2、メムリット族の島
ケイオール島に、メムリット族が居て。
そのメムリット族が、人間の言葉を話して。
採掘人が居なければ島に入れないと言われて。
そして、私たちの空船長であるはずのメーレンさんが、元採掘人だった。
これらのことをなんとかして、本当になんとかしてのみ込んだ結果、私たちは詳しい事情を聞く権利を得た。
「…この島は、ある意味では島跡と言って差し支えないのじゃよ」
森の中を歩きながら、モルガイと名乗った喋るメムリット族はそう言った。
島について説明してくれるのはありがたいが、それ以上に知りたいことが飽和している。
「なんせ、この島にウージャ…人がいたのは遥か昔じゃからな」
「はあ…」
話を聞きながら、適当な相槌を打つ。
モルガイ…メーレンさんはじい様と呼んでいた彼に、私たちは道すがら名乗った。
適当に聞き流していたモルガイさんは、私がペミーを紹介した時に微妙な反応をした。
当のペミーがモルガイさんから目を背けたので、何か事情があるのだろう。おんなじ種族だし。
「…そんなわけで、今ではこの島にワシらメムリット族が棲みついている訳よ」
…そういえば、ペミーもモルガイさんと同じように話せたりするのだろうか。
無駄な思考を続けながら、モルガイさんの話に耳を傾ける。
「けどなあ、ある時…人の言葉で『浮遊石』といったか。それが採れるとわかってのぅ、採掘人が何人もこの島に来たんじゃ。遥か過去、ワシの祖父の祖父の、さらに祖父の前のことじゃ」
つまり、採掘人と言うのは文字通り、『浮遊石』を採る人のことなのか。
「そこでワシらは取引を結んだのじゃ。採掘人はワシらのことを秘密にする代わりに、部外者は彼らなしで島に入れぬようにした」
その結果が、先ほどまでの会話だったということだ。
メムリット族は、あまり一般的なペットではないから、そういう人に集落の場所を知られるなどと、色々と危険なのだろう。
「これで、老人の長話は終わりじゃ。何か聞きたいことがあったら、遠慮せず聞いてくれ」
まずカイが、学舎で生徒が先生に質問するように手を挙げた。
「じゃあ、俺から…メーレンさんは元採掘人って言ってたけど、元でも入れるのか?」
「普通は入れんが…メーレンは実直じゃったからのう。信頼があるのじゃ」
「…私は、空戦操縦の腕を買われて今の役職に就いていますが、個人的には採掘人の方が性に合っていると思っていますがね…」
モルガイさんの回答に加えて、メーレンさん本人からの補足も入る。
「では次に、俺でいいか」
ダックさんが低く挙手する。
…彼が自分のことを俺と呼ぶことなど、今まで無かったような。
「モルガイさん。あなたは先程から、私たちの聞きなれない言葉を使ってるようですが、それは?」
「…ああ、ウージャとかグオーシャとか言っとったな、ワシ。その様子じゃなんとなく察していると思うが、これはワシらの言葉じゃよ」
「メムリット族は、彼らの間だけで使う言葉があるそうなのです。私も、その全ては知りませんが」
再び、モルガイさんの回答とメーレンさんの補足。
さっき変だと思ったモルガイさんの言葉は、今台詞の中で言ったものと、少し違かったような。
「じゃあ、次は僕でいい?」
エルギオは私に聞いた。否定する意味もないので頷く。まあ、今の疑問は後でいいか。
「えっと、モルガイさんは…人間の言葉?も話せているのは、一体…?」
「ああ…ワシを含めて、同胞の中には人間語も話せる奴が稀におるんじゃ。それだけのことじゃよ」
人間語と言う響きは、なんとなく私の背筋を震わせた。
その理由も、一瞬の内に霧のように消えてしまったけれど。
「じゃ、じゃあ最後は私。ペミーも、その、話せたりするんですか?」
最後の最後に、こんな質問でいいのだろうか。
モルガイさんがちょっと微笑んだように見えたのは、思い違いではないと思いたい。
「ま、ワシらの言葉は話せるだろうよ、隠しておったようだがの。というかお主、色々と隠しすぎなようじゃが」
「ペムっ…!」
後半の台詞は、ペミーへ向けられたものだ。
腕に抱えたペミーが、体を硬直させたのが伝わった。
その震えが、モルガイさんの言葉が真実だと告げている。
「ペミーが、私たちに…隠し事…?」
視線を下げると、ペミーはばつが悪そうにそっぽを向いた。
「まず雌雄じゃな。今の時期は、雄の発情期であるのに、それを隠すことで雄であることも隠しておるな」
「え……」
カイがそんな声を出すが、私も絶句だった。
この島に来る道中、なんとなく様子が変だったのは発情期だったからなのか。
…そういえば、いつかエルギオがペミーのことを彼と呼んでいた気がする。確かあれは、ムロリメロ島で災竜に襲われる直前辺りか。
災竜である彼は、気づいていたのだろうか。
エルギオ、分かっていたなら言ってくれれば良かったのに。
視線を向けると、同じことに思い至っていたのか、知っていると思ってたと彼は言った。
それはそうだ。ペットの雌雄を飼い主が知らないはずがない、普通は。
「あと歳じゃな。お主、もう人換算で二十超えておろう?」
「「「え゛」」」
今度は見事に子供三人の声が重なった。
ダックさんは何も言わなかったが、表情から驚いているのは分かった。
それだけの衝撃だった。ペミーが、私たちより年上だったなんて。
けれど、なんとなく納得できる。
私が壁にぶつかって、何度も挫けそうになった時、ペミーは何も言わず、そばにいてくれた。
少なくとも自分は味方でいるよと、その存在を主張してくれた。
それがその時、どんなに嬉しかったか。
その暖かさの理由は多分、私たちを守るべき年下だと思っていたから。
「そっか…だからあの時、私たちのこと守ってくれたんだね…」
それは今まで気づかなかった、小さくて大きな優しさ。
私は少し、ペミーを抱く腕に力を込めた。
ふわふわな彼の毛から流れる体温が、その温かみを増したような気がした。
「…ありがとう、ペミー」
「ペム……っ」
感謝の言葉に、彼は恥ずかしさからか目を伏せた。
雑談を続けながら、私たちはモルガイさんの案内に従っていた。
そもそも、私たちはどこに向かっているのか。それはモルガイさんが説明してくれた。
「島の中心部あたりにな、ワシらメムリット族の村があるのじゃ。お主らはそこで賓客として迎え入れさせてもらう」
メムリット族特有の、二つの大きな耳で地面を蹴り上げ、跳ねるように進んでいくモルガイさん。
その見た目だけは愛くるしい姿に顔が崩れそうになるが、声や口調はどう見ても老人のそれだ。慣れないと、頭が混乱しそうになる。
「さあ、もうすぐじゃ」
「…?」
モルガイさんが言うと同時に、腕の中のペミーが縮こまったように思えた。
まるで何かに、怖がっているような。そんな気がした。
…そして、その理由をこの後すぐ、私たちは思い知ることになる。




