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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第六章 その墓標に黄昏を
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7、とある少年の世界

これは、今から二年ほど前の話。


カイルス・フェキシフトという少年がいた。

高い軍事力を誇る、フェキシフト島の島主の後継として、生を受けた。

彼は年相応の少年で、特に不自由なく過ごしていた。災竜蔓延るこの世界でも、比較的幸福に。


彼の住んでいたフェキシフトの島主の館。

そこには彼の両親と妹、さらには多くの使用人が住んでいた。

彼らのことを、カイルスは昨日のことのように思い出せた。


———


「カイルス。また上着を雑に脱いで!きちんと畳んで仕舞いなさいと、前も言ったでしょう!」


「俺が着るもんだからいいだろー。うるさいなー」


母親は、リリィ・フェキシフトといった。

彼女は、正直細かい人だった。

何かと小さいことを指摘してきて、その度に喧嘩になって、妹と父親に止められる。

大抵数日後には仲は戻っているのだが、その頃になると再び喧嘩する。

そんなことを繰り返す人だった。


「行ってきまーす!」


「行ってらっしゃい。裏山は危険だから、近づかないのよ」


「わ、分かってるよ」


家である館を出るたび、こんなふうに裏山には行くなと釘を刺され続けた。

普段は特に気にも留めないのだが、いつものように喧嘩した翌日にも、同じことを言われた。

誰が聞いてやるか、と思った。その時初めて、その忠告を無視した。


数時間後、その決断を後悔した。

足を踏み外して転び、暗い藪の中で夜が来てしまった。

心細くなって、なるべく声を押し殺して泣いた。大声で泣くのは、次期島主として、兄として情けないと思ったから。


「…ルス…っ!カイルスっ!よかった…っ!」


どれほど泣いたか分からなくなった頃、母親が探しに来た。

また小言を言われるのかと身構えた自分に、彼女は泣きながら抱きついた。

顔を歪めて、声を上げて。


「良かった…っ!よかったぁああ…っ」


見たことない彼女の様子に、自分も一緒になってまた泣いた。

声を殺さず、大声で。

今だけは、情けなくてもいいと思った。


その後、一緒に泣きながら家に帰り、泣き腫らした妹と父親に一緒に怒られた。

それから、いつものように喧嘩はしても、二度と彼女の忠告は無視しなかった。


———


「さてと…ここら辺でいいか。球、持ってきたかー?」


「うん。持ってきたよ、父さん」


父親は、エルメス・フェキシフトと言った。

彼は基本的に部屋に篭り、戦術やら何やら難しいことを考えていた。

感情を露わにしないわけではないが、常に遠くを見ているような人だった。


「投げるぞー!」


「うわっ…と、父さん、遠くに投げ過ぎー!」


それでも、仕事がない時は庭や公園で遊んでくれた。

遊んでいる時はよく笑った。

遊びついでに、いつものことをせがむ。


「ねえねえ!父さんの部屋、入ってもいい?」


「…。前も駄目と言ったろう。何がそんなに気になるのだ?」


「…ちぇっ。じゃあいいよー。あっ、そっち球行った!」


気にならないわけがない。

彼がいつも篭って色々している部屋。

そこには、かっこいい武器とか、わくわくするような戦術を記した書とか、そんな物があるのだろう。

気にならないわけがない。


遂に、彼の部屋にこっそり侵入してみた。

地図やら設計図やらの溢れた机に心躍った。

が、すぐに見つかって、これまでにないほどの雷を落とされた。


「…はぁ、全くお前は。そんなに、知りたいのか」


「……っ!うん!聞きたい聞きたい!」


怒りの後、彼は諦めたようにそう言って、考えていることを色々と聞かせてくれた。

それを聞いてはしゃぐ自分を、どこか沈鬱な目で見ながら。

彼が何を考え、何を思っていたのか、最後まで分からなかった。


———


「カイルス様。稽古の時間ですよ」


「えーもうちょっと!もうちょっと遊んでからでいい?」


「ダメです」


使用人たる彼はゾルガ・ユレンフトといった。

沢山いた使用人の中でも、特に自分の身の回りを担当していた。

そして、一日一回の剣の稽古をつけてくれる、師匠でもあった。


「ぎゃっ!」


「まだまだ、甘いですな。視線が泳ぎすぎです。どう動こうとしているのか、筒抜けですよ」


「じゃーどーすりゃいいんだよー…」


「それを考えながら、もう一戦行きましょう」


正直、稽古は厳しかった。

始めた頃は、終わるたびに吐いて、四肢が震えてろくに立てなくなるほどだった。

ゾルガはとても強かった。


「どこに行ったかと思ったら、こんな所にいたんですね!」


「まずっ…ぐえーっ!」


数年でいやでも剣を腕は上がり、もはやゾルガ以外の大抵の相手には勝てる程になった。

その頃に、彼の隙を見て稽古を抜け出した。

勿論すぐに見つかって大目玉を喰らった。


「さ、さっきと動きが違うっ…さっきまでのは手を抜いてたの!?」


「当たり前です!稽古なので!!」


彼は、ある時から怒る時に本気でぶつかってくるようになった。

下手したら大怪我すると察し、どうにか生き延びる方法を模索するようになった。

それ自体が稽古になっていたことに、後になって気づいた。


「ちょ、ちょっとたんま…」


「実戦に!たんまは!ありません!!」


「ぐわぁーっ!?」


地獄以外の何物でもなかった。けれど悪くはなかった。

稽古以外の時は、ゾルガは優しく接してくれていたからかも知れない。

血の繋がりはなかったが、家族のように思っていた。


———


「兄様、またゾルガさんの稽古を抜け出したんですか?」


「レナには関係ないだろー。お前もやってみればいいんだ」


妹は、レナ・フェキシフトといった。

母親に似たのか兄の真似か、はっきりとものを言うたちだった。

それでよく喧嘩になった。


「稽古は兄様に課せられた役目です。私とは関係ないですよ」


「…それは、そうだけどさぁ…」


何でも不正やら悪いことに敏感で、ちょっとしたことでもすぐに指摘した。

正直面倒な性格であることには変わりなく、同年代の子達とトラブルになることが何度かあった。

そして、その度に自分が仲裁した。


「兄様、私は…」


「…まあ、メンドクサイ奴だよ。それが分かってるなら、別にいいけど」


トラブルを取り纏めた後、いつも申し訳なさそうに後ろをついてくる。

彼女自身も、堅物さには気づいていたようだったが、直すのは難しそうだった。

そして、その性分はついに爆発した。


「兄様。私、いじめられました」


「は…え?」


突然そんなことを言ってきて、家族会議になった。

どうやらいつもの同年代とのトラブルから発展したようだった。

相手とその家族も呼んで事実確認した結果、今までの積み重ねが爆発したことが分かった。


「…違うことは違うのだと、言った方がいいのでは」


「…それでも、納得しない人はいるんだよ。ま、無理に関わらないことだね。お前とあの子は、水と油みたいだし」


そう説得したが、レナは最後まで納得できないようだった。

頭が固いというと、ぼんくらには言われたくないと返され、喧嘩になった。


…とまあ、そんなことがあってからは同年代の子とは絡まず、自分やその友達と絡むようになった。


「…兄様。最近、体調が悪いのです」


「え?大丈夫か!?何か病気なんじゃ…」


そんなある日、今度はそんなことを言ってきた。

両親も呼んで、細かく症状を上げてもらう。

曰く、友達の一人のことを執拗に考えてしまい、食事も喉を通らず、碌に睡眠もとれないのだという。

そして、一緒に遊ぶ時はその友達を目で追ってしまうと。


「………」


「…兄様?父さんも母さんも…。私、何か変なことを言いましたか?」


家族で大笑いした。

堅物な彼女の、初めての春だった。



——そんな、何処にでもいる、ありふれた家族だった。

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