20、決着
アドルオさんが死んだ。
途端、ロキが泣き崩れる。
その気持ちは痛いほどわかる。けれど、何も出来ない。
「……」
胸に苦いものが広がる。何故、こうも上手くいかないのだろう。
ただ、悔しさだけが、ぽっかりと穴が空いたようになってしまった心に浮かんだ。
ふと、降りていた視線を上げる。
彼の心臓辺りから、緑色の光の玉が浮かび上がっていた。
「これは…聖痕?」
レイナの時も、こんな感じだった筈だ。
緑の光を放つアドルオの聖痕は、流れるようにペミーに近づいた。
困惑しながらも耳を伸ばした彼に、聖痕『血牙の紋章』は入り込んだ。
「ペミー…ロキ…」
静かになった場が堪らなくて、心話で二人に話しかける。話しかけてみても、次に何を言えばいいか迷った。
その、一瞬できた空白に、咆哮が挟まった。
「…っこれは!?」
次の瞬間、空岸から大きな赤い影が飛び上がった。一瞬で、それが何なのか気づいた。
「—アルガイアっ!!」
僕が奈落に投げ落としたアルガイアが、小さな傷をつけながら戻って来たのだ。
やられたのに、奴はまだ懲りてないようだ。
「…おまえ、は!」
出来るなら、彼の友人を憎みたくない、恨みたくない。
けれど、彼が死なせたのは奴なのだ。
それに奴は、カイにも致命傷を負わせている。メルリ達が何とかしてくれているといいが。
「二人とも、ここを離れて!」
ロキとペミーに心話で伝える。
けれど。
「俺も、戦う!」
さっきまで泣いていたはずのロキが、そう宣言した。
見ると、彼の耳についていたアドルオの血が、灰のように消え出していた。アドルオの銀の体も、消え出している。
「…ぼく、も」
片言の人間語でそう言ったのは、なんとペミーだった。
彼には戦う力など無い。咄嗟に静止しようとしたのを、ロキが止めた。
「こいつ、『加護』が開花した」
「え?」
「我ら強者のケイが持つ、『耳拳の加護』が、今やっと開花した。俺、分かる」
見ると、ペミーを緑色の光が覆っていた。
…よく分からないがつまり、ペミーもロキのように戦えるようになったということか。
いやでも、しかし。
「———っ!」
悩んでいる暇はなかった。
アルガイアが突っ込んできた。それを必死に抑えながら言う。
「っ分かった!でも、無理はしないで。絶対に!」
彼らが傷付いたら、メルリが悲しんでしまう。
僕の声をしっかり聞いたのかどうか、二つの小さな毛玉が、アルガイアに飛びかかった。
———
「ちょ、ちょっとダックさん、どこいくの!?」
今さっき回復して、起きたばかりの背中を追う。
事情を伝えたら、弾かれるように部屋を飛び出したのだ。病み上がりなのだから、激しい動きはしないでほしい。
「船長室だ。見せたいものがある。きっと、メーレンさんが持っていてくれるはず」
「見せたいもの…?」
「…アドルオさんがかつて記していた、古文書の一つだ。今朝、ようやく翻訳できたのだ」
船長室に行くすがら、ダックさんはそう説明した。確か、アドルオさん本人がダックさん達に解析させていたものだ。
「何が、書いてあったの?」
聞くと、ダックさんは厳しい顔をした。
それに不安を感じたのと同時に、船長室に辿り着く。
「…ダック様、回復されたのですね!」
私たちが入って来たことに気づいたメーレンさんが、安堵の声を漏らす。
が、ダックさんはそれに頷きだけで答えた。
「今はそれより、今朝のものはどこに?」
ダックさんの声を聞いて、メーレンさんも顔を引き締める。そして、何も言わずに指で船長室の机を示した。
空図などが机の上に広がっている。その中に、大事そうに瓶に入れられた紙があった。
「…これが?」
「ああそうだ」
唾をごくりと飲み込む。遥か昔に書かれたもの。二人の様子から、中身がただの日記などではないことは分かる。
中身を飛び出しながら、ダックさんは続ける。
「古文書の中身は……エルギオが持つ、能力の詳細。そして、理性のない災竜の目的の、考察だ」
———
襲いくる腕を捕まえて、大振りに振り下ろす。
アルガイアの巨体が、一瞬宙に浮いて地面に叩けつけられる。
轟音と揺れに、アルガイアの悲鳴のような鳴き声が混ざる。
(身体中が…熱い…っ!)
立ち上がるアルガイアから距離をとって、僕は頭を振った。
先ほどから、脚の先から頭の上まで、沸騰したような熱に冒されている。下手をするとその熱に飲まれて、理性を失ってしまいそうだ。
(それに、さっきから変だ…)
体が熱くなり出してから、自分の力が倍増したように感じるのだ。ギルギを殺した時のように。
なんだこれは。
「いくぞっ!」
「オヤっ!」
くらついた僕の両端から、一匹ずつ小さな生き物が飛び出した。
二つの玉のような彼らは、跳ねるように飛び回り、耳をぶつけてアルガイアに攻撃していく。
『竜の奇跡』には五感を鋭くさせる力があり、人間の頃より反射神経は良くなっているはずなのだが、それでも目で追うので必死だ。
(すごい…アルガイアが、完全に翻弄されている…!)
二人のメムリット族が、災竜を一方的に殴っている。太い牙や爪の攻撃を掻い潜り、確実に攻撃を与えている。
メムリット族と災竜では、蟻と山ほどの大きさの違いがあるのに。
「…ペミーは…」
息を整えながら呟く。
彼らはどうやら、メムリット族の中でも戦える血筋のようであり、その理由は先程ロキが言っていた『加護』なのだろう。
ペミーはついさっき加護が開花したらしい。なのに、ロキの動きに完全に合わせられている。
「……っ!お前、凄すぎないか!?」
と、二つの玉が、跳ねてアルガイアから僕の元に戻って来た。その時にロキがペミーにそう言った。
ペミーがロキに、彼らの言葉で答える。ロキはそれを聞いて、余計驚いた。
「考える前に体が動くって…俺、何年も特訓して来たのに、それに合わせられるなんて。お前のそれ、『加護』じゃない」
「『加護』じゃない?」
思わず聞き返す。元々、僕にも分かるように人間語を使ってくれているのだろう。ロキは頷いて続けた。
「うん。何年もの研鑽を一瞬で埋める。…俺も信じられないけど、これはもう、『加護』じゃなくて『奇跡』に近い」
「な…」
言葉を無くす。
『奇跡』とは即ち、今自分が使っている竜の力と同程度のもの。
そんなものが、何故突然……。
「グオオーーっ!」
「…!詳しく考える暇はないみたいだっ!」
二人の攻撃で、所々鱗を剥がされたアルガイアが、怒りと共に突っ込んできた。
体の大きさがほぼ同じくらいの僕が、アルガイアの体を抑える。衝撃が身体中に走るが、我慢だ。
途端に、二人が飛び出しアルガイアにちまちま攻撃を与えていく。
両腕は僕が抑えているので、奴は二人の攻撃を受けるしかない。
「決めるぞっ!」
「オヤっ!」
幾度目かの攻撃の後、飛び上がったロキがそう叫び、ペミーが応答する。
二人の耳が、薄く緑に光り出した。
「…っ!?」
そして、かなりの高度から光る耳を、アルガイアの翼の付け根目掛けて、振り下ろした。
二つの重なる声と共に。
「「ザン・ラ・メール——!!」」
それは、二つの血筋に伝わる、秘伝の技。
空から落ちる光の様に、相手を打ち滅ぼすもの。
これまで聞いた中で一番鋭い音が響く。アルガイアが、これまでのそれとは段階の違う悲鳴を上げる。
…アルガイアの翼が、二つとももげていた。
「後は任せてっ!」
力を使い切ったのか座り込んでしまった二人に告げて、体に流れる熱に任せてアルガイアを持ち上げる。
アルガイアの顔が驚愕に歪むが、それは僕も一緒だ。この正体不明の怪力には、自分ですら恐ろしい。
それでも、使えるなら使うまでだ。
「ガアア———!!」
「…っ暴れるな!」
持ち上げたまま、島の端へ飛ぶ。翼があってさっきは戻って来たしまったが、今度はそうはいかない。
と、アルガイアが体を縮こませた。
まずい、と思う間もない。
アルガイアが能力を使い、太い棘が幾つも現れる。
それらはアルガイアを持ち上げていた手や腕に刺さり、一つは肩を貫いた。
「ぐっ…!」
押し付けるような痛みに顔を歪ませるが、これで手を離すほどやわではない。
両腕に力を込めて、肩に刺さった棘を無理矢理に抜く。
そして。
「—おらあぁっ!!」
ギャアギャアと騒ぐアルガイアを、力任せに奈落に投げ落とした。
彼にはもう翼はない。永遠に落ち続けるか、もしかしたらあるかもしれない地面に叩きつけられるか。
どちらにしろ、決着はついた。




