11、約束
「…父…様?」
謎の空間に落ちてきたアンナ・コンボボロ・イルーシアは、すぐに目を覚ました。
これと言った目立った外傷もなく、落ちた衝撃で目を回しているだけだった。
「アンナ…よかった…っ!」
自身の娘を抱いて、グレムは涙を流す。
それをダック・ボンデールは、どこか遠いところを見るような目で見ている。
もう二度と会うことのできない、親のことを思い出していた。
「再会を喜ばれるのも分かりますが、それぐらいにして下さい。アンナちゃんに聞きたいことがあります。」
けれどそれはそれ、ダックはすぐに現状の把握に動いた。
グレムに抱かれていたアンナが、それを聞いてハッとする。
「そうだ…レイナちゃんが!…あっ」
「レイ、ナ…?」
慌てて口を塞いだ少女へ、ダックは容赦なく疑問を投げる。
「…花守さまは、レイナという名前なのです」
アンナを離したグレムが、娘の目を見ながらダックに言った。
その言葉に少女の瞳が驚きで見開く。
「…父様は、レイナちゃんのこと知ってるの!?」
「…黙っていて、ごめんよ」
「…そんな」
隠していた事について、グレムが謝罪する。アンナは、直ぐにはそれを受け入れられなさそうだ。
「グレムさん」
ダックは彼へと視線を送る。そして目で、彼がやるべきことを示した。
示されたグレムは、一瞬硬直した後、覚悟を決めるように深呼吸をして、娘へと向き直った。
「アンナ…聞いてほしいことが、あるんだ」
彼は話した。過去の島主の手記によって、花守と呼ばれる災竜について知っていたことを。
「初代の島主、グレン様の手記…聞きたいかい?」
手記の内容は壮大で、それで悲しいものだった。まだ幼い彼女に聞かせるのは、無慈悲ではないかとも思った。
それでも。
「…まだ、よく分かんないけど……私、レイナちゃんのこと何も知らない。何で花守をしているかも、何であんなに悲しそうなのかも」
だから知れるなら知りたいと、頷いたのだ。
強い子だ、とダックは思った。まだこんなに幼いのに、覚悟を決めてしまっている。
返事を聞いたグレムは、少しの間瞑目した後に頷いた。
「分かった。それじゃあ、話そう——」
———
——コンボボロ島の初代島主、グレン・コンボボロの手記——
本日起こったことを、整理がてらに書き出してみようと思う。
昨日、私は大事な母親を失った。今日、その悲しみを紛らわすために森の中をがむしゃらに走っていた。
島主としてあるまじき愚行だと自分でも思うが、そうでもしないと自分の感情に押し潰されそうだったのだ。
そうやって走って。
逃げるように、掻き消すように走って。
木の根につまずいて、洞窟に転げ落ちて。
そこで私は巨大な竜に出会った。
その竜は洞窟の中で縮こまり、私を見て驚いていた。
竜と言ったら、ドラメル族以外に存在しない。
20年前の『大災害』を起こした張本人だ。
——約750年ほど前のことと思われる——
「お前…もしかしてドラメル族か!?」
殺されるではないかと恐れたが、その竜も私を恐れている事に気付いた。
「お前…私を、恐れているのか?」
『ごめん…なさい…』
凛とした、女性の声がした。
何故謝られたのかは、なんとなく察せたのだが、同時に私は困ってしまった。
彼女が私に、『大災害』に対して謝っているのは分かる。しかし、私自身はあまりその被害を被っていない。
寧ろ、ドラメル族の強さに、どこにでもいる男子と同じように憧れていたくちだ。
「あー…その、私は、あまり君たちのことは知らないんだ」
それらの事をなんとかして説明しても、彼女はまだ縮こまっている。
その姿は、怯えているようにも見えた。
「そうだな……君、私と友達にならないか」
思い付いて、突然そんな事を言ってみる。予想通り、彼女は困惑したようだった。
「あーそうだな、最初から説明させて頂きたい。私の夢は、コンボボロと名付けたこの島を、綺麗な花と命で溢れさせたいと思っている」
私の夢だ、と語尾に加えて。
彼女は、困惑しながらも、私の話に耳を傾けてくれた。
「しかし生憎、この辺りは花喰い虫も多いし、獰猛な綿鹿もいる。この夢を叶えるのは至難の業だ」
そこで君だ、と彼女を指差す。
「君の竜の力があれば、それらの害虫や害獣を追い払える。花を守れるという訳だ」
強大な竜の力を、そんな事の為に使うのは贅沢だとも思ったが、知ったことは無い。
「どうかな?やってくれるかね?」
手を伸ばすと、彼女は横長の瞳で私をじっと見つめた後、その体を光に包んで人の姿になった。
「分かった…私も、暴れまわった事の、罪滅ぼしがしたい。あなたの花と命を、守らせて、ほしい」
私より年下のような姿になった後、彼女はそう言った。
殺されなかった事を心底安堵しながら、私は伸ばしてきた彼女の手を受け入れた。
どこからどう見ても、人間の手そのものだった。
「君、名前は?」
「…レイナ。レイナ・ドラメル・エルーシア…」
「レイナか…いい名前だ。これからよろしく」
「うん…よろしく」
——そこから30年ほど、二人の健闘と試行錯誤の様子が綴られている——
「なに、見てるの?」
休憩中に、珍しく彼女の方から声をかけてきた。それが嬉しくて、つい喋り過ぎてしまった。
「これだよ、この花。ヒヨクソウ、という名なんだ」
「ヒヨクソウ…」
「一つではなく、二つでようやく花を咲かすのさ。まるで、私たちのようだと思わないかね?」
一人では夢すら叶えられなくても、二人で一緒なら。彼女と私なら。
「それは…確かに、そうかも…」
「だろう?だから、私はこの花が好きなのだ。別々の種族が手を取り合うことを、肯定してくれているようだからな」
ドラメル族と手を取り合う事に、後ろ暗い感情が無かったわけではない。
だから、こうして肯定してくれることは嬉しかった。
「うん……私も、好きかも」
花を眺めていた彼女は、やがてそう言って小さく笑った。
初めて見た、彼女の笑顔だった。
——約700年ほど前のことと思われる——
最近、体を動かすことすらままならなくなってきた。
私ももう70を越す。そろそろ息子達に島主を譲るのもいいかもしれない。
そんなある日、彼女が人の姿で、私の部屋に忍び込んできた。私を心配してくれたのだろう。
「その…大丈夫…?」
迷ったような仕草をした後、彼女はそう切り出した。
「ははは。この通りピンピンしてますが、寿命には勝てませんね」
冗談のつもりで言ったのだが、彼女に悲しそうな顔をさせてしまった。
「…ねえ、グレン」
「なんです、レイナ」
いつも通りに、お互いに名前で呼び合う。
これができるのも、もう間も無くだ。
「あなたの夢…叶えられなかった」
「ああ…そんなことも言ってましたね」
結局、島中を花と命で溢れさせるという夢は、叶うことはなかった。
北側の土壌が、花を咲かすのに絶望的だった。色々試行錯誤してみたが、ついぞ一輪も咲かなかった。
「だから…私が、代わりに叶える」
「あなたが…?」
「うん…約束する。この島を守って、いつか、あなたの夢を叶えるから…だか、ら…」
最後の方は、声が震えて聞き取りにくかった。
彼女が泣いていた。
「……そうですか。それなら私は、あなたのために色々としなければいけませんね」
「…いや、別に何もしなくていいよ。グレンはゆっくりして…」
「そうもいきません、何かしてないと私が嫌です。そうですね…例えば、あなたのことを伝える唄を作るとか」
そうして、彼女にしてほしいこと、してあげたいことを話し合った。
後に、彼女に事情の知らない他人が近づかないように、掟を作った。
名を、花守の唄とした。
——さらに数年後——
島主の座を息子に譲り、花守の唄を伝えていくよう教育した。
彼女は、今でも一人で私の夢を叶えようとしてくれている。
……。
…………。
分かっている。分かっているのだ。
私はあの時、彼女の覚悟と提案を受け入れた。
けれど本当は、全く逆のことを願っていたのだ。
彼女は誠実だった。
彼女は実直だった。
彼女はどこまでも、優しすぎた。
だから、私の夢なんてものに縛られなくてよかったのに。
だから、こんな島なんかに居座らなくてもよかったのに。
これはもう、意味のない後悔である。
ああでも、できることなら、いつかこの手記を誰かが読んでくれるなら。
それなら、どうか彼女に会って伝えてほしい。
君は————




