話題を振ると、即座にレナが反応する。二人の言い合いを無視する辺り、我が妹も随分図太い。
と、まあ。
堅物だが恋煩う妹と、よく遊ぶ二人の友達。
何か大きな刺激があるわけでも無い、当たり前で、だからこそ尊いような。
そんな、日常だった。
———
レナが恋したのは、ガルアだった。
理由は本人に聞いてみても、よく分からないらしい。
母さんは、恋の始まりなんてそんなものだと言っていたが、本人はかなり悩んでいた。
「…ねえ、あなたの妹…もしかして…」
面倒見が良く、一緒に遊ぶモモがそれに気づくのは必然だった。
夕暮れの帰り道、こっそりそう囁かれた。
「うん…初めての春だよ。相手はガルアだってさ」
「あんなのに惚れる要素なんて…。まあ、私もレナちゃんの事は妹みたいに思っていたし、応援するわ」
「いやあ、それなんだけど…」
数日、二人を観察してて分かった事がある。とても面倒なことに。
「…ガルア。多分気づいてない」
「……うそ…。私でも気づくぐらい目で追ってたり、本人の前でしどろもどろになっているのに…?」
頷くと、モモは呆れたような顔をした。
ガルアは確かに頭は回るが、女心、というか恋愛に関わるとどうにもポンになるようだった。
「はあ…。ほんとにアイツは…」
心底呆れながら、モモは自分たちの前を歩くレナとガルアに目を向けた。
明らかに自分たちの時とは言動が違うレナの前に、ガルアはいつも通りに話している。
「…仕方ない…私たちでなんとかしましょう。アイツ、多分いつまで経っても気づかないだろうから」
「あんまりやり過ぎないようにしたいけど…」
自分としても、大事な妹の、大事な友人が相手の春なのだ。応援してあげたい。そしてできるなら、実って欲しい。
けれど、二人の春に関係のない自分たちが首を突っ込むのは…。
「お前らー。二人でなーにこそこそしてんだっ!」
「わっ!」
気づくと家の前まで着いていた。レナが玄関先で僕を待っている。二人に別れを告げてそちらへ向かおうとした時、不意にガルアが耳打ちしてきた。
「なあ、ちょっと聞いていいか、モモ、カイ?」
「なに?」
「レナのやつ、最近なんかあったか?調子悪そうなんだが…」
「……」
「………はぁ」
悟った。これ、本当に自分たちが介入しないと終わってしまう春だと。
こうして、二人の行方を陰ながら手助けすることを、僕とモモは言外に約束した。
———
「それじゃあ、今日は何して遊ぶ?」
「今日こそ!今日こそ森の奥の探検したい!」
翌日、いつも通り目印のある木に集まり、今日の遊びを決める。ガルアが前々からしたがっていた森の奥の探検に決まった。
「コウリツ的に探検するため、二つの班に分けようと思う!班わけについて、何か意見のあるものはいるかね?」
隊長を名乗り出たガルアが、父さんの部下であるフェキシフト軍の遊撃隊長の真似をして言った。
思わず妹と一緒に吹き出してしまう。似すぎだ。
「あ、はい。じゃあ、私とカイ。レナちゃんとあんたで行く…ってのはどう?」
「おお、そうだな!俺とモモが一緒になると、絶対ケンカになるもんな!」
「ちょ、はぁ!?」
噛みつきにいきそうなモモを、レナと二人で必死に抑える。彼女には悪いが、僕もレナもそれには賛成だった。
探検が始まり、モモと二人きりになる。待ちに待った、『レナの恋成就させ隊』(名は即興で決めたので、センスがないのは仕方ない。)の作戦会議だ。
「と言っても、私もカイも恋愛経験なんてないでしょ?背中の押し方もわからないのよね…」
「うーん…。モモは、もしガルアに告白するとしたら、なんて言うの?」
「万が一にもそんな事はないけど…そうねえ。二人きりになった時に、あなたが好きです…って感じかしら」
まあ、普通の告白はそんなものだろう。経験なしの意見なので、実際はどうなのか分からないが。と、その時モモが何かに気づいて青い顔をした。
「まって…二人きりの時…?それって……今じゃない?」
「え……あっ」
今、レナとガルアはたった二人でこの森のどこかにいるのだ。機会を見てレナが…なんて事は十分にあり得る。
恋愛に関してはレナは初心ではあるが、同時に彼女は真面目な性格だ。自分の心に真剣に向き合う子だ。
「ふ、二人を探そう!」
叫んで森の中を走り出す。地に張った木の根に足をもつれさせながら、走ること数分。二人はすぐに見つかった。
巨木の下の、少しひらけたところに並んでいる。
「まって!」
「何っ!?、モモ」
「…ちょっと、遅かったかも…」
近くの草むらに体を隠す。
もう、その時だった。彼女はすでに切り出していた。
「ガルア、さん…私は、その……」
「ん?どうした、レナちゃん」
思わず手をぎゅっと握った。もうその時になってしまったのだから、あとは祈るしかない。
彼女の春が、花開くように。
「あ、あな……す、あ…」
「……レナちゃん?」
どもり、うまく言葉を発せなくなった妹を、じっと見守る。横に隠れているモモが、小さく頑張ってと呟いた。
「あ……すっ…」
「あ、す…?あ、もしかしてアスベリさんか?」
「———え?」
アスベリ。それは今さっき彼が物真似をしていた、フェキシフト軍の遊撃隊長の名前。
「もしかして、真似るコツでも聞きたいのか?前々から思ってだけど、レナちゃんって意外とお茶目だよなー!」
そう言ってガルアは笑う。妹の顔から表情が死に、小さく頷いた。
隣からあんのバカと呟く声が聞こえた。
「……カイ。今夜、あの子をよろしくね。あのバカは私がなんとかするから」
「うん…約束する。ていうか、ガルアに対しては僕も参加したい」
「分かったわ」
呆れと怒りが混ざったような声で、モモは頷いた。
その後、ガルアは身に覚えのないお仕置きを受け、レナは一晩中兄に慰められた。
色々あるけれども、こんな日々が続くとなんとなく思っていた。
この時の僕は、まだ。




