4、フェキシフト島跡
減速していく空船の一室で、僕とカイは無言で目を逸らしあっていた。
カイの失言で僕の心臓をぎゅっと掴んだ痛みは、サンデさんの登場で完全に霧散した。
突然現れて、嵐のように去っていった。何だったんだ、あの人。
「……あ、えっと」
カイが気まずそうに口を開く。
それに僕は笑いかけた方が良いのだろう。けれど僕は何も言わずに立ち上がり、彼の横を通り抜けた。
彼と、言葉を交わすのが怖かった。
そんな事はないと分かっていながら、彼にまたあんな事を言われるのではと、思ってしまった。
「……ほんとに、ごめん…」
後ろで、消えそうなカイの声が響く。
途端に後悔と自己嫌悪が胸を駆けるが、それを処理できるほどの余裕はなかった。
カイは無言で僕の後についてきた。
フェキシフト島跡に到着し、空船が止まった。
フェキシフト島跡を一言で表すなら、黒だった。
何もかもが黒い灰になっている世界だった。あらゆる所に、炭になった建物の残骸が木々のように生えている。
地面も焦げており、所々から小さくぷすぷすと煙が出ている。その影響か、滅んだのは二年前の筈なのに草一本も生えていなかった。
「あっ、さっきの少年たち!来てくれたんだね、ありがとう!」
空色の旗は直ぐに見つかった。
行ってみると、気づいたサンデさんが手を振って迎えてくれた。
元々の観光客が二、三十人いる。
「はあ…えっとその、大丈夫なんですか。勝手に僕らが入ったりして」
「だいじょぶ、だいじょぶ!うちのツアーは飛び入り参加可能だから!…あれ、でもあらかじめ私が知ってたら飛び入りじゃないな…」
そんな事をぶつぶつ言ったのをまあいいかで締め、元々の観光客へ僕たちのことを紹介した。
喧嘩していることは、話さないでくれたが。
「さあ!それでは行きましょう。かつては栄華を極めた世界最強だった島。フェキシフト島跡観光、開始です!」
大仰なポーズと共にサンデさんが宣言し、テンションの高い他の客がそれに続く。
観光の列が、黒い森の中を動き出した。
「……」「……」
その列の一番後ろで、僕とカイは互いに無言だった。
彼との話し方を、綺麗さっぱり忘れてしまったようだ。どう切り出せばいいのか、分からない。
…かつての故郷だった場所を、カイがどう思って見ているかなんて、考えもしなかった。
「…ここには、かつて森があったんですよ!工房や施設ばっかだったこの島で、唯一の癒しの場ですね!広さもそこそこで、子供達の遊び場になっていたそうですよ!」
サンデさんがそう言いながら、焼け跡しかない場所を指差す。
ようやく視線を上げると、観光客の様子が目に入ってきた。
「……」
出発時には明るかった彼らが、静かに黒い残骸たちを見つめている。
中には手を合わせて黙祷している人もいた。
ここの観光には、ただの観光以上の意味が含まれているのだ。
隣のカイが遠い目をしている事に気づいた。
その胸に何が去来しているのか察して、思わず口を開いていた。
「…ねえ。…その、ここって、ほんとに……森、だったの…?」
カイはチラリとこちらを見た後、深呼吸をしてゆっくりと口を開いた。
「……ああ。俺もよく、ここで遊んだ。真ん中辺りに、でっかい木があってな。暑い日はその下で休んだもんだ」
聞いたことが引き金になったのだろう。カイの口から、過去の情景が流れ出した。
「小さな川もあってな。走り回って疲れた時は、そこの水を飲むんだ。冷たくて、美味しかった」
僕は何も言わず、ただカイの言葉を聞いていた。彼の記憶の奔流に、自分も身を任せたいと思った。
観光の列は森の跡を離れ、少し島の奥の方に移動した。
「ここには、かつて公園がありました。その中にあった鐘の下で告白すると、必ず結ばれるという逸話があったそうですよ!浪漫ですねぇ!」
「…そーいや、そんな与太話もあったなぁ」
カイの口が、ふと綻ぶ。
笑っているのだ。
「…それを信じて告白したのに、あいつったら全く気づかなくて…」
カイが思い出している、僕の知らない事。
その声が微かに震えていて、気づく。
彼は、口に微笑みを浮かべながら、目に涙を浮かべていた。
「まあ、結構古い公園だったし。大方誰かが人を呼ぶために、逸話をでっちあげたんだろうな」
僕はそっと彼の手を握った。
彼は驚いたようだったが、少しして握り返してくれた。
観光の列はさらに島の奥に向かう。と、かなり大きな瓦礫の山と岩山が見えてきた。
「ここは、元々島主の屋敷があった場所です!完全に半壊してしまってますね……それで、こっちの岩山は…なんでしょう。よく分かりません!」
「ええ…」
ダハハと照れるサンデさんに、観光列から無言のツッコミが飛ぶ。観光のガイドが、行く先のことを知らないのはどうなのか。
「カイ。あの岩ってなん……カイ?」
仕方ないのでカイに聞こうとして、彼の様子がおかしい事に気づく。
顔が青ざめていて、汗をかいていた。
どうしたのと手を伸ばす寸前、彼を口を押さえて座り込んでしまった。
———
「一説によると、フェキシフト滅亡に心を痛めた誰かが建てた、魂柱のようなものだと言われています!…真相は分かりませんがね」
そう言って岩山を見ながら、サンデ・サンドイッチは心中に、まあそれならそれで何か情報があるはずだ、と思う。
例えば、建てた人がそれを誰かに話しているだとか。
いやそもそも、こんな見上げるほどの大きな岩山、一人で建てれるわけがない。
するとどこかの企業か慈善団体か。でもそうなると、余計に記録が残ってないのはおかしい。
(ツアー前に上から貰った資料にも…これのことは乗ってませんね…)
首を捻る。本当になんだこの石。
…まあいいか。
きっと建てた集団の偉い人が、他への報告を忘れでもしたのだろう。
優秀である自覚がある自分でさえ、事後報告になってしまうことがあるのだ。それすら忘れてしまう人がいてもおかしくない。
(そんな人を上に持つと、下も大変ですねー…)
存在するかどうかも分からない集団に勝手に同情して、視線をおろす。
そこで、岩山の麓、ここから5メートル程離れたところに人影が見えた。
「おやあれは…?すみませーん!この島、観光客や関係者以外、立ち入り禁止なんですがー!」
手を振ってその人影に叫ぶ。人影はこちらに気づいたのか、ふらふらと覚束ない足取りで、ゆっくりと近づいてきた。
「…はっ!もしかして飛び入り参加者!?困りますよーそういうのは、予め言ってくれないと…あれでも、私が知ってたら飛び入りにならないな…」
一人でぶつぶつ言っている間にも、人影は近づいてきて、その容姿が細かく見えるようになった。
それを見て、サンデは心底。
「——え?」
それは確かにヒトだった。
焼け爛れた足を引きずり、片手に剣を持っている。
半分崩れ落ちた顔には、何の表情が浮かんでいるか読み取れない。
——そして、その肌は、腐り切っていた。
死んで腐ってなお、そのヒトは動いていた。
「————はぁ?」
サンデが困惑したのは一瞬。
次の瞬間、剣を振り上げて襲ってきたそのヒトに、彼女は悲鳴を上げていた




