11、オリヤ・メイ 2
アヌシ・ケイは、東の強者とされている。
我らメムリット族は体が小さく、人間一人にさえ本来は敵わない。
しかしその中で強い力を持てるケイがある。
アヌシと、イーリス。
この二つのケイの者は、大動物を単身で狩れるほどに強かった。
「ではなぜ我々は、それほどまでの力を持っているのか分かるかね、⬛︎⬛︎⬛︎」
「…神さまが、そうなさったから。自らを守れるよう『加護』をくださったから」
そうだ。
だから我々は同族を、人をその力で守り、守り抜いて死ぬのだ。
小さな体には過ぎたる力を、他のために使い切るのだ。
そんなことを、ケイの長はペミーに何度も言っていた。ケイの長の、いつもの小言だ。
両親は、アヌシ・ケイの中でもかなりの強者だった。その動きは、頭角を示す若者であっても読めないほどに素早く、複雑だった。
誰もが両親を憧れ、その息子である自分に期待した。その期待が落胆に変わっていくのは、意外と早かった。
アヌシの者なら誰もが発露する『加護』は、自分だけはいつまで経っても発露しなかった。だから、次々と同年代に置いて行かれた。
『加護』が発露しないのは、もしかして彼は一族のものでは無いのではと噂された。
学舎では居ないものと扱われ、性格が捻くれるまで、そう時間はかからなかった。
「⬛︎⬛︎⬛︎、そもそもお主は……」
「…あの、もういいですか、長?」
自分だけ他から置いて行かれるのを、ケイの長は信仰心が無いせいだと決めつけた。
お陰で毎日小言を言われる始末だ。この有様じゃ、信仰心なんてあったものじゃ無い。
まだ何か言いたげな長に形だけのお礼を言って、僕はその場を後にした。
両親は優しかった。
『加護』が発露しないはずがない。お前はただ他より遅いだけだ。
焦らなくていい。きっといつか発露する。
そんなことを、毎日自分に言っていた。
それが、彼ら自身に言い聞かせていることにも、気付いていた。
「……」
努力はした。何度も頑張ってみた。
それでも、自分の『加護』は発露の兆しさえ見せなかった。
だからだろうか。
色々考えてしまう年頃に、一族を側から見ることができた。
「戦って死ね、ね…」
ただひたすら己を磨き、強者と戦い、弱者を守って死ぬことを美学とする。
逆に、強者を前にして逃げ出すことなどあってはならない。
アヌシ・ケイは、そんな一族だった。
正直、異常だと思った。
死を前に逃げ出して、何が悪いのか。
生き延びることの、何がいけないのか。
…そんなことを、『加護』の発露もない自分が思ってもいいのか。
悶々と考えていた日々は、突然崩れ落ちた。
災竜だった。
咆哮と共に降ろされた腕の一振りで、ケイの大半が死んだ。
そんな時に自分は、ただ怯えて震えることしか出来なかった。
自分は本当に弱いのだと、思い知らされた。
「⬛︎⬛︎っ!」
「っ!?」
呆然としていると、両親に連れられてケイが過ごしていた集落から逃げた。
混乱した。
戦って死ぬことが美学じゃないのか。なぜ強いはずの両親が、逃げるのか。
そんなことすら聞けないほど、両親の顔は必死だった。
両親は僕を茂みに隠すと、未だ同族を殺し続ける災竜の元に向かった。
息子よ、愛してる。
そんな言葉を残して。
「———っ!?」
災竜が吠える。
両親は強かった。本当に強かった。
災竜にさえ、傷を負わせたのだ。傷を負った災竜は、飛び去って逃げていった。
「…ぁ……」
両親以外の一族は、全滅していた。辺り一体に死体が転がる、悪夢のような光景だった。
両親も致命傷を負って、ほとんど虫の息だった。
彼らは駆け寄った自分に、笑いかけた。
そして頼んだのだ、止めを刺して欲しいと。
叫んだ。泣き喚いた。
嫌だ、生かすんだ。戦って死ぬなんて嫌だ。生きて、生き延びて、それの何が悪いんだと喚いた。
「…⬛︎⬛︎…私たちは、守れたの…」
何も、何も守れていないじゃ無いか。多くの同族が死んで、ケイは滅んで。
そんな事を喚き散らす自分に、二つの耳が伸びてくる。
「いいえ…守れたのよ…」
「我らの…僕ら二人の、いちばんだいじなもの…」
熱を失っていく、親の耳。そこから、声に出せぬまでもなく、二人の想いが伝わってくる。
「—あ…」
ただ、生きてほしい。
君を守るために命を使った自分たちの分まで、生き延びて欲しい。
それは、東の強者としては、あってはならない思い。
守って死ぬことを美学とする者たちが、抱いてはいけない思い。
純粋な、親としての願いだった。
気づくと、集落からかなり離れたところに座っていた。
何をしていたか、直前の記憶が抜けている。
自身の耳が、刃物のような鋭利な石を、巻き付けるように持っていて。明らかに血痕のついたそれを見て、全てを察してしまった。
「……あ、ああ、ああああっ!」
吐くほどに泣いた。その場にうずくまって、朝を待った。
自ら命を断つつもりはなかった。生きて欲しいと、願われたから。
だから日が昇るとただ歩いた。集落の外を、当てもなく。
ただ、生き延びる事だけを考えていた。
「いいモン見つけられたな」
「これは高くつくぞー」
ある日、メムリット族を金で見てるそういう人に拾われる。売られてもいいとも思ったが、流石に気が咎めた。
閉じ込められた檻から、隙を見て逃げ出した。
(どうしようか…)
幸い、赤ちゃん言葉で話せば、大抵の人間は可愛がってくれた。食べ物をせがんで、一晩の宿を貰って。
そうして一人でなんとか出来るようになっても、『加護』は発露しなかった。
(だけど…)
だけど、諦めることはしなかった。
『加護』とか、一族の者じゃないとか、災竜への復讐だとか、そんな事はどうでも良かった。
ただ、生き延びる事だけを考えていた。
—そうして流れ着いたネイケシア島で、後の聖女に拾われて、ペミーという名を貰う。
だから、自分は死に損ないなどではない。
自分は生きる事を願われて、生き延びる事を託されたのだ。




