12、急襲
「…だから、僕は自分を死に損ないだとは思いたくない。父さんが、母さんが守ってくれた命だから」
静かな洞窟の中、呆然としているロキへ語りかける。
無くなっている記憶の部分は、恐らく自分から忘れ去ったものだ。その瞬間を見たくなかったのだろう。
…今では後悔している。見たくなくても、自分の親なのだ。
最後の瞬間ぐらい、覚えていたい。
「…だから、死に損ないじゃない」
そんなことを思いながら、ロキへと突きつける。
彼は、何かを言おうとして辞め、疲れたように息を吐いた。
「…分かった。オリヤ・メイと言ったのは、謝る」
人間語でそう言った。置いてけぼりにされていたメルリにも、聞かせるためだろう。
事実、それを聞いた彼女は驚いたようだった。
「ペミーすごい!何言ったのかは分かんなかったけど、ロキを謝らせるなんて!」
「ペゥム…!?」
そう喜んで、僕を持ち上げた。
彼女が喜んでくれたことへの嬉しさと、突然持ち上げられた驚きで微妙な声が出る。
「……」
…ロキが引いてる。
同族としか関わってこなかった彼にとっては、人に対して鳴き声を使う同族を見るのは悍ましいものだろう。
まして、僕は彼より年上なのだから余計に。
「それじゃあ、私たちのことを手伝ってくれるの?」
「…いや、それはやっぱり、だめだ。アドルオは俺が殺すんだ」
調子づいたメルリが、ロキに一蹴されて怯む。
そうだ。本来聞きたかったのはそれだ。
なぜ彼は、恩人のはずのアドルオを殺そうとしているのだろうか。
しかしそれは、聞く前に彼から言ってくれた。
「アドルオが…そう望んだんだ。だから、俺はアドルオを殺す。その為に、強くなるんだ」
アドルオ自身が、そう望んだと。その為に、強くなるのだと。
周りを見回す。
高い洞窟の壁のあちこちに、何かを叩いたような跡が凹んで出来ていた。
彼は一人ここで、自らを強めていたのだ。
「あなた…ここで一人で特訓してたんだ…本当に強いんだね」
メルリも、一呼吸遅れて周りの様子に気付いた。
彼の血筋はイーリスだ。アヌシと同じく、『加護』を授かった戦闘筋。
本当にどうにか頑張れば、災竜さえ倒せるかもしれない。
「分かった。じゃあ、こうしよう」
ふと微笑んだメルリが、指を立ててロキに提案する。
「私たちは、何とかしてアドルオさんを死なせないように頑張る。でも、もしどうしようもなくなったら、君に頼む」
提案の前半を聞いて顔を歪めたロキが、後半を聞いてハッとする。
自分たちは今まで通り、アドルオさんを殺さずに聖痕を取り出す方法を探す。
しかし、どうしても見つからなかったら、最終手段としてロキにアドルオさんを殺させる。
「ム…」
肌寒い決断だ。
事実、メルリの腕が小さく震えているのが見えた。彼女も本心では、ロキに協力して欲しいのだ。
僕は、彼女の腕にそっと耳をのせた。
頑張って出した決断なのだろう。
それならその震えに、僕は寄り添おう。
「………分かった。それでいい」
ロキは、長い沈黙と思考の後に、そう承諾してくれた。
こうして、ロキとの微妙な関係は解消された。
「ペミーありがとう。ロキを説得してくれて。あなたも、私の提案を呑んでくれてありがとうね」
僕らへの感謝を述べてから、メルリが嬉しそうにロキを撫でている。
嫌そうに顔を歪めているロキから、彼が人に撫でられ慣れていないのがわかった。
「…嫌な感触」
「慣れれば、結構気持ちいいよ」
こっちの言葉でケチつけた彼に、笑いかける。
言われたロキは、口を数度ぱくぱくさせた後、結局大人しく撫でられることを選んだ。
彼、以外と可愛い所があるのかも知れない。
洞窟内に、緩い空気が流れ出した、その時だった。
地面の底から唸るような、地響きが起こった。同時に、空気を震わせる咆哮が、かなり近い所で響いた。
「…なんだっ!?」
「災竜の咆哮…エルギオ…?いや…」
「アドルオ、こんな風に叫ばない…」
災竜の咆哮。
しかしエルギオもアドルオも、メムリット族のことを思って、咆哮して怖がらせたりなんかしない。
それなら、咆哮した災竜は。
誰かの、叫び声。
「オーグシャ!スサン・オーグシャ!!」
その意味が分からないメルリでも、なにが起こったのかを察した。
スサンとは、数え言葉で3の意味。
エルギオでもアドルオさんでもない、三体目の災竜の襲来をつげる声だった。
———
咄嗟に走り出しかけ、踏ん張って振り返る。
ロキとペミーが、困惑と驚きの表情を見せている。
私は、彼らに驚くほど冷静な声で伝えた。
「外の様子をみてくるから、二人はここにいて!」
村にいる他のメムリット族は。モルガイさんは。みんなは。
三体目の災竜はどこにいるのか。今どれほどの被害が出ているのか。
把握しなければならないことは、沢山ある。
森を走り抜け、村に出る。
村にいたメムリット達は混乱してたが、当の災竜の姿は見えない。
一体どこに。
「ウージャ!オーグシャ!!」
あるメムリットが私を指して叫んだ。
突然の風圧に目を瞑る。地響きが起こって一歩足が下がる。
風圧が止み、目を開いた。
「……」
黒い、黒い瞳。
二つのそれを囲む、硬い赤の鱗。
エルギオでもアドルオさんでもない災竜の顔が、目の前にあった。
空気を唸らせるような、静かな時間が一瞬流れ。
「———っ!!」
背ほどもある口が開き、そこから咆哮が放たれた。
咄嗟に耳を塞いだが、声と共に放たれた圧で尻餅をついてしまう。
その風圧で周りにいたメムリットたちが、吹き飛ばされたのが、視界の端に見える。
その時、別の咆哮が響いた。
祭壇跡の方から、銀と白の災竜が飛んできてるのが見えた。
アドルオさんとエルギオだ。
彼の名前を呼ぼうとしてが、口が震えて話せない。
影が落ちて見上げると、目の前の災竜がその腕を振り上げていた。
鋭い爪が、太陽光を反射して光る。
その行先は、どう考えても自分。
(に、げ…っ!)
笑う膝と尻に鞭を打って、立ち上がる。
エルギオとアドルオさんが近づいてくる。
私が逃げるよりも、彼らが入り込むよりも早く、災竜は腕を振り下ろした。
「っメルリーー!!」
「…えっ?」
突然、何かに突き飛ばされる。
グシャリと、軽い音が響く。
転がって、姿勢を直してから見たのは。
「——え…」
私を突き飛ばしたカイが、災竜の爪に貫かれていた。
時間が止まったように感じた。
音が、風が、何も無くなる。
右肩の下あたりから中腹の辺りまで、木の幹のような爪が貫いている。
まるで、そこだけ体を取り替えたようだ。
…。
その顔に浮かんでいたのは、何が起こったのか把握しきれていない、困惑の表情。
ただそれは一口血を吐いた後に、安堵のような表情になって。
……。
災竜の腕が動く。
ゆっくりと、酷くゆっくりと、紙のようになった彼の体を放り投げる。
ふわりと宙に浮かんだ彼の体は、一瞬ののちに地面に叩きつけられる。
………。
次の瞬間、目の前の災竜を銀の災竜が突き飛ばした。
村の外へ飛ばされた災竜を、アドルオさんが追う。その後にエルギオも続く。
その彼の顔が歪んでいる。悲しみと、怒りで。
「…カ、カイ……」
風が、音が、ようやく戻ってくる。
遅くなっていた時間が、戻ってくる。
「あ…ああああーー!!」
私は考えていたことも吹き飛んで、叫びながら走り出した。




