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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第五章 その爪牙に祝福を
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16、親と子

——あれは確か、島に来てすぐのことだ。

彼と初めて出会い、恐ろしさから逃げてばかりだった自分。


それが、ようやく彼の巨体に慣れて。彼の言葉の中に敵意がないと分かって。

彼が自分を傷つけるつもりは無いと察して、初めて体を預けた時。


嬉しそうに、愛おしそうに笑ったのだ。


「…ようやく、身を預けてくれましたね」


「…うん。ようやく、慣れた、から」


まだ彼から習いたての、片言の人間語で返す。

この頃はまだ、これが人間の言葉だと言うことも知らなかった。

預けてみると、彼の体は意外にも暖かかった。


「あったかい、ね」


「…そうですか?あなた達は私に、暖かさを感じないと思っていたのですが」


なにしろ竜は、ヒトや獣とは体温の構造が違うのだと、彼はいった。

確かに鱗自体が暖かいわけでは無いし、じゃあ何を感じたのかと言うと、上手く言えなかった。


「…ちょっと。何してるんですか!」


だから、座り込む彼の前脚の間に体を埋めた。

こうすれば、彼は緊張するだろうと思ったからだ。揶揄ってやるつもりだった。

けれど、そこはさっきより暖かくて。

思わず眠気に襲われて、その日はそこで眠ってしまった。


「…全く、仕方ないですね……」


眠りの坂に落ちる前、そんな声が、響いた気がした。



ふと、気になって聞いてみたことがある。

そちらの眺めはどうですか、と。

言ってから恥ずかしくなったのだが、彼は微笑んで僕を掴んだ。

気づくと頭の上に乗せられていた。


「…うわぁー!」


思わず歓声が漏れた。

ヒトよりも遥かに高い災竜の視界は、確かに絶景だった。

坂の陰になっている村の方は何も見えなかったけれど、そうじゃない方の景色は見えた。


平らな地面のような森と、くっきりと切れた空岸。

その先に数え切れないほど浮かぶ雲の群れが、やがて空平線へ消えていく。


「すごい!すごいよ、アドルオ!」


「ええ。ええ」


柄にもなくはしゃいだ。

アドルオは、そんな自分に嬉しそうに相槌をうった。

その日から、彼の頭の上がお気に入りの場所になった。


「今日も乗っていい?」


晴れの日、遥かな太陽を見上げた。見すぎて頭がクラクラした。

太陽は直視しないと、アドルオに怒られた。彼が怒るのが新鮮で、少し面白かった。


「いつでもいいですよ」


雨の日、世界を覆うような霧雨に、アドルオの静止を無視して濡れた。翌日しっかり風邪をひいた。

アドルオをかなり心配させて、心から反省した。


「今日は寒いね」


朝、朝霧が晴れて太陽が顔を出すのを、一緒に静かに見守った。時間がゆっくり流れているように感じた。


「あれが、隊列鳥(たいれつちょう)の群れですよ。見えますか?」


夜、モルガイじい様の忠告を無視して夜更かしした。星が瞬く空を見ていると、今から現実味が薄れていった。


「ねえ、アドルオ」


春も、夏も、秋も、冬も、いつも彼の頭の上にいた。

それが普通になっていた。当たり前になっていた。


「こんな日が、ずっと続けばいいね」


心のどこかで分かっていた。

これは普通でもなんでもない。普通だけど、そうでもない。

特別な、思い出だった。


「……ええ。そうですね」



ある日、空に見慣れる影が浮かんでいるのが見えた。

近づいてきたそれが災竜だと気づいた頃には、アドルオに掴まれていた。


前脚の間、暖かいと思ったその場所の奥へ、隠された。

暗いそこからでも、ほんの少し外の光景が見えたし、声も聞こえた。


降り立った二匹目の災竜は、一瞬でヒトの姿になった。

それに驚くが、声は出せない。せっかく彼が隠してくれたのだから、その努力を無駄にしたくなかった。


「ようやく見つけたよ、アドルオさん。全く、こんな辺境にいるなんて」


「あなたは…何の用ですか」


男のヒトに変化した彼は、アドルオに陽気な声で話しかけた。

アドルオは彼を知っているようだったが、あまり好意的ではなかった。


「いやそれが、ぼくらの司祭様が神降ろしをしてね。それで出た預言がとんでもないものだったから」


「だから、あなたが知らせて周っていると?」


「うん、そう。まあ、全員じゃないけど」


空読みとか、神降ろしとか、言葉自体は彼から教えてもらっていたが、その正確な意味までは知らなかった。

知る必要もないと思っていた。


「だけど、みんな隠居してるもんだから、探すのが一苦労で」


「…私以外には、誰に?」


「それがさー、聞いてよ!あなたの他は、レイナちゃんとエリクの糞野郎だよ!?」


竜から人になった彼は、そう言って大袈裟に両手を広げた。

アドルオ以外にも災竜が居ることは知っていたが、名前は聞いたことがなかった。


「レイナちゃんはいいよ、()だけど素直だし。問題はエリクの野郎だよ!なんであんな()()に預言なんか」


「…その二人には、もう伝えたのですか?」


アドルオは、あくまで冷静にそう聞いた。


「いや?レイナちゃんは、どこに居るか全く情報がないし、()()()()にはなるべく会いたくない」


反面、君はメムリット族と関わってるという情報があったから最初にに来たのだと、その男は言った。


「…事情は何となくわかりました。で、その預言というのは?」


「…ああ、まあ…」


男がその時言いにくそうにしてた理由が、預言の内容を聞いて嫌でも分かった。


「…今から6年後、災竜を滅ぼす聖女が現れるだろう。そして聖女は、そなたらの聖痕を求めるだろう…って」


「それ、は…」


「酷い話だよね。突然だけど、数年後に死ぬ運命だから、なんて。同情するよ」


その言葉に、身が震えた。

死ぬ?アドルオが?

なぜ?


現状を飲み込めぬ間に、男はアドルオに別れを告げた。


「じゃあ僕はこれで…おっと忘れてた。もう一個あったんだ」


そこで、思い出したように竜の姿に戻った。

アドルオは、呆れたような疲れたような声で答えた。


「…なんですか。また預言ですか」


「いや。こっちはちょっと個人的な…まあ、ただのお節介だよ」


そう言うと、竜はアドルオに顔を近づけ、何かを耳打ちした。

途端にアドルオの顔が歪む。それは、隠していたことを悟られたような顔だった。


「………あなたには、関係ないことでしょう」


「まあね。だから言ったでしょ、お節介だって。じゃあね」


そう言って笑い、二体目の災竜は去っていった。

恐る恐る這い出てみる。


首をもたげて彼を見上げても、彼は這い出てきた自分に気づかなかった。

ただ、見たことのない険しい顔で、どこか遠くを見つめていた。

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