13、覚醒と共闘 1
大きなものがぶつかり合う音が、遠く聞こえる。エルギオとアドルオさんが、三体目の災竜と戦っているのだ。
けれど今の私には、そんなものは本当に遠くに聞こえた。目の前で、家族同然の仲間が死にかけているのだ。
「カイっ…カイ…!」
彼の肩を揺すっても意識は戻らない。
貫かれた彼の体は、放り投げられる時に抉られもしていた。その結果、今の彼には肩の下から脇腹までがない。
視界の端に、ダックさん、メーレンさん、モルガイさんが映った。
「ダックさん…カイが…っ!」
「分かってる!…早く、治療師に知らせて…」
「…無駄じゃ」
取り乱しかける私を諌めるダックさんに、モルガイさんが無慈悲に呟いた。
私たちの視線が小さな生き物へ向く。
困惑と疑問と、場違いの怒りとで滅茶苦茶だ。
「『治癒の祝福』は、生き物本来の治癒能力を高めるものじゃ。彼のそれは…もう致命傷じゃよ」
それは、学舎でも習うような基本的な事。
『祝福』で治せるのは怪我ぐらいで、それ以上のものには『加護』や『奇跡』が必要だ。
そして、この島には治療師はいてもこれらを持つ者はいない。
「じゃ…じゃあ…」
知りたくない真実を、黙り込んだ大人たちが肯定する。
涙で視界がぼやけていく。息が詰まる。
…カイはもう、助からない。
「…物理的な手当てで、なんとかしてみる」
「ボンデール様…」
ダックさんが自身が着ていた布を引きちぎり、カイの傷口にあてる。
途端に、布が赤黒く染まりだす。
無理だ。無謀だ。
気休めにもならない。意味がない。
「カイ……」
声が萎んでいく。
絶望感が胸を占めて、諦めと苦しみが押し寄せる。
もう何もかも嫌になって、目を塞いでしまおうとした、その時。
ダックさんの身体が、微かに輝いているのが見えた。
———
「あ…ああああーー!!」
僕はがむしゃらに、目の前の災竜を突き飛ばした。
場所は島の外れ。木々や岩を粉々にしながら、僕とアドルオさんは、突如現れた三体目の災竜と戦っていた。
「エルギオ様、落ち着いて下さい!暴れ回っては、危険です!」
「でも…っ!」
アドルオさんの忠告に食い下がる。
目の前だ。目の前で、僕はメルリを助けられず、カイに重傷を負わせてしまった。
それも全部、目の前のこいつのせいだ。
「気持ちはわかります。ですが、我々が激情に任せて動くとどうなるか、分からないはずはないでしょう。村から離した意味がありません」
「……っ」
そんな僕を、アドルオさんが冷静に諭す。
それは理にかなっている。これ以上被害を増やさない為に、僕たちは慎重に動かなければならないのだ。
けれど、でも、だとしても。
「…気持ちは、分かりますよ。守れなかったことの、悔しさが」
「……」
それは、少し違う。
僕は、守れなかったことが悔しいのではなくて、傷つけられたことが憎いのだ。
少し疑問に思ったが、そう指摘するのはやめた。
今は、それどころではない。
「…それに彼はまさか…いやでも…」
三体目の災竜と改めて対峙したアドルオさんが、声を震わせた。
赤銅色の体に、黒い瞳。アドルオさんと同じく、鱗が光の当たり方によってはきらきら光っている。
彼が下がったタイミングで、僕が踏み込む。
僕はギルギのような力強さも、アドルオさんのような精密さもない。
ただ、体の大きさの割には素早く動けるから、これで敵を撹乱できる。
「…っ!」
僕の接近に気づいた相手は、体をぎゅっと縮めた。正面から受けるつもりか。
ならそこで敢えて後ろに回って、背中に打ち込むだけだ。
僕は災竜の目の前で突然速さを出し、後ろに回り込んだ。
奴は驚きもしない。気付いていないのか?
その無防備な背中に、僕は一撃入れようとして。
「ダメです!止まって下さい!!」
その時、アドルオさんが必死にそう叫ばなかったら、僕は大怪我を負っていた。
突然目の前に、野太い棘が現れていたからだ。
棘は奴の背中からも、腹からも、あらゆる所から幾本も生えていた。
「な、なんだこれ…」
「彼の能力です!彼は、体のあらゆる部分から突起を生やすことが出来るんです!」
アドルオさんの叫びで思い至る。
僕だけが開花していない、『竜の奇跡』の特殊能力。
目の前の災竜は、身体中に棘を生やせる力なのだ。まるで、山島に住む棘鼠だ。
「……やはり、そうなのですか…」
跳んで、アドルオさんのそばに戻ってきた時、彼は呆然とそう呟いた。
それを聞こうとした瞬間、アドルオさんが三体目の災竜に呼びかけた。
「聞かせて下さい!あなたは…アル、なのですか…?」
問いかけるような、語り掛けるような声だった。
そう言われた災竜は、一瞬反応したと思いきや、僕たちへ咆哮した。
敵意のような、哀しみのようなものが混ざった咆哮だった。
「やはり…アルなのですね…」
アドルオさんが、耐えるように納得した。
「知ってる人…なんですか…?」
災竜は元々、全員同じ一族だった。
出会った災竜が、人間の頃の顔見知りだったなんてことも、あってもおかしくない。
アドルオさんは、目を伏せて答えた。
「赤い体に黒い目、そして棘の能力…間違えるはずありません。彼の名はアルガイア・ドラメル・イルーシア」
一息吸って、覚悟するように。
「…竜名は、ブラインド・アサルツ。あなたも知っているでしょう、レイナさんの父親です」
目を見張るほど驚いたが、彼の反応からそれだけではないと分かる。
アルガイアという名前の彼を、アドルオさんはアル、と呼んでいた。
そこから察するに。
「…わたしの、かつての同僚で…友人、でした」
重く、そう言った。
この戦いの意味が、昏く、張り詰めたものになる。
彼が友人であるアドルオさんを見ても襲ってくるのは、恐らく理性を取り戻してないタイプなのだろう。
幾つかの災竜が理性を取り戻せている理由は、分からない。けれど、そういう区分はあるのだ。
あってしまうのだ。
今こうして向き合っている、かつての友人達のように。
「アドルオ、さん…」
何も言えない。
カイを傷つけたことは許せないが、恩人である彼の、友人とは戦いたくない。
当のアドルオさんは、目を瞑って何かを耐えているようだ。
アルガイアが、幾度目かの咆哮を上げる。
まるで、お前の友人はもう戻らないぞと、アドルオさんに告げるように。
と、餌を我慢できなくなった獣のように、アルガイアが突っ込んできた。
「……っ!」
アドルオさんはまだ目を瞑っている。
彼の前に出て、防御の姿勢をとった。彼を守らなければ。
「——っ!」
アルガイアが僕と接触する寸前、アドルオさんが声を張り上げた。
瞬間、僕とアルガイアの間に、橙色の半透明な壁が出来上がる。
突っ込んできたアルガイアは、その壁にぶつかって後ろに吹き飛んだ。
これは…。
「…私の能力です。一枚だけですが、こうやって壁を作れます」
静かな守り人、サイレント・ガーディアンの力。
目を開いてそういったアドルオさんの顔には、もう感情はなかった。
「……アドルオさん…」
「…倒しましょう、彼を。メムリットたちの村を、襲わせないように」
けれども彼の声には、抑えきれない悲しみと、覚悟が滲み出ていて。
「…はいっ!」
僕は、そう応えることしか出来なかった。
———
布で押さえつけた端から、赤黒く染まっていく。それを自分はどうしようもなく見つめていた。
腕の中で、目の前で大事な子が死んでいく。
命が、花のように儚い命が消えていく。
それは自然の摂理だ。仕方ないと諦めるしかない。
けれど。
今は、それだけはだめだ。
だって誓ったのだ。もう二度と、恐ろしい目に遭わせないと。
どうしようもない時は、その背中をそっと押してやると。
命は儚い。
環境が合わないだけで、すぐ死んでしまう花のように。
けれども同時に、命は強い。
踏まれても、また伸び上がる花のように。
それを自分は知っているはずだ。
自分でも気付かないほど、涙を流して泣いていた。
ふと、体の底から暖かいものが流れ出してきた。
それは、コンボボロ島で感じたそれそのもの。
流れ出した暖かさは、腕を伝って目の前の子に流れ込んだ。
暖かさは赤い光のリボンになって、カイルスの体を駆け回り、傷口に集まる。
すると、なんということか。
「うそ…」
「これは……」
メルリとメーレンの驚きの声が響く。
けれども誰より驚いていたのは、自分自身だった。
赤い光のリボンが、カイルスの腕、腹、腰を形造り始めたのだ。
まるで、そこにあったものを作り直す様に。
無くなってしまったものを、補うように。
光のリボンが、失ったカイルスの体を復元していく。
その光の中に、不意に光景を見た。
大小様々な動物と、咲きわたる花に囲まれて。
大事な友達に笑いかける少女を。
「ああ…」
不意に吐息が漏れた。この暖かさが何なのか、察したのだ。
これは、聖痕だ。
コンボボロ島で自分の体に入り込んだ、『小さな花畑』なんだ。
「…なんということじゃ…」
赤い光は、カイルスの失われた体を形作った途端、弾けた。
そしてその後には、完全に元通りになったカイルスが残された。
顔色は悪いが、息はしている。
彼は、生き残ったのだった。
「……今のは」
メルリの声が、頭に鈍く響く。
なぜか突然、強い疲労感と眠気に襲われた。
光は消え、まるで今までのが夢だったかのように、カイルスは眠っている。
「……聖痕だ」
重くなる口に鞭打って、そう呟く。途端、メルリがハッとする。
「…なんだか分からんが、お主、途轍もないのう。今のは加護…いや、もはや『奇跡』の領域じゃ」
モルガイが心底驚いた風にそう言った。
それを聞いたのを最後に、疲労感と眠気に耐えきれずに倒れた。




