10、オリヤ・メイ 1
翌朝。
私とペミーは、二人で村の中を歩いていた。
特に目的があったわけではない。旅に出る前は日課になっていた朝の散歩を、久しぶりにやってみようと思っただけだ。
と言っても、ここは故郷とは全く違う。言い方は悪いが、半分廃墟のようなメムリット達の住処と、何かの残骸しかない。
しっかりした建物すら、ここには無い。
ここは、故郷から離れた別の世界なのだ。
(遠くまで来たんだな…)
そんな物思いに耽りながら、ペミーを抱えて歩く。彼の秘密を知った今でも、彼の扱い方を私は変えない。
なんであれ、ペミーはペミーだから。
思考がペミーに行ったからか、気付いた。
朝だからか、初めて来た時より住処から出てきているメムリット族は少ない。
それでも、そんな彼らがこっちに視線が注がれていたのだ。
(……)
まただ。その視線に、なんだか微妙なものを感じた。
足を早める。
あの視線には、どうにも覚えがあった。色々な島で感じた、私のことを疑う目と同じもの。部外者、疎外者を見る目だ。
私は足早に、逃げるようにそこから離れた。
「ペム…?」
「ペミー…何でもないよ」
早足で歩く私に、腕の中からペミーが問いかけた。
彼は、私たちの前でメムリット族の言葉を話そうとはしない。話してくれたとしても、ほとんどの言葉は理解できないので、それはそれでありがたかった。
「私も、ペミーの言葉が分かったらな…」
モルガイさんは、私たちにメムリット族語を教えてくれなかった。
彼らの安全を守るためには、そうするしかないのだという。
「ムメメ」
ペミーは仕方がないよと言った風だった。
言葉がなくても、身振り手振りで何となく分かるから、彼らの言葉を絶対に知りたいというわけでもなかった。
その時。
「ん…なんだろう、この音」
不意に、カーンカーンと微かに高い音が響いているのが聞こえた。
気づくと、村と外の境界まで歩いてきてしまっていた。今いるところより奥、遺跡とは反対側の方から音は聞こえていた。
「プメ?」
「…行ってみよっか」
音のなる方、村の外の森の中へ私は歩みを向けた。森を抜けて歩くうち、微かな高い音は少しずつ大きくなっていった。
やがて木々を掻き分けて、洞窟が現れた。
「ここって…」
メーレンさんが採掘人の時に働いていた、採掘場だ。確か、祭壇跡の反対側にあると言っていたはずだ。
音は、採掘場の奥から聞こえてきている。
採掘人の誰かがいるのだろうか。モルガイさんはそんなこと言っていなかったが。
「ペム…っ!」
「…うん」
ペミーの力強い声に励まされて、胸の奥に浮かんだ怯えを仕舞う。
震えるのを抑えて、洞窟の中に入った。
カーンカーン。
カーンカーン。
高い音は、ちょうど硬い何かをぶつけ合わせているような音だ。
と、一際ガーンと大きな音が響き、同時に視界がひらけた。
そこは、ひっぽん道で続いていた洞窟が開け、いくつかの小道に分かれている所だった。
そして、そこにいたのは探していたロキだった。見るからに疲れている体で、ギロリとこちらを睨んでいる。
「聖女、なんでここに」
低い、腹の底から出したような声。
小さい生き物に怯えそうになるのを、必死に堪える。
「ここ、俺の秘密基地。勝手に、入るな」
「ご、ごめん…そうと知らずに」
そういえば、この前ロキと会ったのも、さっきの村の境界だった。
彼の住処は、この洞窟あたりなのだろう。
「分かったなら、出て行け」
相変わらず、ツンとした態度。
でもそれに怖気付いてはいけない。彼との対話が目的なんだし、何より私は聖女なんだから。
「あ、あの!話を聞いて欲しいの!」
何も考えずに話してしまうと、また同じように口論になるだけだ。
だから、彼が興味をひいてくれそうな話題を出す。みんなと話し合って決めた事だ。
「アドルオさんって、良い人だよね」
「…はぁ?」
切り出した私が、ロキは困惑する。
「とっても強いらしいし、私たちの目的にも賛成してくれた」
「それは…そう、だろうさ。アドルオは…優しいから」
ロキの瞳に、複雑なものが宿る。それが、ただの育ての親への情とは思えなくて、思わず口を開く。
「あなたは…アドルオさんに生きて欲しいんじゃないの?育ててくれた、親として…」
「違う!!」
咆哮のような叫び。メムリット族が出してるとは思えぬほど、腹の底に響く。
「違う!アドルオはそんなこと望んでない!」
「…どういう、こと?」
震えた唇から、そんな言葉しか漏れなかった。
ロキは、見切ったように鼻息を吐いた。
「もういい。聖女も、オリヤ・メイも、腰抜け。俺がやる」
ペミーへの侮辱に、胸の中で反感が湧く。
けれどそれも、彼への恐怖に上塗りされる。
ロキは、決意するようにどんでもないことを宣言した。
「俺が…俺がアドルオを殺す。殺さなきゃ、ならないんだ」
最大の衝撃に私は呆然とするしかない。
宣言したロキの声色に、寂しいものが滲んでいたことに、気付きながら。
———
これはまずい、と思った。
メルリとロキの対話は、完全に失敗した。
ロキが信じられないことを宣言し、メルリが完全に潰された。
僕はメルリの腕から飛び降りた。
彼女が僕の名前を呼ぶが、それを無視する。
僕がやらなければ。
ロキがジロリと僕を睨んだ。その恐ろしさに震え上がりそうになるけど、メルリの前だと自分を鼓舞して踏ん張る。
「…どうして、そう思ったんだ?」
こっちの、メムリット語で彼に聞いてみる。
メルリが息を呑んだのが分かったが、仕方がない。
ロキの真意を聞き出さないと、彼はメルリ達と敵対してしまう。死に損ないと揶揄された身でも、同族と身内の対立は嫌だった。
「…お前には、関係ないだろ」
こっちの言葉で答えてくれた。
メルリが困惑しているのが分かるが、口は挟まないでくれる。
「関係ある。聖女にとって、災竜は大事だ。僕らがアドルオさんを殺さないのは、君にとって良いことじゃないのか?」
「…死に損ないには、関係ないだろ」
メルリがピクリと震えた。きっと彼女には、今のロキの言葉の中に、オリヤ・メイという言葉が聞こえたのだろう。
「突き放すような言い方をするな。知りたいんだよ、君のことが。どうして君は、アドルオさんを殺したがってるんだ?育ての親なんじゃないのか?」
「…アドルオが、そう望んだんだ」
「どういうことだ?」
「…死に損ないには、言われても分かんねえだろ」
チラリとメルリを振り返る。彼女の腕がぷるぷると震えている。
いい加減、僕への侮辱が見過ごせないようだ。ロキへの怒りと恐怖で板挟みにされてる。
彼女をあまり怒らせたくない。彼女には笑っていてほしい。
僕は勤めて平静の口調のまま、ロキの言葉を否定した。
「僕は、死に損ないじゃない」
「じゃあなんだよ。一族を災竜に滅ぼされて、お前だけ生き残っちまったんじゃねぇのかよ!」
「そうじゃない。そうじゃないんだ」
叫んでしまう彼を言葉で抑えて落ち着かせる。
彼は完全に、僕を死に損ないだと思っているようだ。その勘違いを、訂正しなければ。
息をついて、聞いてほしいと彼に頼む。少しの沈黙の後、彼は渋々ながらも頷いた。
説明しようとすると、脳裏に過去の情景が瞬いた。
——思い出したくもない、けれど忘れてはならない、あの日の記憶が。
僕と言う存在を完全に変え、そして始まらせた出来事が。




