18、オリヤ・メイ 3
頭が痛い。
さっきから、ギンギンと頭痛がひどい。
頭痛に耐えながら、僕は横で震えているロキに顔を向ける。
「…で……なん、で、知って…」
アドルオは、ロキの真意に気づいていた。気づいていながら、彼の思いに応えていたのだ。
「…私が、気づかないわけ…ないじゃないですか」
アドルオが、血を吐きながらそう答えた。
ロキが、ゆっくりとアドルオに近づいていく。
死にかけの今、アドルオを殺すというロキの目的は容易に達成できる。
…ああ、本当に頭が痛い。
「…ア……アドルオ、今…」
ロキの声が震えている。
子が、死にかけの親を、殺そうしている。
頭が痛い。いたい、いたい。
——同じような情景だったからか、流れるように記憶が掘り起こされた。
震えながら、鋭い石を持つ自分。
目の前に、死にかけの両親。
…これは。
(無くしていた…記憶…)
忘れようとしていた、親にとどめを指す、その瞬間。
「…⬛︎⬛︎⬛︎…泣かないで」
母親の声がした。
泣きそうな顔で、かつての自分の名前を呼んでいる。
「…私たちは…嬉しいのだよ」
父親の声がした。
ボロボロの顔に、笑みを浮かべている。
なんで、と自分は言ったのだろう。
なんで嬉しいのだ。今から自分たちは、死んでしまうのに。
二人は顔を見合わせてから、ゆっくりと口を開いた。
「だって——他でもない、⬛︎⬛︎⬛︎の手で逝けるのだから…」
「…ロキ」
「やめろよ!」
話しかけたロキが、苦しいものを振り払うように首を振った。
「俺は確かに言ったさ!アドルオを…殺してあげる…って!…でも、でもさ…本当は」
「…うん」
叫ぶ内に、ロキの声に涙が混じる。
自ら死にたい生き物なんていない。同時に、大事なヒトを自ら死なせない生き物も、いない。
「…殺したくない。もっと、もっと一緒に居たいよ…!」
「……うん」
必死に隠して来た本音が、今になってぶち撒かれる。それを僕は、ただ静かに受け止める。
「……ロキ」
その叫びが、地に染み込むように小さくなった時、僕は語りかけるように話しかけた。
「ロキ、アドルオを、しっかり見て」
「…は」
「思い出したんだ。親が死んだ時のことを。…僕のそれが、君のそれと同じかどうかは分からないけど」
あの時の自分も、ロキと同じように親にとどめを刺せなかった。
けれどその時、両親はそれを責めなかった。それが、自分を余計追い詰めた。
「ご…ごめん、なさい……最後まで、何も、出来なくて…っ!」
最後の願いさえ、自分は叶えられない。ダメな息子で、一族の恥で、死に損ない。
そう泣き叫ぶ自分を、両親は最後の力を振り絞って抱いた。
「っ!?う、動いたら…っ!」
「良いんだ、⬛︎⬛︎⬛︎……」
両親の腕に抱かれ、そこで初めて自分は知った。その体の、その命の温かさを。
止まらぬ涙が、少しずつ消えていく温かさに零れていく。
「ごめんなさいね、⬛︎⬛︎⬛︎…あなたは、一族のことを嫌っていたのに…」
「苦しんでいるのは、分かっていた。私達のことも、嫌いかも知れない。でも…信じて欲しい」
体が軽く、冷たくなっていく。自分はただ、二人の声を最後まで聞くことしかできなかった。
二人の温度を、最後まで感じることしか。
「……ああ。⬛︎⬛︎⬛︎は、あったかいなぁ……」
それが、両親の最後の言葉だった。
泣きながら、涙と嗚咽でぐちゃぐちゃになりながら、それでも僕は最後まで、二人の温もりを感じていた。
「アドルオは…君に倒されたいんじゃ、ないんだと思う」
最愛の息子とは言え、殺されたいとは思わない。親殺しなんて、させたくない。
そうじゃなくて、アドルオがして欲しいことは、きっともっと単純で。
「………」
ロキが、アドルオに向かって歩き出す。
言いたかった事を察したのだろう。彼はその耳を、アドルオの体にそっと触れさせた。
「ロ、キ…あなたの、願いを……」
「僕の願いは、アドルオの願いを、叶える事だよ」
アドルオが浅い呼吸を繰り返しながら、ロキを見る。その瞳は、どこか困っているように見えた。
「…私の願いは」
「アドルオ」
再び、口を開きかけたアドルオを、ロキの言葉が遮る。
彼は、彼の体全体をアドルオに寄りかからせた。そして、絞り出すように言った。
「……アドルオは、あったかいね…」
アドルオの目が見開く。
そして、その瞳から、静かに雫が溢れ出した。
———
「アドルオ、そなたを我らの盾に命ずる」
その言葉と共に、自分は近衛兵に任命された。不満はない、どころか大満足だった。
何かを守れる、ということが自分は好きだったから。固執してしまうほどに、好きだったから。
だから、一族の近衛兵になれたことは嬉しかった。
…数年前に事故で妻子を守れなかったことも、理由の一つかも知れなかったが。
ともかく自分は、守るという行為に執着していた。
同族を守って、周りの人々を守って、一族以外の人間たちも守って。
……そして訪れた『大災害』で理性を失い、多くの命を奪った。
理性が戻ってきた理由は、今でも分からない。きっと理由なんてないのかもしれない。
自分の過ちに気づいて、大きく後悔した。
守るべき人々をこの手で壊した、なんて。近衛兵の風上にも置けない。
けれど、だんだん気づいた。
自分は確かに後悔した。けれどそれだけだった。この手で命を奪った人々のことを、重く受け止められなかったのだ。
守ることに固執して。
自分が守っていたものが何だったのか、知ろうともしなかったのだ。
「…私は、知らなければなりません」
かつて自分が守っていたものが何だったのか。
けれどそれを知るのには、どうしてもまた何かを守る必要があった。
当然、人の姿に戻れなくなった自分は、どこに行っても恐れられ、逃げられた。
あなたたちを守りたいと叫んでも、聞いてくれる人はいなかった。
拒絶されて、流れて、自分の居場所が分からなくなった頃。
人間の文明から逃げるように、100年ほど前に滅んだ島にやって来て。そこで小さく身を寄せ合って生きている命に気づいた。
「…すみません。ですが、もうここしか無いのです」
混乱に陥った彼らを宥めて、彼らの横に寝床をとった。
そんな自分を彼らはどう見ていたのだろう、翌日になって彼らの長が、人間語でもし理性があるなら我らを守ってほしい頼んできたのだ。
「竜様にもしまだ良心があるなら…おかしい願いだとは分かっている…しかし」
「…!ええ!ぜひ、こちらからもお願いしたいです!」
これだと思い、ノリノリで了承した。彼らはポカンとしてしまったが、とりあえず自分たちの平和が約束されたと、喜んだ。
彼らはメムリット族といった。
こうして自分は、彼らを守ることになった。
「…そこまでは、良かったのですがね…」
誰に言われるともなく、呟く。
確かに、自分は新たな庇護対象を得た。彼らと関われば、自分の後悔を精算できるかもしれないと思えた。
しかし、彼らはあくまでも人よりは獣に近い生き物だった。
つまりは、巨体の自分を警戒して、なるべく関わってこようとしないのだ。だからと言ってこっちから行こうとすると、軽い混乱を引き起こしてしまった。
「どうすればいいのでしょうか…」
彼らは自分に罪悪感を感じていたようだったが、守ってほしいといっておきながら距離を置くなんて、とは自分は思っていない。
むしろ、彼らを怖がらせずに関われる方法を、自分から探っていた。
「…アドルオ・ル・ケイ様。一つ相談がありまして」
そんなことで悶々としながら、無駄に時間を過ごしていたある時、今代のメムリットの族長から、相談を持ちかけられた。
「親を亡くしたイーリスのケイがおりましてな、どうにも村に馴染めていないようなのじゃ。…だから、あなた様が面倒を見れない、じゃろうか…?」
これだ、と思った。
メムリット族と、直接関われる機会。
断るはずもない、速攻で承諾した。
「…ほら、ロキ。アドルオ様に挨拶をせんか」
「………」
連れてこられたメムリット族は、この世の何もかもを信じていないかのようだった。
彼と関わっていけば、自分がかつて何を守っていたのか分かるかもしれない。先行きは長いだろうが、頑張ろう。
それが、自分とロキの出会いだった。




