1、エルギオの『力』
メーレンさんが操縦する私たちの空船は、ハーマレー島へ向かっている。
その道中で、ケイオール島に来るまでと同じく、各々時間を潰した。
ペミーは、耳を武器にするメムリット族の戦い方…耳拳、と呼ぶらしい…の練習。
エルギオは、アドルオさんとの特訓から自身の能力を開花させようしている。
ダックさんは、部屋だったり甲板だったりで、アドルオさんの古文書を解読している。
カイはペミーの練習相手をしている。
…そんな中、私は小さな焦りを感じていた。
みんなで情報を共有した結果、色々わかったことがある。
それは、聖痕が人に『奇跡』を与えていると言うこと。実際、ダックさんとペミーは『奇跡』を得ている。
エルギオは元々竜の力を持っているし、カイだって剣術ではかなりの腕前だ。
私だけが、聖女という肩書きのまま、役に立つ力もないのだ。
「そう焦らなくてもいい。聖女という肩書きだけでも、救われる人はいるのだからな」
相談したダックさんはそう言っていたけれど、それでも焦りは消えなかった。
数日して、空船はハーマレー島に到着した。鎮魂祭の時の傷跡はまだいくらか残っていたが、それでも港は活気を取り戻していた。
数ヶ月前に災竜被害に遭ったムロリメロ島行き、故郷のネイケシア島行き、フェキシフト島跡行きなど、多くの観光船が停まっている。
「それで、どっちの島主から行くの?ヒラさん?ローラさん?」
「うーん…なるべく、どっちが先とかしたくないんだけど…」
「空読みの使徒に話すのはどうだろうか。それで、二人の島主を空読み塔に呼んでもらおう」
私とエルギオの疑問に、ダックさんが答えてくれる。
それで、二人の島主と合流して、空読み塔の一室を借りて報告と次の行き先を決めることになった。
「聖痕はあと一つ…だね」
行きすがら、エルギオが不意に呟いた。
「うん…」
誰ともなく、それに頷いた。
この旅は、最初は聖痕を得ることと災竜を倒していくことが目的だった。
けれどいつしか、災竜となったドラメル族たちを救いたいに変わって。
けれども救えず、最初の目的だけが達成されている。
「仕方あるまい。私たちは、君たち一族について、あまりにも無知だった」
「ペムーゥ」
その事を憂いたエルギオの様子に、ダックさんが助け舟を出し、今まで通りに戻ったペミーが同意する。
それを聞いたエルギオの瞳から、少しだけ暗いものが晴れたように見えた。
「僕…過去のことを知りたくなった。『大災害』…同族が狂った時、何が起こっていたのか知りたい」
エルギオの言葉に、私もハッとして続く。
「それは…私もそうかも。災竜のことを深く知っていけば、もしかしたら災竜を滅ぼさなくても…」
言いかけたところで、口をつぐむ。世界には、数えきれないほどの災竜被害者がいる。
彼らを救うのが、自分の役割でもあるのだ。
「…それは置いといて。災竜について、エルギオに言い忘れていたことがあった」
思い出したように、ダックさんが言い出した。
エルギオが不思議そうに首を傾げる。
「…アドルオさんの手記だ。向こうにいた時に大まかに解析はできていたのだが、言わなかった。正確な情報では無かったのでな」
空気が張り詰める。
アドルオさんからもたらされた、はるか昔の手記。
内容の概要だけなら、私も向こうで聞いている。だが、詳しい内容までは知らない。
「それが、この島に着く直前、ようやく細かなところまで分析できた。翻訳に粗はあるし、意味が取りづらい所もあるがな」
そう言いながら、ダックさんは懐から革袋に包んだ古紙を取り出した。
近くの木の下に歩を止めて、集まってそれを広げる。
「うわあぁ…ぜんっぜん読めねー」
カイが顔をしかめる。
ダックさんは手袋をはめて、ゆっくりと古代文字で書かれた文を、指で追い出した。
「この古文書には、こう書いてある———」
『島に理性の戻っていない同族が襲撃に来たので、追い払った。まったく、彼らと私の違いは何なのだろうか』
『…一つ、考察してみたのでこれに書き記しておく』
『恐らく、理性のない同胞は強さを求めているのだ。一族の中での最強、つまり族長の家系に受け継がれる、最強の能力を得ようとしているのだ』
『…自身のあらゆる力を倍増させる、「王の本領」の聖痕を』
しばらくの間、誰も何も言えなかった。
やがて、内容を咀嚼できたカイから口が開く。
「じゃあつまり…理性のない災竜は、『王の本領』っつう族長の聖痕を、取ろうとしてたってことか?」
「そうだ、と思う。つまり彼らは、この世界のどこかにいるエライル氏を求めているということに、なるのだろう」
エライル・ドラメル。エルギオの父。
ドラメル族が狂い、『大災害』を起こす元凶になった、そもそもの原因。
「『王の本領』…力が倍増って書かれてるけど、エルギオはエライルが使っているとことか、みたこと……エルギオ?」
言いかけて、彼の異変に気づく。
呆然としたまま、宙を見つめている。不安の影が、胸を満たす。
「力が、倍増……じゃあ、あれは……」
「エルギオ……まさか」
察したダックさんが、エルギオに問い詰める。少しの逡巡の後、エルギオはポツリと話し出した。
「……ギルギを殺した時も、アルガイアを倒した時も……自分の力が倍になったような気がしたんだ。気のせいだと、思ってたんだけど……」
それは気のせいじゃ無かったんだと、震える声でエルギオが呟く。
それはつまり、『王の本領』は、エライルからエルギオに継承されていたということだ。
そして、アドルオさんは、親が死なない限り能力の遺伝は起きないと言っていた。
つまり、能力が継承されていたということは。
「エライルは……もう、生きていない?」
辿り着いた結論を、呆然と口に出す。
言いながら、気付かぬ間に彼の手を握っていた。…握っているのに、その手が冷たく感じる。
「…それだけではない。理性のない災竜は、『王の本領』を狙うのだろう。それはつまり…」
現実は、冷たいだけでは、終わってくれない。
逃げたくなるような真実を、ダックさんが言ってくれた。
「…理性のなかった今までの災竜は、エルギオ…君を狙っていた事になる」
エライルがいつ死に、いつエルギオに聖痕が受け継がれたか分からない。
けれどもしも。もしも最初からそうだったのであれば。
ムロリメロ島を襲った名の知らぬ災竜も。
ケイオール島を襲ったアルガイアも。
エルギオを目当てに、島や人々を襲っていた事になるわけで。
「…じゃあ、あれは…僕が……僕の、せいで……?」
それらの事を察してしまったエルギオが、声ごと震え出す。
私は思わず、彼の手をぎゅっと握って叫んでいた。
「エルギオの、せいじゃないよ。知らなかったんだから…仕方、ないでしょ!」
「……でも…」
「すまない。言おうか悩んだのだが、君が災竜のことを知りたいと…」
「ダックさん…」
責任を感じたダックさんに、エルギオは小さく首を振る。まるで、全部自分が悪いかのように。
私はそれが嫌で、彼の両手をぐっと掴んだ。
「ペム、ペム!」
足元から、ペミーもエルギオを元気付ける。彼はどこまで行っても、自分たちの味方になってくれる。
「……うん、分かった。みんな、元気づけてくれてありがと」
小さく俯いていたエルギオは、少しだけ元気を取り戻して頷いた。
「…今日は、空読み塔に行くのはよそう。どこかで宿を取って、ゆっくり考える時間が要る」
まだ責任を感じているのか、ダックさんがそう切り出す。反対する意味はないので、私たちはそれに従って足先を変えた。
ムロリメロ島被害と、アドルオの死。
間接的ではあれ、その原因が自分だったのかもしれないと打ちのめされるエルギオ。
その気持ちが痛いほど分かるから、彼を支えながら私たちは宿を目指した。
だから、一番後ろから無言でついてくるカイが何を考えていたのか、知る由もなかったのだ。




