13、リトル・ラヴァー
彼は、飄々とした人だった。
私が災竜であると分かっていながら、友達になろうなんて言い出した。
けれど、私は彼の提案を受け入れた。それが、今の私にできる罪滅ぼしだと思ったから。
「君が地上にいれば、鳥も虫も寄ってこないと思うのだが、そうもいかないよな」
「鳥や虫が寄り付かないような、大きな物を置くってことは出来ないの?」
毎日、彼と頭を突き合わせて試行錯誤を繰り返した。苦闘の日々は、正直楽しかった。
彼は毎日、新しいことを考えてきた。それを一緒に吟味して、実践してみるのだ。
「個人的にこれは上手くいくと思ったんだが…やはり難しいな」
「虫が嫌いな匂いだと、思ったんだけど…」
結果は上手くいかないことがほとんどで、たまに上手くいっても別の問題が出てきて、最初から考え直しになる。
「仕方ない!別の方法を考えようじゃないか。…だから、そんなに申し訳そうにするな」
「……うん。分かった」
それでも、その日々は楽しかった。
本当に、楽しかったのだ。
だから、時間はあっという間に過ぎて。
竜の力を授かった自分が、人間とかけ離れた寿命を持ってしまっていることに気づいて。
気付けば彼は年老いていた。
「…約束する」
彼の夢を継ぐ。
この先も、この島の命と花を守って。
いつか、世界中を命で満たすと、約束した。
彼は静かに、笑っていた。
「あんまり大きな小屋じゃない…仕方ないよね」
その後は、誰とも関わらなかった。
日中は基本人の姿で、森の中に彼が隠し作ってくれた小屋に住んでいた。
竜の姿になるのはあの洞窟。私が引きこもっていた洞窟だけにした。
そして、花喰い虫や攫い鳥が活発になる夜になると、人目を盗んで竜の姿に。
「怖がらないでね…大丈夫だから…」
最初は、牧場の動物たちを怖がらせてしまったが、私が何もしないと見ると少しずつ警戒を解いていった。
そんな日々が続くうち、ふと思った。
牧場で眠る生き物達や、夜風に揺れる花々。
私は、それらの側にずっといていたいと。
「…いや、なんだそれ」
ちびな私が言うのもなんだが、私は彼らが好きになっていたのかもしれない。
そんな予感は、年月を重ねるたびに確信に変わっていった。
「……気のせいじゃ、ないのかも…」
人も、花も、綿鹿も、竜の自分と比べれば遥かに小さい。
おまけに、次の世代に渡すことがわかっているかの如く、すぐに死んでしまう。
「けれど…」
引きこもらずに、生きている。
生きることから、逃げない強さを持っている。
災竜なんてものがいるのに、明日を諦めずに、必死に。
「……」
その姿に、背中を押されていたのだろう。
自ら選んだ一人ぼっちで、それでもその孤独に潰されずに生きていけたのは。
「…ヒヨクソウ…」
他の花に囲まれて咲いていたそれを、自分は何を思って能力を使って収納したのか。
彼との、紛れもない思い出だったからか。
「なんだかなぁ…」
ちびな私は、小さな想い人なんて名を貰ったけど。
人を、生き物を愛せるそんな私は、小さきものへの想い人なんて名乗っても良いかもしれない。
夜の空を見上げながら、そんなことを思った日もあった。
そんな、ある日のこと。
久しぶりな同族が、島にやってきて。
4年後、自分が死ぬ運命にあると知らされた。
「…まぁ、突然言われてもって感じだよな…」
呆然とする私に、知らせに来た同族の中で情報通と呼ばれていた彼は、そう悲しそうに笑った。
「……笑い事じゃ、ない…」
「それはそうだが、あいにく俺には関係ないんでなぁ。同情しか出来ないんだ、ごめんな」
その言葉が、彼の精一杯の誠意だというのには、気づくに時間がかかった。
彼は、頑張れよと言葉を残して去っていった。
「頑張れって…何を…」
何を頑張れば良いのだろう。
このまま、ここで自分は死ぬ運命を待つのか。
でもそうなったら、この島の花と命は誰が守るのか。
そもそも私は、死にたいのか。
「死にたくは…ない……」
多くの人を殺したのに?
その清算すら、まともにできていないのに?
そんな自分が、このままのうのうと生きるのか?
ぐるぐると堂々巡りに考えがまとまらず、気づけば夜になっていた。
「いけない…竜の姿に…守らないと」
ぶつぶつと呟きながら、いつもの場所に行く。
そして、気付いた。
まだ竜の姿になっていないのに、外敵がどこにも見当たらないのだ。
花を啄む虫も、綿鹿を攫う鳥も、どこにも居なかった。
「なんで…」
いつも自分がいるから、場所を覚えて寄り付かないのかと思い、他の場所をあたってみても、どこにも外敵の姿は見当たらなかった。
翌朝、私は島主の館に忍び込んだ。
グレンの子孫だから、何か情報が残っているのだろうと浅く考えていた。
けれど、私が見つけたのはとんでもない物だった。
『花喰い虫は、オーリアス島から輸入した真音石で追い払える』
『攫い鳥は、彼らの休憩所となる木々を減らして対策する』
「なに、これ…」
それは、天敵から花や命を守る方法。
私とグレンが求め続け、遂に辿り着かなかった答え。
私が人と関わらなかった数100年の間に、人々は答えを見つけていた。
「……ああ…なんだ……」
ため息が溢れる。
私が、もう私が守らなくても。彼らは守る術を手に入れた。
私はそれまでのつなぎ。私の役目は、もう終わったのだ。
(なら…受け入れよう、運命を…)
足から力が抜け、崩れ落ちる。
自分の意味を失ったのに、なぜだか心は重い荷をおろしたように晴れやかだった。
だって私が愛した命たちは、もう私がいなくても生きていけるのだから。
覚悟を決めた、数年後。運命の日の、ちょうど一年前。
グレンが、彼が落ちてきた穴から。
今度は、少女が落ちてきたのだった。




