9、少女と災竜 1
「大丈夫ですか!グレ…島主さんっ!」
ダック・ボンデールは慌てて島主に駆け寄り、その肩を揺すった。
気絶していたらしいグレム・コンボボロ・イルーシアは、すぐに気を取り戻した。
「うーん…あなたは…聖女様の」
「はい、ダックと言います」
「…ここは?」
「分かりません。気付いたらここにいました」
彼も体に外傷はなく、すぐに立ち上がれた。
真っ暗な辺りを、ダックの持つ携行燈が照らす。
照らし出された壁や床は赤っぽく、天井は高くて見えない。
明かりを動かしても、先は見えない。かなり広い空間のようだ。
「一体、何処なんでしょう、ここは」
「わかりません…とりあえず、進んでみましょう」
奥へと続く壁と床を踏み締めて、二人は歩き出す。
暗い道は、果てしなく続いているように見えた。
「…グレムさん、ここに来る前に何かありましたか?」
ダックが、携行燈を揺らして歩きながら言った。
赤っぽい壁が、灯りと共に色味を揺らす。
現状を整理しておいた方がいいだと考えたのだろう。
「何か…そう言えば、あなたたちを見送った後、誰か来たような…」
「誰か…?」
「はい。確か、聖女様ぐらいの女の子だったような気がします。そこから、覚えていません」
彼の言葉を聞きながら、ダックは何が起こったのかの推測を立てていく。
こんな時こそ、冷静にならなければならない。
「…私達は、理由あってあなたのところに向かっていました。しかし突然、花屋敷の中から災竜が…」
「さ、災竜ですか!?」
「はい。突然のことだったので、私は仲間を守る事しか出来ませんでしたが」
意識の最後ではカイは無事だった。今がそうかは限らないが。
「そして、気がつけばここにいました」
「ということはまさか…ここはその災竜の…?」
グレムの言外のありえない想像に、ダックの口が少し緩む。
周りの壁や地面は硬く、とても内臓などとは思えない。自分が知らないだけで、災竜の腹は硬いのかもしれないが。
そんな予想を言うと、グレムは再び震え上がってしまった。
「冗談ですよ…ところで、」
ふと足を止めて、ダックは少し後ろを歩いていたグレムへ振り返る。
「…あなたは、花守という存在について、詳しく知っていたのではありませんか?」
気になっていたことを口に出す。途端に、グレムが色を失う。
やはり彼は、何かを知っていたのだ。
メルリ達は気づかなかったが、花守について話す時の彼は、どこかよそよそしかった。
「…一年ほど、前です。娘が突然、花守さまに会ったと言い出しました」
どこか観念したような面持ちで歩きながら、グレムは話し出した。
その話は、もう聞いたことがある。が、どうやら続きがあったようだ。
「最初は、何かの間違いだと思いました。花守さまは御伽噺の存在、いるはずが無いって」
彼の声が、暗い通路に響いていく。
「けれど、アンナがそんな分かりやすい嘘をつくはずがないとも思いまして、調べたことがあるのです」
「調べたのは、それはどのように?」
「隠していましたが、花屋敷には歴代島主の備忘録が納められていましたから」
その言葉に目を見開く。そんなもののの存在、全く知らなかった。
つまり花屋敷で話した時、グレムは隠し事どころか嘘をついていたのだ。
「どうしてそんな嘘を…」
「娘に頼まれまして…花守さまとの、約束だからと」
花守の唄の一節。花守さまを探してならぬ、という文言。彼らは忠実にそれを守った訳だ。
「それで…調べた結果は?」
「…娘の頼みですので、あまり言いたくはありませんが…仕方ありません。腹を括りましょう」
彼が一息つく。
ダックも、静かに息を呑んだ。
「結論から言いますと…花守とは、災竜のことです」
「それは……」
あまりのことに絶句する。
グレムは、そんなダックは一瞥してから微笑み、続けた。
「…花守の存在が書かれていたのは、初代の島主さまの手記でした。それには、こうありました…」
覚えるほどに読み返し続けたのだろうか、グレムは流れるように手記の内容を語っていった。
内容を全て語り終えた時、二人の間には虚しいものが流れていた。
「…以上が、手記の全てです」
「では…私たちを襲い、今も暴れているであろう災竜は…」
「…恐らく、手記の中の彼女でしょうね…なら、私を訪れたあの少女も…」
ダックは歯軋りした。
彼にしては珍しい、歪んだ顔で。
「早く…カイ達に、知らせなければ」
しかし。
「…行き止まり…?」
「そんな…まさか…」
焦った彼を嘲笑うように無情にも通路は行き止まってしまった。
そして、行き止まった壁の足元、赤っぽい地面の中で唯一緑が生えている部分。
そこに。
「……花?」
二輪の小さな花が、寄り添うように咲いていたのだった。
———
「それ、は、本当に…」
「この状態で…嘘は言わない…分かる、でしょ」
震える自分の声が縋りついた希望を、彼女の声が打ち消す。
「…レイナちゃん、死んじゃだめだよ!」
「アンナちゃん…」
掌の上の少女へ、視線を下ろす。
彼女も、全てはないにしろ事情なんとなく分かったのだろう、抗議の声を上げた。
聖痕とは、自分たちドラメル族に与えられた竜の力。
『竜の奇跡』と呼ばれるそれが、刻まれた心臓のこと。
そして、目の前のレイナという名を持つ災竜の聖痕が、小さな花畑。
手に入れて旅を続けるためには、彼女を殺して心臓を抉り取るしかない。
彼女がいったのは、そういう事だった。
「花守さまが死んだら、誰が花畑を守ってくれるの!?」
少女の悲痛な声が響く。
それを聞いて、目の前の災竜が顔を歪めたのがわかった。
「…本当に、僕と君は戦うしかないのか…?もっと他に方法は…」
「ある訳…ないでしょ!」
レイナが『心話』で叫んだ。
その必死な声に、思わず後ずさってしまう。彼女が初めて見せた激情だった。
「これしか、ないの!私とあなたは…殺しあうしか、ないの!」
体を振って、彼女は叫び続ける。
その姿と叫びが悲痛に満ちていて、僕もどうしようもなく顔を歪ませる。
掌の上の少女も、もう泣きそうだ。
「…だめだよ…レイナちゃん…」
「あ、アンナちゃんは、関係、ない…!」
「関係、あるよ」
「うる、さい!何も…何も、知らないくせに!」
突然目をカット開いた彼女が、片腕を上げる。
途端にそこから赤い光が溢れ、気づけば掌のアンナちゃんの姿が消えていた。
「…なっ!?」
「はぁ…はぁ……ギルギの奴を、殺ったなら、分かる、でしょ?私も、私のだけの力が使える、の」
激しく息を吐きながら、レイナはそういう。
災竜には、竜の力とは別に特殊な力が備わっている。血の狩人と名付けられたギルギが血を操れたように、彼女も何かできるのか。
「…私は、リトル・ラヴァーっていう竜名通りに、自分より小さい物を仕舞える。私だけの、特別な場所に」
「仕舞える…?特別な場所?」
アンナちゃんがどこにいったのか。警戒を怠らずに彼女へ問う。
「私も、よく分からないけど…私の体の中にある空間に、アンナちゃんを、閉じ込めたの。そこは絶対に安全だから…心配しなくていい」
「それは…」
彼女は無事ということか。まだよく分からないが、レイナが彼女を殺すとも思えない。
「…これで、心置きなく、やれる」
この場に残ったのは災竜だけ。どれだけ暴れても、誰も傷つかない。
レイナは遠回しに、アンナちゃんを危険から遠ざけたのだ。
「…その場所に、僕の仲間はいるのか」
カイの話では、ダックさんは彼女に連れ去られた。しかし、彼女と話す間もその姿はどこにも見えなかった。
最悪の予想も一度は過ったが、そのような空間があるなら話は別だ。
「…うん、いる。あなたの仲間も、島主様も」
「…能力を解いて、彼らを解放してはくれないのか?」
「しない。私が…生きている限りは」
「……本当に、それでいいのか」
そんなの、虚しすぎるではないか。彼女も心の底では、こんなことはしたくないはずではないのか。
「っ!まだ…言うの!?」
「だが…っ!」
「この、分からず屋!」
そう言って、僕より小さめの赤い災竜は突っ込んできた。
心から望まぬ、殺し合いが始まった。




