1、採掘の島
ケイオール島に着くまでの数日間、私たちは思い思いに過ごした。
ダックさんは、よく話すようになった。自分が思っていること、考えていることを共有してくれるようになった。
カイはそんなダックさんに質問するようになった。彼曰く、人生経験の多いダックさんから学びたいのだという。
そこにはエルギオも混じって、災竜を殺さずに聖痕を得るという目標に向かって、試行錯誤しているようだった。
私もうかうかしていられない。
「竜の時の動きも、やっておきたいなぁ」
ある時、エルギオがそう呟いた。
ある程度は人の姿のままでも戦えるよう、カイから剣の稽古をつけてもらっていた時だった。
カイの故郷のフェキシフト島は、当時の世界最強の軍事島だったのもあって、カイは私達の中で一番の腕っぷしだった。
今までは、それを活かせる場面が無かっただけで。
「今のエルギオは、どう動いてるんだ?」
「あ、それ、私も聞きたいかも」
男子二人の隣で、ダックさんから最低限の護身術を教えてもらっていた私も、興味を示した。
「殆どはギルギと闘った時の経験からだけど、それ以外は…勘、かも」
「…じゃあ、今の竜の動きがあるのは、殆どギルギのお陰…ってことか?」
「…そう思えば、初戦がギルギだったことは、案外悪いことではなかったのかもな」
ダックさんも会話に入ってくる。彼が普通に話してくれることに、私はまだ慣れていない。
「…竜の姿の時も、色々試したいことがあるんだ。まだ知らない力が、災竜にはあると思うから」
「けれど…」
こんな空中のど真ん中で災竜になるのは、危険だ。
遮蔽物も何もないし、どこで誰が見ているかわからない。
ダックさん曰く、メーレンさんは事情を何となく分かっているらしいけど。
エルギオも危険性は分かっているらしい、言葉に詰まった私をみて溜息をついた。
「…やっぱり、実戦で積んでいくしかないかなぁ…」
「…メルリ。そう言えばペミーは?」
木剣を握りしめたまま、思い出したようにカイが言った。
「ああ…それが、最近なんか変で…」
ペミーは、コンボボロ島を出てから、明らかに様子が変だった。
いつも通りに懐いてくれているのは分かるし、呼べば来てはくれる。
けれどもふと、どこかを見ているように無反応な時があるのだ。
「…ダックさんは、何か分かる?」
「…ふむ。ペミーはメムリット族だったな?」
彼の専門ではないが、動物好きのダックさんなら何か知っているかも知れない。
「…メムリット族は精神性がかなり複雑だと聞く。何か、ストレスになる事でもあったのだろうか?…これだという確信は持てんな」
「そっか…ありがとう」
「さ!雑談はここまでにして、稽古の続けをするぞ、エルギオ!」
快活なカイの声が響く。ペミーのことは、後でダックさんに見てもらうとしよう。
「…なるべく、優しくしてほしいんだけど…」
「それは、エルギオ次第だな…っ!」
二つの木剣がぶつかり合い、カンカンと心地いい音を出す。
それを見てから、私もダックさんに向き直る。
「…それじゃあ、こちらも再開するか。さっき教えた型、覚えているか?」
「うん。えーっと——」
災竜を倒し、世界に平穏をもたらす。そのためには、私たちはあまりにも弱かった。
けれど、弱いままではいられない。
だから、強くならなきゃいけない。
その一歩を、私たちは少しずつでも踏み出し始めていた。
その翌日、ケイオール島の島影が見えた。
———
降り立った私たちは、すぐにこの島が異様であることに気づいた。
港に、人影一つなかったのだ。
それどころか、目立つ建造物一つ見当たらなかった。
ただ、だだっ広い広場と、その奥に森が続いているだけ。
「ここが…ケイオール島、なの…?」
コンボボロ島と違って、ケイオール島について私たちは殆ど知らない。
『浮遊石』の原産地であるという情報以外、調べようがないからだ。
だから、どんな島なのかと、少しは胸を躍らせていたのだけど。
はっきり言って、不気味だ。
「島、跡…?」
カイが、他でもないカイが呟く。
島跡。
様々な理由で人が撤退した島の跡のこと。
そして、その理由のほとんど全てが、災竜による被害だ。
例えば、フェキシフト島のような。
「…いや、それはない。島跡であるなら、建造物の跡ぐらいはあるはずだ」
ダックさんが、いつもの冷静な声で言う。
この冷静さに、いつも本当に助かっている。
「…初めから、何も建っていなかったのだろう」
「そっか…それなら、よかった」
カイが安心した声を出す。
それじゃあ、この島は無人島って事になる。
「でも、ここは『浮遊石』の原産地なんだよね。無人なのはおかしくない?」
エルギオが当然の疑問を口にした。
原産地と言うからには、『浮遊石』を採る人、島の外へ売っている人が居るはずだ。
採掘の時期ではないのかもしれないけど、それでも大事な資源である『浮遊石』を盗掘されないよう、警備員ぐらいはいるはずだ。
「少なくとも、無人なのはおかし…お?」
その時、近くの茂みから何かが飛び出した。
「…え…メムリット族?」
まん丸とした形の体に、大きな垂れた耳。私が抱えているペミーと同じ、メムリット族だ。
そしてそのペミーは、現れたメムリット族に向けて、微妙な視線を送っている。
「…ムゥ…?」
現れたメムリット族は、低い声でも確かにメムリット族の鳴き声を発した。
しかし、ペミーはそれに何も返さない。同族のはずなのではないのだろうか。
と、いうか。
「かわいい…」
正直、色々辛いこともあった旅の中で、ペミーという存在は癒やしでもあった。
丸っこくて、ふわふわの触り心地。
ぽよぽよと動く、意外と感情表現豊かな耳。
この誘惑を前に、触るのを我慢できる私ではない。
私は未だ微妙な顔をしているペミーを置いて、現れたメムリット族に近づいた。
「おい…メルリ……」
「…ムゥ…?」
カイの静止は、今は無視させてもらいたい。
私は少し警戒しているメムリット族を、躊躇なく撫でた。
ペミーより硬い毛の感覚が手に伝わった次の瞬間、そのメムリット族が跳ねた。
「ミ…っアーコっ!」
「わっ…えっ!?」
飛び跳ねたことよりも、そのメムリット族が何か言った事に、私は驚いた。
そもそも今のは、メムリット族の鳴き声なのだろうか。
飛び跳ねたメムリット族は、私を胡乱げに見た後、口を開いた。
「………え?」
硬直する。
私以外のみんなも。今起こったことが、信じられなかった。
だって、だってメムリット族が。
「…何度も言わせるな!気安くワシを撫でるなと言うておる!」
人の言葉を、話すなどと。
「喋った…」
カイがこぼす。
それを見て、目の前のメムリット族は佇まいを直した。
「その反応…お主ら、なぜこの島に来た?」
「あ、え、えっと…」
処理する間もないまま、質問を投げかけられる。
ダックさんのようにいつでも冷静にいたいと思うけど、流石にこれは無理だ。結局、しどろもどろの答えになってしまった。
「あの…私、聖女で…」
後ろでカイたちが、微妙な顔をしている気がする。
「聖女…ああ、イル・グオーシャか」
「イル…え?」
「…残念じゃが、聖女であろうと採掘人が居なければ、島に入れることはできん」
「…入れないのですか…その、採掘人とは?」
島に入れないと聞いて愕然とする私の後ろで、ダックさんが適切な質問をした。
採掘人という人が居なければ入れないのであれば、逆に居れば入れる。
「部外者には教えられん」
「…それは……」
その時、後ろから、私たちが乗ってきた空船から足音がした。
振り返ると、メーレンさんが何やら焦った様子で来ていた。
「メーレンさん、どうしたんですか?」
「…いえ。もしかしたら、私が必要かと思いまして」
「…え?」
話しかけたエルギオがそう言うのと、話すメムリット族がメーレンさんを見つけたのは同時だった。
「…なんじゃ、ちゃんといるじゃないか」
「…居るって、何がよ?」
「…まさか」
ダックさんの言葉と共に、私たちの視線はメーレンさんに集まった。
その時になって、メーレンさんはメムリット族を見つけた。
「…ああ、やはり。久しぶりですね、モルガイじい様」
その言葉だけで、十分だった。
カイの震える声が響く。
「じゃあ…メーレンさんって…」
「—はい。私は元々、この島の採掘人でした」
久しぶりに、私の思考が停止した。




