21、その爪牙に祝福を
エルギオが戻って来た。戦いが終わった事を知らせに来たのだろう。
背中に、ロキとペミーを乗せていた。
エルギオの知らせを受けて、私たちは島に戻った。
最優先だった崩れた建物の修復や、怪我人の治療は、すぐに終わった。
メムリット達の住処が単純な造りであったのと、彼らの治療はほとんど空船で済ませていたからだ。
そこで、ようやく現状を整理する段階になった。
「……」
重い空気が、無事だったモルガイさんの住処を満たす。
肩に傷を負い、治りはしたが熱を出したエルギオ。ぐったりとして、浅い息に脂汗を浮かべたペミー。
唯一話せる状態だったロキが持って来た、三体目の災竜の正体と戦いの顛末。
……そして、アドルオさんの訃報。
数日しか関わらなかったが、それでも目を惹いてしまうほど、彼はいい人だった。
「…ペミーは」
重い空気を裂くように、ダックさんが口を開いた。
「『奇跡』を得たと言っていたな、聖痕を手にしてから」
ダックさんが何を言いたいのか分かった。
嬉しいことか、虚しいことか。悲しみに暮れるよりも、考えなければならないことがあるのだ。
「私も、聖痕のお陰で、『譲命の奇跡』というものを得た。もしかしたら、聖痕にはヒトに『奇跡』を与える力があるのかもしれん」
ダックさんやペミーに起こったことを並べると、そういうことになる。
「…ちょっと待てよ。じゃあ、三つの聖痕を探せっつう預言てのは……何なんだ?」
カイの問いには、誰も答えられなかった。
三つの聖痕を探せということは、つまりは三つ『奇跡』を手に入れろということで。
…空読み塔で感じた寒さが、蒸し返すように存在を主張した。
エルギオの熱は一日で引いた。この、常人よりも高い回復力も、竜の力によるものなのかもしれない。
「…メルリ」
起き上がった彼は、隣に座った私に話しかけた。
二人以外、今ここには居ない。それぞれの事情で出払っている。
「…僕は、何も、見つけられなかった。結局、アドルオさんを死なせてしまった」
彼の口が悔しさに歪む。
災竜を死なせずに聖痕を取るのが目的だったのに、それに失敗した。
レイナちゃんの時と同じだ。どうにもできずに死なせてしまう。
まるで、そういう運命かのように。
「……きっと、方法なんて無いんだ」
ハッとする。エルギオの瞳に涙が浮かんでいた。
諦めの、言葉。
反論しようとしても、反論できるほどの言葉も、心もない。
「…でも、探すことを、私は諦めたくない。エルギオもそうでしょ?」
だから、そんな逃げのセリフしか吐けない。
エルギオも、それを分かっていながら静かに頷いた。
探し続けよう、災竜を殺さずに聖痕を得る方法を。
そんな方法など存在していないと、分かっていながらでも。
アドルオの鎮魂式は、ケイオール島内で静かに、それでも盛大に行われた。
モルガイさんが仕切り、何百年も村を守ってくれたことを、村を上げて感謝した。
私たちも参列した。
私は聖女の役割の一つである、鎮魂の祝詞を唄った。
本来は災竜によって死んだ人々の為のものなのだが、それでもやらせてくれと自分から頼んだ。
一方、アドルオさんと一番仲の良かったロキは、姿を見せなかった。
「あれ…?」
理由もなく葬列を眺めていた私は、朝一緒に出たはずのペミーがどこにも居ないことに気づいた。
同時に、彼がどこにいるのかも察した。
———
ロキがいるとすれば、ここ以外ないだろう。
その直感は、崩れた祭壇跡が見えて来た所で確信に変わった。
祭壇の上、いつもアドルオがいたであろう場所に、彼はいた。
「…お前」
自分に気づいたロキが、少し何かを考えた後、耳を曲げて手招きした。
半壊の階段を登り、彼の隣に降り立つ。
「…いいのかよ、葬式に出なくて。聖女が心配するぜ?」
「いいんだよ。メルリなら、多分今頃気づいてる。気づいて、そっとして置いてくれる」
「…どこから来るんだよ、その自信は」
「経験、かな?」
他愛もないことを、つらつらと話し合う。失ってしまったものを、考えないようにするために。
けれどその時間も、終わりは来てしまう。
僕は、一息深くついて、耳に巻きつけて持って来ていた物を地面に置いた。
「…これは?」
「端的に言うなら…アドルオの、手紙」
自分がここに彼を探しに来た、本来の目的。それは、ダックさんから預かっていたこの手紙を、ロキにあげる事だった。
ロキは地面に置かれた手紙を、耳を使ってゆっくりと開いた。
「……なんだ、これ」
途端にロキの声が掠れる。そこそこの大きさの手紙には、大きな文字が書かれていた。
たった一言。
それしか書けぬほど、紙の大きさも時間も足らなかったのだろう。
文字は赤黒い。
きっと血で書いたのだ。血を爪の先につけて、慎重に書いたのだ。
『ありがとう』
書かれた文字はそれだけだったが、それはロキに文字以上のものを感じさせた。
「……なんだよ…これ…」
きっと本当は、『ございます』も入れたかったんじゃないのか。彼は、誰に対しても敬語を崩さないから。
それに本当はもっと色々書きたかったんじゃないのか。紙が小さすぎて、自分が大きすぎたから。
それらのことを、ロキは分かってしまう。他でもない、彼の子だったから。
「……なん、だよ……っ」
ロキの声が震えていく。次々と湧き上がる感情に、なす術なく押し流されていく。
文字だけなのに、そこから彼の暖かさを感じて。
ロキはしばらく震えていた。
感情に流されて溢れてしまうのを、必死に抑えていた。
やがて、ポツリと誰に語りかけるわけでもなく話し出した。
「……アドルオは、さ。すっげぇあったかいんだ」
大きさから、何から何まで違う種族だった。考えていることも、見ているものも、何から何まで違った。
「…鱗しか、ないのに?」
いや、見た目以外の違いなら、普通の親子にもある。だから、そういう意味でも彼らは。
「そう、本当に暖かくて…ほん、とう、に……うっ」
「……ロキ」
そんな理屈なんて、きっと要らない。
重要なのはメムリットと災竜。見た目から何から何まで違う種族の間。
そこに確かに親子の愛情が出来ていた事で。
「う…あっ……あ、ああああ——」
遂に、抑えきれなくなり、その感情が破裂する。
泣き叫ぶロキを、自分は思わず抱いた。目を瞑っても、熱いものが目から溢れ出した。
止められないまま、二人のメムリットが涙を流す。
心の底からの泣き声は、響いていく。
祭壇を越え、森を越え。どこまでも。
———
ロキとペミーは、島を襲った災竜アルガイアの討伐を助けたことで、勲章を貰った。
メムリットの全ての血筋に置いて、素晴らしい功績を出した者に贈られる物だという。
「弱き者を守ったその勇気と力を讃え、モルガイ・ケイオールの名において、その爪牙全てを祝福しよう!」
そう宣言したモルガイさんの仕切りで、鎮魂式の後に二人の功績を祝う祭りが行われた。
と言っても復興直後なので大層なものは出来ず、みんなで歌ったり踊ったりと言っただけだ。
「…爪牙全てっつってたけど、メムリットって耳で戦うんだよな?」
「…カイ、そういう事はあんまり言わない方が…」
「武器、としての比喩だろうさ」
祭りの中で讃えられている二人を村の端で見ながら、そんな雑談を交わす。
疲れ切っていたし、邪魔になると思ったので、私たちは参加しなかった。
「あ、あれ見て。ロキとペミーが…」
「…胴上げ、されてますね」
エルギオとメーレンさんが指を差す。
その爪牙に祝福を与えられた二人が、多くのメムリット達にもみくちゃにされている。
混乱しながらも、二人は嬉しそうだった。
鎮魂式から数日して、私たちは島を出た。
「それじゃあ、私たちはこれで」
荷物や何やらを空船に詰め込み、渡し板を上げる。モルガイさんとロキが見送りに来てくれた。
「お主ら、次はどこに行くか、当てはあるのかの?」
「決まってはいないんですけど…一端報告も兼ねて、ハーマレーに行くつもりです」
気付けば、鎮魂祭での事件があってから、すでに四ヶ月近く経過していた。久しぶりにあそこの島主達に会えるのだと思うと、柄にもなくわくわくした。
「…ペミー」
私の言葉に頷いたモルガイさんの代わりに、ロキが前に出た。
ロキに何か話したいことがあるようだったが、少しの間うずうず考えているようだった。そして、決心したように話し出した。
「…俺は、今まで自分の強さを驕った事は無かった。でも、『奇跡』を得たおま…君の力を見て確信した。君は、一族に必要だ」
メムリット族の二つの強者の血筋、イーリスとアヌシ。
方やイーリスの中でもかなり上位の力を持ち。
方やアヌシの遺児で『奇跡』を持つ。
二人が組めば、メムリット族はもう何にも脅かされる事はないように思えた。それこそ、災竜でさえ倒せるのだから。
「君の旅が全部終わったら…また、ここに…戻って、きて…その……」
彼が何が言いたいのか察して、足元のペミーへ視線を下ろす。
ペミーは、私を見つめ返した。いいのか、と言っている風だ。
「…ペミーは、どうしたい?」
ロキが言っているのは、旅が終わった後の事だ。先を見すぎではあるが、考える事自体は悪いことでもない。
ペミーは少し考えた後、ロキに優しく頷いた。
「…っ!本当か!本当に、旅が終わったら…」
「…うん。戻って、来れたら、二人で」
片言の人間語で、ペミーはロキに答えた。
この島に戻り、強者の二人で一族を守っていく。
災竜蔓延るこの世界で、叶えることの難しい約束だった。
渡し板が上げられる。空船が汽笛をあげ、ゆっくりと宙に向かって動き出す。
小さくなっていく空岸で、さらに小さな二つの人影を手を振って見送る。
と、ペミーが空船のヘリに飛び乗った。耳を大きく振って、口を開けて大声で。
いつ死ぬかもわからぬ世界において、生きて戻ると宣言する。
そんな言葉を。
「…オレーニっ!」
第五章 終
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