15、花束 2
「……っ!あっ、あぁああぁ——っ!」
大きな瞳から光が消えたのを見て、アンナちゃんが遂に泣き崩れた。
駆け寄ったグレムさんが、アンナちゃんを抱きかかえる。
「アンナちゃん…」
彼女と災竜の間に何があったのかは、分からない。
けれど、私も泣く彼女を胸に抱きたくなった。その悲しみを、受け止めたかった。
何も知らない私が、それをするのはずるいとも思ったけれど。
災竜の体が、灰のように風に消えていく。
死んだ災竜の体は、飛び散った血を含めて全て残らない。
その場に残ったのは、宙に浮かび赤く光る、聖痕だけだった。
聖痕はぱっと光り、島主親子を見ていたダックさんに近づいた。
「…?」
不思議に手を伸ばした彼の目の前で、聖痕は強く光って消えた。
「き、消えた…?」
カイはそう言ったが、私には聖痕がダックさんの中に入ったように思えた。
その時、軽い破裂音と共に、エルギオが人の姿に戻っていた。
「エルギ、オ…?」
エルギオは、抱き合う島主親子を呆然と見つめていた。
その指先が少し震えているのを見て、私は彼が思っていることをなんとなく察した。
同じくそれに気づいたのか、カイが私に頷いて彼に駆け寄っていく。
小さく口を噛んで、私もそれに続いた。
こうして、コンボボロ島を襲った災いは、幕を閉じた。
———
災竜の実質的な被害は、花畑だけだった。
それでも、真横で暴れられた獣たちは、大いに混乱していた。
私たちだけじゃどうにもならなかったので、港の方に避難していた島民たちを呼び戻した。
彼らは、島主親子が無事だったこと、災竜が倒されたことを喜んだ。
そして、災竜を倒した—ということにされた私たちを大いに讃えた。
多くの島民から、大人から子供まで、感謝された。
「ありがとう!」
「災竜を倒してくれて!」
全く喜べなかった。
翌日から、島の復興が始まった。
私たちも手伝ったが、色々あって身が入らなかった。
その理由の一つが、アンナちゃんだ。
彼女は、グレムさんの腕の中で泣き続けた後、泣き疲れて寝てしまい、そして熱を出した。
医者が言うに、心因性のものらしい。
熱を治すには『治癒の加護』を持つ治療師が必要だが、コンボボロ島には『治癒の祝福』持ちの治療師しかいない。
そのため、グレムさんが看病することになった。
「仕方ないよ。アンナ嬢、災竜を近くで見たんだもの」
「それで、心に深い傷を負われたのね。かわいそうだわ」
そう人々は噂した。
アンナちゃんと災竜のやり取りを聞いていた身としては、胸の痛みを堪えるしかなかった。
もう一つの理由は、エルギオだった。
彼は数日間、港に与えられた私たちの宿の、自分の部屋から出てこなかった。
彼から詳しい事情を聞きたかったが、聞ける雰囲気ではなかった。
復興がひと段落ついた頃になってようやく、彼は姿を現して詳しい事情を話してくれた。
「……」
レイナという名前だった災竜は、既に人間にとっての災害ではなかった事。
彼女はただ生きたがっていた事。
聖痕は、災竜の心臓である事。
私たちが先に進むには、彼女の心臓が必要だった事。
「もっと…もっと他に、良い方法が…あったと、思うんだ…っ」
そう言って、彼は泣き出した。
自分の無力さに悔しいのだと、嫌でも分かった。
「僕に…っ、ぼぐに、もっと力が…知識があればっ!もっと、もっと…っ!」
「……エルギオっ!」
私は泣く彼を抱きしめる事しか出来なかった。
私は何も言えない。彼をどう慰めても、安っぽくなってしまう。
カイは、何も言わずに私たちの手を握ってくれた。ペミーは、いつも通り無言で私達のそばにいてくれた。
それだけでも、エルギオの心の重積は、少し晴れたと思いたい。
ダックさんは私達のそばには来ず、いつもの無表情で何かを考えていた。
———
空気が水っぽくなっていく。暖かさが暑さへと変わっていく。
アンナちゃんとエルギオの、時間をかけて少しずつ癒された悲しみは、復興がひと段落してから一ヶ月後に収まりを見せた。
その頃になって、二人はようやく元のように笑うようになった。
季節はすっかり夏になっていた。島も、私たちが来た頃の賑わいを、少しずつ取り戻していた。
「そろそろ島を離れようと思うが、良いか?」
そんな時、ダックさんがそう言い出した。
「離れるったって、次どこに行けば良いんだよ?」
私も気になっていたことを、カイが聞く。次の目的地は決まっているのか。
空読み様の予言によれば、次は血牙の紋章という聖痕だ。
「それなんだが、グレムさんが知っていた。初代島主の手記に、手がかりがあったようだ」
彼曰く、初代島主のグレンさんが、手記に紋章のことについて書いていたらしい。
曰く、紋章を使うのは当時の世界でも、ただ一つの島だけだったらしい。
その島の名は。
「…ケイオール島」
ダックさんの言葉を、カイが繰り返した。
ケイオール島は、ここからかなり南側にある島だ。
「…あっ!『浮遊石』の原産地!」
いつか、エルギオと話していた『浮遊石』の原産。あの時は忘れていたが、島の名前を言われて思い出した。
こうして、次の目的地はあっさり決まった。
夏を告げるように、太陽の光がじりじりと地面を照らす。
夏期は同時に雨期でもあるから、空船を飛ばすのはあまり推奨しないと、私達の空船長のメーレンさんは言った。
動きが不規則な雨雲を避けなければならず、飛行にかなりの技術と精神を使うらしい。
けれど、雨期が明けるまでじっとしてなんて、いられない。
なるべく雨雲が少ない日、私たちは島を離れることにした。雲の様子を見てからの出発だったからか、島主親子とのしっかりした時間が取れなかった。
「グレム様からです。聖女様一行への、せめてもの土産だと」
そう言ったのは、出発する私たちを呼び止めた島民の一人。
贈られたのは、花束だった。
空船が動き出す。
足先から心地よい揺れを感じながら、甲板に出る。
そのまま私は、遠くなっていくコンボボロ島の空岸を、眺めていた。
「メルリ」
声に振り返ると、近づいてきたのはエルギオとカイの二人。
カイは、私に声をかけてからは無言で、私の隣に並んだ。コンボボロ島の空岸を、遠い目で見つめている。
何を考えているのだろうか。
「…僕、諦めない」
ふとそう言ったのは、エルギオだった。
彼は彼で、小さくなっていく空岸を見つめている。その瞳には、怯えるように震えながらも、強い光が宿っていた。
「ドラメル族を殺さずに、聖痕を得れる方法…きっとあると思うから」
強い、決意の言葉。
やはり彼は優しいなと思う。
けれど、その強いの中にも、もちろん弱い部分はあるわけで。
「……なきゃ、いけないんだ」
「……うん」
心を決める。
あなたのそんな弱い部分を、私が少しでも肩代わりできるなら。
私はもう、諦めたりしない。
穴が空いたような心に、そんな決意だけがすとんとはまった。
「…ちょっといいか」
声をかけてきたのは、ダックさん。
グレムさんからもらった花束を、大事そうに抱えている。
そばで、ペミーも複雑そうな顔をしている。
ダックさんは、少し無言で迷った…ように見えた後、口を開いた。
「…話したいことがある。私の部屋に来てくれないか」
その瞳にも、エルギオとは違う決意が表れていたように見えた。
———
コンボボロ島の花畑エリア。
一面の花に覆われた道を、父親と娘が歩いている。
娘は、聖女一行にあげたのと同じ花束を持っていた。
彼らが足を止めたのは、花畑の中にポツンと作られた、小さな石積み。
周りには、二輪で一つとされる花が咲き乱れている。
いうまでもない。
大事な娘の、大事な友人の墓だった。




