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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第五章 その爪牙に祝福を
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13、覚醒と共闘 1

大きなものがぶつかり合う音が、遠く聞こえる。エルギオとアドルオさんが、三体目の災竜と戦っているのだ。

けれど今の私には、そんなものは本当に遠くに聞こえた。目の前で、家族同然の仲間が死にかけているのだ。


「カイっ…カイ…!」


彼の肩を揺すっても意識は戻らない。

貫かれた彼の体は、放り投げられる時に抉られもしていた。その結果、今の彼には肩の下から脇腹までがない。

視界の端に、ダックさん、メーレンさん、モルガイさんが映った。


「ダックさん…カイが…っ!」


「分かってる!…早く、治療師に知らせて…」


「…無駄じゃ」


取り乱しかける私を諌めるダックさんに、モルガイさんが無慈悲に呟いた。

私たちの視線が小さな生き物へ向く。

困惑と疑問と、場違いの怒りとで滅茶苦茶だ。


「『治癒の祝福』は、生き物()()()()()()()()()()()()()じゃ。彼のそれは…もう致命傷じゃよ」


それは、学舎でも習うような基本的な事。

『祝福』で治せるのは怪我ぐらいで、それ以上のものには『加護』や『奇跡』が必要だ。

そして、この島には治療師はいてもこれらを持つ者はいない。


「じゃ…じゃあ…」


知りたくない真実を、黙り込んだ大人たちが肯定する。

涙で視界がぼやけていく。息が詰まる。

…カイはもう、助からない。


「…物理的な手当てで、なんとかしてみる」


「ボンデール様…」


ダックさんが自身が着ていた布を引きちぎり、カイの傷口にあてる。

途端に、布が赤黒く染まりだす。


無理だ。無謀だ。

気休めにもならない。意味がない。


「カイ……」


声が萎んでいく。

絶望感が胸を占めて、諦めと苦しみが押し寄せる。

もう何もかも嫌になって、目を塞いでしまおうとした、その時。


ダックさんの身体が、微かに輝いているのが見えた。


———


「あ…ああああーー!!」


僕はがむしゃらに、目の前の災竜を突き飛ばした。

場所は島の外れ。木々や岩を粉々にしながら、僕とアドルオさんは、突如現れた三体目の災竜と戦っていた。


「エルギオ様、落ち着いて下さい!暴れ回っては、危険です!」


「でも…っ!」


アドルオさんの忠告に食い下がる。

目の前だ。目の前で、僕はメルリを助けられず、カイに重傷を負わせてしまった。

それも全部、目の前のこいつのせいだ。


「気持ちはわかります。ですが、我々が激情に任せて動くとどうなるか、分からないはずはないでしょう。村から離した意味がありません」


「……っ」


そんな僕を、アドルオさんが冷静に諭す。

それは理にかなっている。これ以上被害を増やさない為に、僕たちは慎重に動かなければならないのだ。

けれど、でも、だとしても。


「…気持ちは、分かりますよ。守れなかったことの、悔しさが」


「……」


それは、少し違う。

僕は、守れなかったことが悔しいのではなくて、傷つけられたことが憎いのだ。

少し疑問に思ったが、そう指摘するのはやめた。

今は、それどころではない。


「…それに彼はまさか…いやでも…」


三体目の災竜と改めて対峙したアドルオさんが、声を震わせた。

赤銅色の体に、黒い瞳。アドルオさんと同じく、鱗が光の当たり方によってはきらきら光っている。


彼が下がったタイミングで、僕が踏み込む。

僕はギルギのような力強さも、アドルオさんのような精密さもない。

ただ、体の大きさの割には素早く動けるから、これで敵を撹乱できる。


「…っ!」


僕の接近に気づいた相手は、体をぎゅっと縮めた。正面から受けるつもりか。

ならそこで敢えて後ろに回って、背中に打ち込むだけだ。


僕は災竜の目の前で突然速さを出し、後ろに回り込んだ。

奴は驚きもしない。気付いていないのか?

その無防備な背中に、僕は一撃入れようとして。


「ダメです!止まって下さい!!」


その時、アドルオさんが必死にそう叫ばなかったら、僕は大怪我を負っていた。

突然目の前に、野太い棘が現れていたからだ。

棘は奴の背中からも、腹からも、あらゆる所から幾本も生えていた。


「な、なんだこれ…」


「彼の能力です!彼は、体のあらゆる部分から突起を生やすことが出来るんです!」


アドルオさんの叫びで思い至る。

僕だけが開花していない、『竜の奇跡』の特殊能力。

目の前の災竜は、身体中に棘を生やせる力なのだ。まるで、山島に住む棘鼠(とげねずみ)だ。


「……やはり、そうなのですか…」


跳んで、アドルオさんのそばに戻ってきた時、彼は呆然とそう呟いた。

それを聞こうとした瞬間、アドルオさんが三体目の災竜に呼びかけた。


「聞かせて下さい!あなたは…アル、なのですか…?」


問いかけるような、語り掛けるような声だった。

そう言われた災竜は、一瞬反応したと思いきや、僕たちへ咆哮した。

敵意のような、哀しみのようなものが混ざった咆哮だった。


「やはり…アルなのですね…」


アドルオさんが、耐えるように納得した。


「知ってる人…なんですか…?」


災竜は元々、全員同じ一族だった。

出会った災竜が、人間の頃の顔見知りだったなんてことも、あってもおかしくない。

アドルオさんは、目を伏せて答えた。


「赤い体に黒い目、そして棘の能力…間違えるはずありません。彼の名はアルガイア・ドラメル・イルーシア」


一息吸って、覚悟するように。


「…竜名は、ブラインド・アサルツ。あなたも知っているでしょう、レイナさんの父親です」


目を見張るほど驚いたが、彼の反応からそれだけではないと分かる。

アルガイアという名前の彼を、アドルオさんはアル、と呼んでいた。

そこから察するに。


「…わたしの、かつての同僚で…友人、でした」


重く、そう言った。

この戦いの意味が、昏く、張り詰めたものになる。


彼が友人であるアドルオさんを見ても襲ってくるのは、恐らく理性を取り戻してないタイプなのだろう。

幾つかの災竜が理性を取り戻せている理由は、分からない。けれど、そういう区分はあるのだ。

あってしまうのだ。

今こうして向き合っている、かつての友人達のように。


「アドルオ、さん…」


何も言えない。

カイを傷つけたことは許せないが、恩人である彼の、友人とは戦いたくない。


当のアドルオさんは、目を瞑って何かを耐えているようだ。

アルガイアが、幾度目かの咆哮を上げる。

まるで、お前の友人はもう戻らないぞと、アドルオさんに告げるように。


と、餌を我慢できなくなった獣のように、アルガイアが突っ込んできた。


「……っ!」


アドルオさんはまだ目を瞑っている。

彼の前に出て、防御の姿勢をとった。彼を守らなければ。


「——っ!」


アルガイアが僕と接触する寸前、アドルオさんが声を張り上げた。

瞬間、僕とアルガイアの間に、橙色の半透明な壁が出来上がる。

突っ込んできたアルガイアは、その壁にぶつかって後ろに吹き飛んだ。

これは…。


「…私の能力です。一枚だけですが、こうやって壁を作れます」


静かな守り人、サイレント・ガーディアンの力。

目を開いてそういったアドルオさんの顔には、もう感情はなかった。


「……アドルオさん…」


「…倒しましょう、彼を。メムリットたちの村を、襲わせないように」


けれども彼の声には、抑えきれない悲しみと、覚悟が滲み出ていて。


「…はいっ!」


僕は、そう応えることしか出来なかった。


———


布で押さえつけた端から、赤黒く染まっていく。それを自分はどうしようもなく見つめていた。

腕の中で、目の前で大事な子が死んでいく。

命が、花のように儚い命が消えていく。

それは自然の摂理だ。仕方ないと諦めるしかない。


けれど。

今は、それだけはだめだ。

だって誓ったのだ。もう二度と、恐ろしい目に遭わせないと。

どうしようもない時は、その背中をそっと押してやると。


命は儚い。

環境が合わないだけで、すぐ死んでしまう花のように。

けれども同時に、命は強い。

踏まれても、また伸び上がる花のように。

それを自分は知っているはずだ。


自分でも気付かないほど、涙を流して泣いていた。



ふと、体の底から暖かいものが流れ出してきた。

それは、コンボボロ島で感じたそれそのもの。

流れ出した暖かさは、腕を伝って目の前の子に流れ込んだ。


暖かさは赤い光のリボンになって、カイルスの体を駆け回り、傷口に集まる。

すると、なんということか。


「うそ…」


「これは……」


メルリとメーレンの驚きの声が響く。

けれども誰より驚いていたのは、()()()()だった。


赤い光のリボンが、カイルスの腕、腹、腰を形造り始めたのだ。

まるで、そこにあったものを作り直す様に。

無くなってしまったものを、補うように。


光のリボンが、失ったカイルスの体を復元していく。

その光の中に、不意に光景を見た。

大小様々な動物と、咲きわたる花に囲まれて。

大事な友達に笑いかける少女を。


「ああ…」


不意に吐息が漏れた。この暖かさが何なのか、察したのだ。

これは、聖痕だ。

コンボボロ島で自分の体に入り込んだ、『小さな花畑』なんだ。


「…なんということじゃ…」


赤い光は、カイルスの失われた体を形作った途端、弾けた。

そしてその後には、完全に元通りになったカイルスが残された。

顔色は悪いが、息はしている。

彼は、生き残ったのだった。


「……今のは」


メルリの声が、頭に鈍く響く。

なぜか突然、強い疲労感と眠気に襲われた。


光は消え、まるで今までのが夢だったかのように、カイルスは眠っている。


「……聖痕だ」


重くなる口に鞭打って、そう呟く。途端、メルリがハッとする。


「…なんだか分からんが、お主、途轍もないのう。今のは加護…いや、もはや『奇跡』の領域じゃ」


モルガイが心底驚いた風にそう言った。

それを聞いたのを最後に、疲労感と眠気に耐えきれずに倒れた。

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