17、約束と決意
その日、僕はアドルオと話さなかった。
彼が何かをじっくりと考えていたので、話しかけづらかったのもある。
けれど、伝えられた真実が重すぎて、自分の口が開かなかったのだ。
その日の夜も、いつも通りモルガイじい様の住処で寝た。
聡いじい様は何かがあったことを察していたが、聞かないでくれた。
…夜は、全く寝付けなかった。
目を閉じると、あの言葉が頭の中で何度も流れるのだ。
死ぬ運命だから、死ぬ運命だから。その度に身が震え、寒かった。
結局一睡もできず、翌日体調を崩した。
怠さと頭痛と吐き気に塗れて、じい様に看病されながらも、頭はぐるぐる回っていた。
ぐるぐると、ぐるぐると考えが回った。
アドルオに聞こうと、結論づけた。
彼自身は、彼の運命をどう思っているのか。
そう決意すると、気分の悪さは薄れていき、代わりに重いものがのしかかった。
その重さに悶えながら、一日中泥のように眠った。
「まったく、理由もなしに倒れて理由もなしに復活するとは、ほんと手のかかる子じゃなあ」
翌日には元気になった自分を見て、モルガイじい様はそう呆れた。
それに、微笑だけを返した。
「…ねぇ、アドルオ」
何をどう聞こうか、祭壇跡に来るまでに何度も考えて。結局口から出たのは、そんな言葉だった。
アドルオは一拍遅れてこちらを見下ろした。
「…今日は遅かったですね。体調はもう良いのですか?」
「アドルオは、どうするつもりなの」
いつも通りの世間話で誤魔化そうとしたのだろうが、今の自分はそれで誤魔化されてやらない。
だからそれを無視して直球で本題に入った。
「…何が、ですか…」
「知らないふり、しないで!死ぬ運命だって…俺が、分からないはず、ないでしょ!」
気づいたら叫んでる。
分からないけれど、きっと涙も流してる。
「アドルオはどうするの!死ぬ運命ってやつを…う、受け入れるの!?」
自分でも、何を叫んでいるのか分からなくなっている。
堪えられなくなって喚く自分を、アドルオはそっと押さえた。
苦しそうに顔を歪めている。
「…進んで死にたがる生き物なんて、普通いません。私だって、生きれるなら生きたいです」
「じゃあ…」
「でも、私は運命を受け入れます」
不意に湧いた期待は、淡く崩れ去った。
「なん、で…」
「それが預言だったのもあります。けれど…元々、私のような存在は滅びて然るものだからです。惰性で生きていましたが、もう潮時なのかもしれません」
分からない。
アドルオが言ってることの意味が、分からない。
自分でも涙でぐしゃぐしゃな顔なのは分かったが、アドルオも辛そうだった。
彼も本当は辛いのだ。それが分かってしまうと、彼を責められなかった。
「…代わりに、こうしましょう」
静かに泣く自分を、見下ろしていたアドルオは、呟くようにそう言った。
「聖女が来るまでは6年あります。その間に、やりたいことをしましょう」
「やりたい、こと?」
「ええ。何かありますか。できる範囲ですが、答えてみせるつもりです」
最後の、思い出作りに。
アドルオは、自分がしたいと思うことをやらせてくれるのだと言う。
そんなこと言われてもすぐには決まらない。何日でも待つというアドルオに、一日だけで良いと言った。
そこから一日、ひたすらやりたいことを考えた。
何かないか。何かあるんじゃないのか。
考えて、考えて。
足りない頭を必死に回して。少ない経験を必死にかき集めて。
そうして翌日、アドルオに決断した。
「…決めたよ。アドルオ、俺、強くなりたい。アドルオに負けないくらい、強くなりたい」
一日一回でいいから、あなたと特訓したい。強者の血筋に生まれたものとして、あなたとぶつかり合いたい。
アドルオは、悲しそうな顔をしながらも、了承してくれた。
そう。それでいい。
それだけだと思ってくれていい。
思い出作りに強くなりたいと言ったが、本意は別だ。
アドルオに負けないくらい強くなりというのも、嘘ではない。
けれど、実際はもっとだ。もっと強くなりたい。
アドルオに負けないくらいじゃない。
さらに強くなって、強くなって。
いつか、アドルオを殺せるほどに。
「…本当は、アドルオも生きたいんだ」
明日からの特訓の約束をして、アドルオの元を離れる。
やってきた採掘場で、洞窟の壁に向かってつぶやいた。
「でも諦めてる。それは多分、どうやったって変えられない」
アドルオは変な所で頑固だから。
そんな自分の彼への評価に、口が緩む。
たった数年だけれど、確かに自分は彼と深い関係になっていたのだ。
「だから…せめてその苦しみを知ってる俺が…」
頭の上で喜びも、悲しみも、共有した。
強者の血筋の自分を受け入れてくれて、自然に接してくれる。
少し面倒なほどに体調を心配するけど、逆に心配されると弱い。
そんな彼と、穏やかに過ごせた自分だけが。
世界のあらゆることを教えてくれて、恩の絶えない自分だけが。
彼のことをこの島で一番知っている自分だけが。
「俺が…アドルオを殺すんだ…」
殺すという、強者にとっての最上の行為の権利を持っているのだ。
耳で壁を叩く。
流れた涙は、その痛みのせいにした。
聖女がアドルオを殺さないと言った時は呆れた。
権利を持っているのに自ら放棄するのは、愚者のすることだ。
三体目の災竜が来た時は、正直焦った。
俺より名も知らぬあいつが、アドルオを殺してしまうかもしれないと、思った。
無我夢中で、周りも見ずに動いた。
結果、今こうしてアドルオが死にかけているというのに。
「……キ」
彼の弱り切った声を聞いて、長いようで短かった記憶から浮かぶ。
下がっていた視線を上げると、アドルオはまだ優しい目をしていた。
初めて会った日と、寸分変わらない。
「…ロ…キ……」
今度こそ、はっきり彼が自分の名を呼んでいる。彼は何かを言おうとしているのだ。
嫌だ、聞きたくない。
最後の言葉なんて、聞きたくない。
結局自分は、何も出来なかったのだから。
それどころか、彼が致命傷を負う原因を作ってしまった。
何が強者の血筋だ。何が俺が殺してやるだ。
自己嫌悪で死にたくなる。
「…ロキ………でしょう…?」
嫌だ。聞きたくない、聞きたくない。
自分の耳を地面に押し付けて、聴覚を遮ろうとした。
それを、いつ間にか隣にいたペミーが止めた。
「……っ!」
振り解いて振り向くと、ペミーは真面目な顔でアドルオを見るように示した。
その真剣さに気圧されて、恐る恐る、再び優しい瞳へ視線を向けた。
自分に、彼の優しい声が響いた。
「—ロキ…絶好の機会でしょう…?」
その言葉の意味が、一瞬分からなくて。
分かっても、それはありえないはずで。
だってそれは、彼が知りえないことのはずで。
「あなたの…本当にやりたいこと…」
本当にやりたいこと、それはアドルオを殺してあげること。
彼が死にかけている今は、その絶好の機会なのだ。
「……で…」
声にならない声。
…なんで、知ってるんだよ。




