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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第五章 その爪牙に祝福を
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9、それぞれの想い 2

つんとした朝霧の匂いを感じて、私は目を覚ました。

外を真っ白に染めた霧が、入り口から少し中に入り込んできている。

この島の辺りは、特に朝霧が強いのだとメーレンさんが言っていたはずだ。


なんとなく首を回して気づく。

そのメーレンさんがいない。確か昨夜はダックさんの隣にいたはずだったが、今はその寝床は空になっている。


起き上がって、まだ寝ているみんなを起こさぬようにそっと宿を出る。

白い霧の世界で、メーレンさんは近くの倒木に座っていた。


「メルリさん。おはようございます」


私に気づいたメーレンに、挨拶を返す。

何か考え事をしていたようだ。


「なにしてたんですか?」


「いえ、なんとなく起きてしまって…少し、整理していたのです。現状を」


ある意味もっともなことだ。

メーレンさんは元々この島の採掘人であっただけで、私たちの空船長でしかない。

私たちの目的の、その前提すら知らないのだ。


「驚きだったと思いますよね。災竜とか、聖痕とか」


「あ、いえ。エルギオさんの事は知っていましたよ」


瞬間、思ってもいない事をあまりに自然に言われて、見事に固まった。


「え……知ってたんですか?」


「はい。コンボボロ島に着く前に、話していた内容を盗み聞きしてしまいました」


遅れましたがすみませんとメーレンさんは謝ったが、それどころではない。

エルギオの重大な秘密が、知らない内に仲間や島主以外に漏れていたのだ。


「黙ってて、くれたんですね」


コンボボロ島で、エルギオのことでトラブルは起きなかった。

それはつまり、私たち以外に知っていた人が、全員口を閉じてくれたからだ。

メーレンさんも、その一人で。


「……ええ、まあ。ヒラ様の命令でしたので…」


少し、何かを言い淀んだようだったが。

ともかく、ヒラさんには頭が上がらない。

ケイオール島で目的を達成したら、一度ハーマレー島に戻るのもいいだろう。そこで改めて、彼とその義妹にお礼を言いたい。


「ありがとうございます…!」


「いえ。これがあなた達を乗せた、空船の船長としての役目ですから」


旅の最後まで、船員と船長は一心同体なのだと言った。

それが頼もしくて、本当に嬉しくて、私は彼が困惑するほど頭を下げた。

それほどまでに、本当に嬉しかったのだ。


朝日が昇って、朝霧を掻き消していく。

宿を振り返ると、ダックさんとカイが揃って起き出した所だった。

ペミーも彼らに並んで、伸びをしている。

エルギオは朝に弱いから、まだ寝ているはずだ。


「じゃあ、いきましょうか」


「はいっ!」


私とメーレンさんは倒木から立ち、起き出してきたみんなの所へ向かった。

新しい一日が、始まる。


———


日が昇り、ケイオール島に昼の活気が溢れ出す。

私たちは、なるべく昨日と同じように過ごした。


エルギオはアドルオさんと特訓。

ダックさんとメーレンさんは古文書の翻訳と分析。

私とカイとペミーは、村を回ってロキを探した。けれどもいくら探しても、ロキの姿は見えなかった。


村の中にはいないのかも知れない。

アドルオさんが彼を育てたのも、村に馴染めなかったからだったはずだ。


「村以外じゃ…どこを探せってんだよ?」


カイが憂鬱そうに呟いた。

ロキの捜索を一旦中断して、宿に戻ってきた時だった。

その時に私は、言おうとしていた事を意を決して言った。


「話は変わるけどさ…カイは、どう思っているの?」


「どう思うって…何を?」


「その、アドルオさんのこと」


彼の瞳が大きくなる。

フェキシフト島の生き残り。災竜への憎しみで、私の旅に同行してきた彼。

その彼は今、災竜をどう思っているのか。


「…災竜はな、今でも許せねぇよ」


酷く長く感じた沈黙の後、カイはそう切り出した。

俯いて、ここでないどこかを眺めながら。


「エルギオの秘密を知って、ドラメル族の悲劇を知って。レイナの後悔を知って、アドルオさんの優しさに触れて。正直、心ん中はめちゃくちゃだ」


自分の心情を語っていく。正確ではなくても、確実に。

ぽつぽつと呟く言葉は、微かに震えている。


「それでもな…どうしても、許せないもんは許せないんだ。すまん。こればっかりは、どうしようもない」


「カイ…」


言葉もない。

死が身近にある事を思い知って。目まぐるしく変わる状況の中で、決断できるようになって。

旅立ちのときより遥かに成長した彼でも、その憎しみは変えられない。


なぜならそれが彼の原点だから。

今の彼を動かす、原動力だから。


「…まあでも、中にはいい奴もいるんだな、ぐらいは思えるようになってるよ。俺が憎むべきは、フェキシフトを滅ぼした(アイツ)だけだってね!」


最後に、彼はそう言ってはにかんだ。

災竜という集への憎悪から、特定の災竜という個への憎悪へ。

根本は変わらずとも、その性質は変わり出している。

それがわかって、私も微笑んだ。


「…うん。分かった。ごめんね、突然聞いて」


「別に、いいってことよ。さ、ロキの捜索に戻ろうぜ」


そう言った時に、宿の入り口にペミーが現れた。

彼は、私たちが真面目な話をすると察すると、距離を置いてくれたのだった。ペミーは本当に、察しがいい。


私とカイは立ち上がって、ロキの捜索を再開した。


———


結局、ロキは見つからなかった。

捜索範囲を広げて、村の周りの森も探してみたけれど、痕跡一つ見つからなかった。

村や祭壇跡から、離れたところにいるのかも知れない。


夕方になると、各々が宿に帰ってきた。

ダックさんとメーレンさんの古文書翻訳は、少しずつ進んでいるようだった。

メーレンさんが、港に停めている空船から専門書を持ち出して来たからだそうだ。

明日にでも、解析が終わりそうだった。


一方で、エルギオとアドルオさんの特訓は難航しているようだった。

ギルギやレイナが持っていた能力が、エルギオはどうやっても開花しないのだという。


「…我々の能力は自然開花なのですが、エルギオ様のような族長直系のものは、遺伝開花なのです」


エルギオの能力について、アドルオさんはそう言っていた。

自然開花の能力は、血が繋がっていても全く違う性質になるのだ。一方遺伝開花の族長直系の能力は、ほとんど変わらぬ性質を持っているという。


そして、能力の遺伝にも特定の条件が必要らしい。


「直系の能力は、その親が()()()()()()遺伝されないと聞きます。恐らく、エルギオ様の能力が開花しないのは…」 


アドルオさんはその先を濁したが、誰もがその先を察した。

親が死ななければ遺伝しない。

つまり、エルギオの親は生きている。


全ての元凶、エライル・ドラメルは、まだこの世界のどこかに居るのだ。



いくつかの雑談の後、アドルオさんは去っていき、私たちも床についた。

けれど私は、全然寝付けなかった。

エルギオの父、エライル・ドラメルについて、私は彼の言葉からしか知らない。けれどそれだけでも、少なくとも悪感触な人物だった。


その彼がどこかで生きている。

もしかしたら、聖痕を探す私たちに襲いかかってくるかもしれない。

そう思うと、胸の下あたりが寒くなった。


エルギオが、そっと寝床を抜け出したのに気づいた。

彼が宿の外に出たのを見計らって、私もそっと寝床を抜け出す。

外に出ると、夜の闇の中に佇んでいた彼は、すぐに私に気づいた。


「…起こしちゃった?」


「ううん。私も、寝付けなくて」


歩いて彼のように並ぶ。月が東の夜空で輝いている。


「……父さんは」


ふと、彼は口を開いた。


「僕のこと、どう思ってたんだろうって。そう考えちゃったら、寝れなくて」


「それは…どうして、そう思ったの?」


「父さんが生きてるって、知ったからなのもあるけど…ロキとアドルオさんの話を聞いてさ」


メムリット族と災竜。体の大きさが絶望的に違う二つの種族が、親子のような関係を築けてしまった話。

それがより、彼に親のことを思い出させたのだろう。


「私もそうだなあ…」


「親のこと?」


「うん。でも、私はそもそも覚えてすらいないんだけどね」


10年前。空船事故で失った、両親の記憶。後に死んでしまったと聞かされた、覚えていない父と母。


「祖母とか…祖父とかは、いなかったの?他に身内は?」


「だめ。事故より前の記憶は、本当に何も覚えてないの」


もし私にも祖父母がいて、もしまだ生きていて私を探していたとして。探す術もないし、私は彼らを覚えていないのだ。

もし会えたとしても、悲しませるだけだろう。


「…そっか」


エルギオはそう言ったきり、無言で空を見上げた。月が夜空を昇っていく。

私も、彼の視線を追って空を見上げた。

夏の夜の空気を感じながら、私とエルギオはかなりの間そうしていた。

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