12、少女と災竜 3
グレムが口を閉じた時、アンナちゃんは呆然としていた。
彼女にとって、難しい話ではなかっただろうか。ちゃんと理解できたのだろうか。
そんな不安が、胸によぎったが。
「…私、レイナちゃんに言わなきゃ」
そう言った彼女の顔は、覚悟をまとった真剣なものだった。
やはり彼女は強いな、とダックは思った。
「アンナ…」
「言わなきゃ。グレンさんの気持ちと…私の」
そこで突然、辺りが白い光に包まれた。
「なんだ…!?」
「ひゃあ…!」
「アンナ…っ!」
各々悲鳴を上げながら、ダック達は白い光に飲み込まれたのだった。
———
僕の爪が刺さった彼女の首から、赤い鮮血が吹き出した。
「なっ…!?」
突然の出来事に、思考が止まる。
その一種の隙に、彼女は僕の爪を動かして、彼女自身の喉元までを抉らせた。
柔らかいようで固い感触が爪から流れ、鮮血が滝のように溢れ出す。
「…っダメだ…!」
慌てて彼女の両腕を振り払う。
そして、空いた腕と全身を使って、彼女の首元を押さえた。
どうにかして、これ以上の流血を抑えなければならない。
その時、視界の端に走ってくるメルリとカイが映った。異変を察知してきたのだろう。
「二人とも!今すぐ治癒師を連れてきて!彼女を…っ!」
がむしゃらにそう叫ぶと、二人とも驚いたようだった。
「エ、エルギオの声が…!?」
「…これが、『心話』ってやつなのか…!?」
…どうやら『心話』の力は今まで思っていたものとは、少し違うようだ。
けれど今は、それどころでは無い。そう思い直したのか、二人も驚きを消して頷いた。
その時、今度はその場が光った。
突然の出来事に驚愕する間も無く、その場に三つの人影が現れた。
「ダックさん…!」
「アンナちゃんに…グレムさんも!」
「二人とも…ここは」
辺りを見回した三人は、僕らの方を見て絶句した。
「レイナちゃんっ!」
真っ先に反応したのはアンナちゃんだった。叫んで、倒れているレイナへと駆け寄った。
溢れ出る彼女の血で、周りの花畑も、僕の白い毛も赤く染まってしまっている。
アンナちゃんが彼女の体に触れた時、今度は僕が押さえていた彼女の体の部分が、弾けた。
「うわっ…!」
飛ばされて、後方の花畑に尻餅をつく。
大きな揺れがメルリ達を襲ったが、事態はそれどころではなかった。
弾けたところから、光が上がった。
正確には、赤く光る物体がゆっくりと現れたのだ。
大きさは、人一人分くらい。
僕は、それがレイナの心臓であると、直感で悟ってしまった。
「それが聖痕…受け取って…」
レイナの衝撃の告白に、全員が目を見開く。
「無理だ…これは、受け取れない…」
怯えたような、自分の声が漏れる。
身体から力が抜ける。爪先が震え出す。
その場の誰もが察した。悟った。
察してしまった。悟ってしまった。
レイナが、彼女がもう、助からないことを。
———
「レイナちゃん…っ!死んじゃ…だめ…っ」
彼女が、優しい彼女が泣いている。
涙を、嗚咽を必死に抑えて泣いている。
泣かせたのは、私だ。
弱かった私が、泣かせた。
「だめだよ……グレンさんがっ…」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、彼女は不意に懐かしい名前を出した。
遠くなっていく意識を手繰り寄せて、瞳を開ける。
口からヒュウと、空気が漏れた。
「グレンさんがっ…手記、で、ごめんって…」
「……え?」
言われたことが理解できない。
グレンは、彼は、手記の中で私に謝罪していたのか。
当時の私と、真逆のことを考えていたのか。
「なん、でっ…」
口からゴボッと血の塊が落ちる。
彼の気持ちが分からない。
「…グレン…さんは…っ!」
そう言って、アンナちゃんは手記の最後の部分を、口に出した。
———
どうか彼女に会って伝えてほしい。
君は、もっと笑っていい。
君は、もっと思うがままに生きていい。
君は、自由なのだから
———
瞳が見開く。
自分が息を呑むのが、分かる。
ずっと知らなかった、彼の本心。知らなかった、彼の後悔。
「……なに、それ……っ!」
開いた口から声が漏れる。ごぼごぼと溢れる血とともに。
開いた瞳から涙が溢れる。たらたらと流れる血とともに。
だってそんなのは。
彼の謝罪は、私への気持ちは。
あまりにも、今更すぎて。
——
生まれた時から、私は体が小さかった。
学舎に入ってすぐ、ちびだなんだといじめられた。
弱かった私は、二年で抗うことを諦めた。
学舎なんかに行かず、家の、自分の部屋に閉じこもった。
自分の身体の小ささが、恨めしかった。
そんな日が数年続いた。詳しいことを聞かずにいてくれた家族には、正直迷惑をかけたと思う。
それでも、当時の私には彼らの気持ちを考えられるほどの余裕はなかった。
そして数年後。ドラメル族としての運命の日が来た。
『竜の奇跡』の、解放の儀。
自分の中に刻まれた力を、呼び起こして名を付ける儀式の日。
竜へとなれば、小さくは無くなる。私はもう、ちびじゃ無くなる。
だから、私はこの日を待ち侘びていた。
しかし、竜の姿へとなっても、私は同族の中では小さい方だった。
おまけに、リトル・ラヴァーなんて竜名まで付けられてしまった。
私は、私にこんな力を授けた神さまを恨んだ。
ドラメル族としての仕事が始まった。
仕事は、最初は退屈だった。
物を載せて動くだけだ。正直やりたくなかったが、親から少しは動けと言われて、仕方なくやっていた。
ある時、事故が起こった。
船同士がぶつかって、大量の荷物と乗客が空中へと投げ出されたのだ。
がむしゃらに手を伸ばした。ただ、目の前で人が死ぬのは見たく無いという気持ちから。
自分の手先が、赤く光った。私はその時まで、自分の力の全てを知らなかった。
私の力で、投げ出された荷物も乗客も、全てを私の中へ収納できたのだ。
自分の力に混乱しながら、地上で彼らを出してやった。
沢山の人に感謝された。
多くの人を救える力だと、称賛された。
族長にも、親にも。いじめていた彼らも、掌を返した。
嬉しかった。
泣きたいほど、嬉しかった。
こんな自分でもやれることがあると、思えたから。ちびな自分でも、人を喜ばせることができると、思えたから。
誇りを持っていた。
やりがいも感じていた。
仕事は、私にとっての、生きる意義になった。
大災害が、起こるまでは。
正気に戻った時、私は多くの人を殺したことを直感した。
吐いた。胃の全てを出し切ってしまうほど。
泣き叫んだ。声が枯れるくらい。
三日三晩泣き喚いて。
私は、近くの島に空いていた地下洞窟に引きこもった。
もう何もしたくなかった。
結局、誰かを傷つけてしまった。
それならもうここで、何も飲まず食わずで、消えてしまおう。
ちびな私は、結局は引きこもっている方がいいのだから。
……。
………。
どれくらいそうしていただろう。
竜の力は強すぎて、何日飲まず食わずでもへっちゃらだった。
消えたいのに消えれなくて。
だからと言って、自ら首を絞めるのも怖くて。
それさえ出来ない自分が、どこまでも嫌いになって。
もういっそ、奈落にでも落ちてみようかと思っていた時。
彼が、落ちてきたのだった。




