8、それぞれの想い 1
アドルオさんの告白に、誰も何も返せない。
災竜とメムリットという、あまりにも違いすぎる二つの種族。なのに築けた、親子のような関係。
「その後はまあ…色々ありまして。彼から戦闘の特訓を申し込まれたのです」
最初は断ったのだが、執拗に頼まれて根負けしたのだと、恥ずかしそうにアドルオさんは言う。
「アドルオさんは、元々近衛兵だったんだよね?だから、ロキはあんなに強かったんだ…」
納得したようにエルギオが呟く。
特訓は決まった時間にしているのだが、最近は時間外に突然来ることが多いのだと、アドルオさんは言った。
初めて会った時にロキを咥えていたのは、そういうことなのだろう。
「そうだったんだ…」
長く詰めていた息を吐く。
ロキは両親を失っていた。それが何を理由にしてかは分からない。
それでも彼にとっては、アドルオさんは育ての親だったのだ。
「じゃあ、あん時あいつがが叫んでたのって…」
カイの言葉に、アドルオさんは無言で頷いた。
アドルオさんが聖痕についての覚悟を語った時、ロキは何か喚いていた。
親のような存在が、いきなり死ぬ準備はできてる、だなんて言ったのだ。
彼の心情は、なんとなく分かる。
「だったら…私たちは、彼と話さないと」
「そうだな。我々の今の目的を伝えれば、協力してくれるかもしれない」
私の提案に、ダックさんの賛成。
私はアドルオさんに聞いた。
「彼はいつも、どこにいるんですか?」
「それが…私はてっきり、モルガイさんの所にいるのかと思っていたのですが、違うようで…」
昼間の間に、モルガイさん本人と話していて分かったのだとアドルオさんは残念そうに言った。
ロキは、彼に対しては『モルガイじい様の所にいる』と、嘘を言っていたのだった。
「明日、探すことにしよう。夜の闇の中じゃ、伝えようにも見つけられないし」
「ったく、手間のかかる奴だぜ」
横になってもまだ寝ていなかったエルギオに続いて、カイが不機嫌そうに言った。
やっぱり、彼はロキの事が嫌いみたいだ。アドルオさんの手前、はっきりと言うわけではないけれど。
カイの言葉に、アドルオさんは少し寂しそうに答えた。
「ええ本当に…さあ、今日はもう遅いですし、私も祭壇跡に戻って眠ることにします。おやすみなさい」
「おやすみなさい、アドルオさん」
返事をすると、彼は微笑んで首を上げた。
なるべく小さくしたことが分かる風と、巨体が去っていく気配。
彼の一挙一動には、私たちやメムリット族への配慮が感じられる。余計に、彼を亡くしたくないと思えた。
彼が去った後に残った夜の空気が、入り口から漂ってくる。
「じゃ、私たちも寝よう」
家の床に敷かれた、ふかふかの藁に寝転がる。
他愛もない話をしながら、皆も横になった。
六人の雑魚寝。メムリット族の家は入り口がそのまま開いていて、夜風で寒いのではと不安だった。
けれども、季節が夏というのもあったのだろうが、互いの体温と藁の敷物のおかげで、意外と寒くはなかった。
「それじゃあ、おやすみ」
誰が言ったのか。
分からぬままにどっと疲れが襲って、私の意識は直ぐに眠りの中に沈んでいった。
色々なことがあったと、ぼんやり思いながら。
夏の夜に、高い音が響いていた。
———
翌朝。私たちは早速手分けしてロキを探していた。
ペミーを抱えたまま、村の中を歩く。メムリット達の言葉が分からないから、足で探すしかない。
頼みの綱のペミーは、何故か彼らの言葉を使おうとしなかった。
「ロキ、どこにいるんだろ…ん?」
ペミーへ話しかけて、気づく。なんだか、視線を感じる。
振り向くと、村に住んでいるメムリット達が、私たちを遠目に見ていた。
その視線に、何か微妙なものを感じる。
「ムゥ……」
「…ちょっと、離れよっか」
そう言って、進行方向を村の外側に変えた時。
「——あっ」
「……あ?」
見覚えのある、鋭い目つきのメムリットを見つけた。森の中の獣道で、こちらを見て硬直している。
「ロキ…っ!」
「…聖女、この先に、何の用だよ。ここは、通させない。早く、どっか行け」
驚きから立ち直った後、捲し立てるようにロキは拒絶の言葉を放つ。けれど私はそれに負けずに言葉を続けた。
今の私たちの目的について言わなければ。
「アドルオさんから聞いたよ。君は、彼に育てられたんだって」
ロキがピクリと反応する。
目の鋭さはそのままに、体全体をこちらへ向けた。話を聞いてくれそうだ。
「だからあなたは、あの時怒ったんだよね?でも違うの、私たちはアドルオさんを殺すつもりはないの」
舌を噛みそうになるのを必死に我慢して、彼へ投げかける。
それを聞いた途端、彼の目が大きく見開いた。震える彼の口から、小さく言葉が漏れた。
「……は?」
「私たちはアドルオさんを殺したくないの。いま、別の方法で聖痕を取り出せないか調べてる。だから——」
あなたにも、協力してほしいと続けられなかった。
ロキの様子がおかしかったからだ。
わなわなと何かい言いたげに震えたと思うと、一息ついて冷ややかな目でこちらを見たのだ。
「そうか。お前は、イル・オーグシャを、辞めるんだな」
「…どういうこと?私は、聖女を辞めるつもりはないよ」
何が何だか分からないが、今までの自分を否定されたようで胸の奥がカチンときた。
ロキは、その私の言葉に激昂して答えた。
「違う!イル・オーグシャは、竜を殺す者、の意味だ!」
言葉も出せず、固まった。
求めるようにペミーを見下ろすと、彼は悲しそうに頷いた。
今のロキの言葉は本当なのだ。
「で、でも!アドルオさんを殺したくないのは本当なの!あなただって…」
「うる、さい!!お前に、何が…何が、分かる!?」
そう叫ぶと、ロキはその耳を振り回してぶつけようとしてきた。
咄嗟に半歩下がって避けた時には、彼は草むらに消えていた。
当てもなく追いかけても無駄だろうし、また口論になるのがオチだろう。
「なんなの…」
やるせないモヤモヤを、私はそう口にした。
———
その日の夜。
アドルオ・ドラメルは一人、遺跡跡に座って微睡んでいた。
聖女達は、結局あの後ロキを見つけられず、捜索を打ち切ったらしい。
(ロキ…)
あの、小さくとも強い今の家族のことを思う。
彼の望みのために。彼の本当の望みのために、自分は今こうしている。
聖女らに優しくている。
(⬛︎⬛︎⬛︎…⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎…)
次に、もう名前すら思い出せなくなった、かつての家族に思いを馳せる。
自分は彼らに、今ロキに向ける感情と同じものを向けられていただろうか。
(守るためだけに…)
今はどこにいるか分からない友人が、かつて自分に向けて言った言葉。
君はまるで、守るためだけに生きてるようだと。
それはきっと、当たっているのだ。
自分はどうやっても、何かを守るためだけに生きてる竜なのだから。
———
昏い、昏い空間に、カーンカーンと高い音が響く。
何か堅いもの同士が、ぶつかり合う音だ。
カーンカーン。
カーンカーン。
幾度目かの高い音を最後に、彼は自身の耳を下ろした。
ロキ・イーリス。
彼は小さな全身を汗だくにしながら、大きく息をついて仰向けに倒れた。
ひんやりとした感触を感じながら、上がった体温を下げる。
このままじっとしていれば、いつもなら眠ってしまえるだろう。
けれど今日の彼は、なかなか眠れなかった。
朝早く出会った聖女のせいだ。
「…クソっ」
彼女らはアドルオを殺さない。
昨日から密かに見た感じ、直ぐに殺してなかったから、聖女はアドルオを殺すことに躊躇しているのだろうと思っていたのに。
「…させねぇ」
そんなこと、させない。
聖女なんかに。
親を失った自分を受け入れて、優しく、時に厳しく育ててくれたのだ。
その恩を返さないでどうする。ならばどうする。
「……俺が…」
村のへなちょこどもは当てにならない。モルガイじい様も味方にはなってくれない。
それならどうするか、そんなの決まっている。
「俺が…やらないと…アドルオを殺さないと、いけないんだ……」
溢れるような彼の呟きは、昏い空間に反響して消えていった。




