5、商いの島にて
「おーいエルギオ!ペミーも!」
船から降りてきているエルギオとペミーの二人を、カイが呼ぶ。
私は、そこから訪れたこの島の港へ視線を動かした。
私たちはムロリメロ島にやって来た。
この島は、ハーマレー島とという巨大な島と、小さな島々の中間あたりにある。
産業とか政治の中心になりやすいハーマレー島と、その恩恵にあやかりたい諸島群にとって、この島の位置はとても都合がいい。
ムロリメロ島の上層部もそれは承知で、昔からこの島はハーマレー島と諸島群との中継ぎ貿易で成り立っている。
ハーマレー島には劣るけど、港は物凄く広くて豪華、そして何より、ハーマレー島の港より活力がある。
災竜に怯えるのが当たり前になりつつある世界でも、この島だけはいつも商いの喧騒が絶えないのだ。
「…いつ来ても、ここは明るいなぁ」
港の、多くの店から響くの声達に呟く。
昔一回だけ来た事があった。
ネイケシア島に流れ着いてすぐの頃だったと思う。
エルギオのことを悔やんでいた私を見て、ダックさんが気晴らしにと連れてきてくれたのだ。
最初は煩くて耳を塞いでしまったけれど、鳴り止まない喧騒はとても心地よくて。
飛び交う怒号と笑い声に、釣られて笑ってしまって。
暗い世界でも生きようとする人々の活力に、なんとなく背中を押されて。
あの時私は初めて、生きよう、と思えたのだ。
だから私は、この島が好きだ。
「ほら行くよ、エルギオ」
物珍しそうに周りを見渡すエルギオに声をかけて、私たちは歩き出した。
目的地は、様々な物資を売っている店。
何度か通ったことのあるダックさん曰く、かなりなんでも揃うらしい。
流れていく、様々な店。
流れていく、人、人、人。
「そういえば、俺たちが出会ったのもこの島だったよな」
目的の店に行く途中、様々な売店が並ぶ道の真ん中で、思い出したようにカイが言った。
「そうなの?」
私たちの出会いを知らないエルギオが、疑問を持った。
「そういえばそうだったねー。あの時はびっくりしたなぁ」
「何かあったの?」
興味深げに聞いてくるエルギオに微笑んでから、そのまま顔をカイに向ける。
それを見て当時を思い出したであろうカイは、みるみる顔を赤くした。
ようやく思い出したようだが、残念だけどもう遅い。
「それがねー。カイったら、出会った次の瞬間に、告白して来たのよ」
「わー!わー!」
「こ…告白!?」
エルギオもみるみる赤くなる。
あれ、もしかして彼って意外と初心なのか?
いやまあ、十年前に目覚めたばかりだから、初心でない訳がないけど。
「こ、告白って…どんな、風に?」
「や、やめろメルリ!絶対、教えんじゃねーぞ!」
エルギオは、顔を赤らめたまま聞いてきた。
他人のそういう事情を知りたいと思えるのは、やはり男の子なのだなぁと思う。
そんなに興味を持ってくれたのなら、私も教えるのが筋ってものだ。
残念だけど、横でなんか騒いでる人は無視させてもらう。
「そりゃもう。俺と結婚すれば、全てが手に入るのだぞって!」
「え…」
そりゃビックリするよね。
ロマンのかけらもない、自分の地位声明を振りかざした告白なんだから。
しかも、その中身すらハリボテだったし。
そんなんで落ちる人なんて、よっぽどちょろい人だけだ。
「や、やめろ〜…は、恥ずかしいんだから…」
自分の黒歴史をぶちまけられたカイが、速攻で崩れ落ちてしまった。
半泣きだ。
ありゃりゃ、ちょっとやり過ぎたかもしれない。
「…メルリ」
先頭を歩いていたダックさんが振り返って、私に低い声で言った。
表情は分かりづらいけど、私を非難しているのは確かだ。
ごめんなさい、やり過ぎました。
「……」
足元、自分のペットからも非難の視線が。
いや、本当にすみませんでした。
———
カイに謝ってなんとか許してもらった後、私たちはようやく目当ての店に着いた。
店に一歩入ると、外の喧騒がスッと遠ざかり、代わりに店内のざわめきが私たちを包んだ。
「カイはどうして、そんな告白をしようと思ったの?」
「ちょ、ちょっとエルギオ、流石にもうやめてあげて…」
さっきの私のイジリに食いついたエルギオは、あろうことかカイを質問攻めにしていた。
この子人の心とかないのか。
「これと…これをくれ」
一方、ダックさんはそんなこと気にも留めずに店主と話している。
私には注意したのに、あの人気付いてないのか。
「ペムーっ!」
それを見ていたぺミーが大きく鳴いてエルギオに飛びついた。
いや、吠えたという方が正しいかもしれない。
「ちょ、ちょっとペミーっ!」
「…っと、わかってるよ」
ぶつかられてバランスを崩しかけたエルギオが、ペミーを引き剥がしながら言った。
流石にぺミーでも、質問攻めは看過出来なかったのだろうか。
それにしてはちょっと激しすぎる気もするが。
「ごめんカイ。君の気持ちも分からないで…」
「もぅいいようぅ……」
「ムゥ……」
咎められたエルギオがカイに謝る。
それでも、ぺミーは歯を出して彼を睨んでいた。
ちょっとぺミー、流石に怒り過ぎな気がする。
会って間もないから警戒してるのかもしれないけど、それにしてもちょっとオーバーな気がする。
と、ぺミーの警戒に晒されながら、エルギオが私に囁いた。
「僕、やっぱりぺミーくんに嫌われてるっぽいかも」
「ぺミーくんって。そもそもぺミーは……」
次の言葉は出なかった。体が宙に投げ飛ばされたから。
悲鳴も出なかった。次の瞬間、地面に叩きつけられたから。
それでもなんとか、言葉は発することができた。
「いったぁ…」
「な、なんだ!?」
「今のは…?」
「ミミ…!」
みんながそれぞれの反応を示す。
痛みから顔を上げた私は、隣にいたエルギオの異常に気づいた。
彼は衝撃に足を掬われず、転んでもいなかった。
おまけに何も言わず、静かに店の外へ顔を向けている。
(あれ…?)
この感じ、どっかで。
そのデジャブの原因を突き止める前に、店の外で悲鳴が上がった。
「きゃあああ!」
「ひぃ…!」
「た、助けてぇ!」
「逃げろ!!」
考えている暇はなかった。
何が起こっているのか分からないけど、助けを求めている人がいる。
それなら、私が動かなくちゃ。
そうして地面から起き上がって、店の外へ走り出そうとして。
「さ、災竜だぁー!」
その悲鳴を、聞いてしまった。
瞬間、体が凍った。
四肢の先が痺れて、あっという間に喉が渇く。
目裏に、旧い記憶が流れ出す。
「ぁ——」
口から、予想以上に弱い声が漏れる。
動けない。
もうほとんど覚えていないのに。
動けない。
体に恐怖がこびりついて。
動けない。
もう二度とあんな目には遭いたくないと、身体中が叫んで。
—ああ。
本当に、私は。
一体、何をしてるんだ。
助けを求めている人がいる。
旅の目的の災竜がいる。
それなら動かないと。
私が動かないと。
動かないと、いけないのに。
(何で…なんで動けないの…)
必死に前に進もうとしても、過去の記憶がフラッシュバックする。
(何で、何で!動いて…動いて!動いてよ、自分の体!)
それが、その恐怖が、その絶望が、体を硬直させる。
足が震えて、自分が自分じゃなくなったようで。
(なんの…何の為の、旅立ちだったの!?災竜を倒す為じゃなかったの!?)
私の旅立ちの決意は。
十年かけた願いは。
名前を聞くだけですくみ上がるほど、軟弱なものだったのか。
(…こんなんじゃ。実際に対峙すらしていないのに、恐怖で動けないんじゃ。倒すなんて、到底……)
そう、諦めかけた時だった。
蹲って、泣いてしまいたいと思った時だった。
肩に手が乗った。
横にいたのはエルギオで。
彼は私に向かって、小さく笑って。
「大丈夫」
ああ。
この、既視感は。
その、微笑みは。
「今度は、僕が守るから」