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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第四章 その花束に約束を
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15、花束 2

「……っ!あっ、あぁああぁ——っ!」


大きな瞳から光が消えたのを見て、アンナちゃんが遂に泣き崩れた。

駆け寄ったグレムさんが、アンナちゃんを抱きかかえる。


「アンナちゃん…」


彼女と災竜の間に何があったのかは、分からない。

けれど、私も泣く彼女を胸に抱きたくなった。その悲しみを、受け止めたかった。

何も知らない私が、それをするのはずるいとも思ったけれど。


災竜の体が、灰のように風に消えていく。

死んだ災竜の体は、飛び散った血を含めて全て残らない。

その場に残ったのは、宙に浮かび赤く光る、聖痕だけだった。


聖痕はぱっと光り、島主親子を見ていたダックさんに近づいた。


「…?」


不思議に手を伸ばした彼の目の前で、聖痕は強く光って消えた。


「き、消えた…?」


カイはそう言ったが、私には聖痕がダックさんの中に入ったように思えた。

その時、軽い破裂音と共に、エルギオが人の姿に戻っていた。


「エルギ、オ…?」


エルギオは、抱き合う島主親子を呆然と見つめていた。

その指先が少し震えているのを見て、私は彼が思っていることをなんとなく察した。

同じくそれに気づいたのか、カイが私に頷いて彼に駆け寄っていく。

小さく口を噛んで、私もそれに続いた。


こうして、コンボボロ島を襲った災いは、幕を閉じた。


———


災竜の実質的な被害は、花畑だけだった。

それでも、真横で暴れられた獣たちは、大いに混乱していた。

私たちだけじゃどうにもならなかったので、港の方に避難していた島民たちを呼び戻した。


彼らは、島主親子が無事だったこと、災竜が倒されたことを喜んだ。

そして、災竜を倒した—ということにされた私たちを大いに讃えた。

多くの島民から、大人から子供まで、感謝された。


「ありがとう!」

「災竜を倒してくれて!」


全く喜べなかった。



翌日から、島の復興が始まった。

私たちも手伝ったが、色々あって身が入らなかった。


その理由の一つが、アンナちゃんだ。

彼女は、グレムさんの腕の中で泣き続けた後、泣き疲れて寝てしまい、そして熱を出した。

医者が言うに、心因性のものらしい。

熱を治すには『治癒の加護』を持つ治療師が必要だが、コンボボロ島には『治癒の祝福』持ちの治療師しかいない。

そのため、グレムさんが看病することになった。


「仕方ないよ。アンナ嬢、災竜を近くで見たんだもの」

「それで、心に深い傷を負われたのね。かわいそうだわ」


そう人々は噂した。

アンナちゃんと災竜のやり取りを聞いていた身としては、胸の痛みを堪えるしかなかった。


もう一つの理由は、エルギオだった。

彼は数日間、港に与えられた私たちの宿の、自分の部屋から出てこなかった。

彼から詳しい事情を聞きたかったが、聞ける雰囲気ではなかった。

復興がひと段落ついた頃になってようやく、彼は姿を現して詳しい事情を話してくれた。


「……」


レイナという名前だった災竜は、既に人間にとっての災害ではなかった事。

彼女はただ生きたがっていた事。

聖痕は、災竜の心臓である事。

私たちが先に進むには、彼女の心臓が必要だった事。


「もっと…もっと他に、良い方法が…あったと、思うんだ…っ」


そう言って、彼は泣き出した。

自分の無力さに悔しいのだと、嫌でも分かった。


「僕に…っ、ぼぐに、もっと力が…知識があればっ!もっと、もっと…っ!」


「……エルギオっ!」


私は泣く彼を抱きしめる事しか出来なかった。

私は何も言えない。彼をどう慰めても、安っぽくなってしまう。

カイは、何も言わずに私たちの手を握ってくれた。ペミーは、いつも通り無言で私達のそばにいてくれた。

それだけでも、エルギオの心の重積は、少し晴れたと思いたい。


ダックさんは私達のそばには来ず、いつもの無表情で何かを考えていた。


———


空気が水っぽくなっていく。暖かさが暑さへと変わっていく。

アンナちゃんとエルギオの、時間をかけて少しずつ癒された悲しみは、復興がひと段落してから一ヶ月後に収まりを見せた。

その頃になって、二人はようやく元のように笑うようになった。

季節はすっかり夏になっていた。島も、私たちが来た頃の賑わいを、少しずつ取り戻していた。


「そろそろ島を離れようと思うが、良いか?」


そんな時、ダックさんがそう言い出した。


「離れるったって、次どこに行けば良いんだよ?」


私も気になっていたことを、カイが聞く。次の目的地は決まっているのか。

空読み様の予言によれば、次は血牙の紋章という聖痕だ。


「それなんだが、グレムさんが知っていた。初代島主の手記に、手がかりがあったようだ」


彼曰く、初代島主のグレンさんが、手記に紋章のことについて書いていたらしい。

曰く、紋章を使うのは当時の世界でも、ただ一つの島だけだったらしい。

その島の名は。


「…ケイオール島」


ダックさんの言葉を、カイが繰り返した。

ケイオール島は、ここからかなり南側にある島だ。


「…あっ!『浮遊石』の原産地!」


いつか、エルギオと話していた『浮遊石』の原産。あの時は忘れていたが、島の名前を言われて思い出した。

こうして、次の目的地はあっさり決まった。



夏を告げるように、太陽の光がじりじりと地面を照らす。

夏期は同時に雨期でもあるから、空船を飛ばすのはあまり推奨しないと、私達の空船長のメーレンさんは言った。

動きが不規則な雨雲を避けなければならず、飛行にかなりの技術と精神を使うらしい。


けれど、雨期が明けるまでじっとしてなんて、いられない。

なるべく雨雲が少ない日、私たちは島を離れることにした。雲の様子を見てからの出発だったからか、島主親子とのしっかりした時間が取れなかった。


「グレム様からです。聖女様一行への、せめてもの土産だと」


そう言ったのは、出発する私たちを呼び止めた島民の一人。

贈られたのは、花束だった。


空船が動き出す。

足先から心地よい揺れを感じながら、甲板に出る。

そのまま私は、遠くなっていくコンボボロ島の空岸を、眺めていた。


「メルリ」


声に振り返ると、近づいてきたのはエルギオとカイの二人。

カイは、私に声をかけてからは無言で、私の隣に並んだ。コンボボロ島の空岸を、遠い目で見つめている。

何を考えているのだろうか。


「…僕、諦めない」


ふとそう言ったのは、エルギオだった。

彼は彼で、小さくなっていく空岸を見つめている。その瞳には、怯えるように震えながらも、強い光が宿っていた。


「ドラメル族を殺さずに、聖痕を得れる方法…きっとあると思うから」


強い、決意の言葉。

やはり彼は優しいなと思う。

けれど、その強いの中にも、もちろん弱い部分はあるわけで。


「……なきゃ、いけないんだ」


「……うん」


心を決める。

あなたのそんな弱い部分を、私が少しでも肩代わりできるなら。

私はもう、諦めたりしない。

穴が空いたような心に、そんな決意だけがすとんとはまった。



「…ちょっといいか」


声をかけてきたのは、ダックさん。

グレムさんからもらった花束を、大事そうに抱えている。

そばで、ペミーも複雑そうな顔をしている。

ダックさんは、少し無言で迷った…ように見えた後、口を開いた。


「…話したいことがある。私の部屋に来てくれないか」


その瞳にも、エルギオとは違う決意が表れていたように見えた。


———


コンボボロ島の花畑エリア。

一面の花に覆われた道を、父親と娘が歩いている。

娘は、聖女一行にあげたのと同じ花束を持っていた。


彼らが足を止めたのは、花畑の中にポツンと作られた、小さな石積み。

周りには、二輪で一つとされる花が咲き乱れている。


いうまでもない。

大事な娘の、大事な友人の墓だった。

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