6、花守の正体 1
突如起こった横揺れは、洞窟にぱらぱらと土埃を起こした。
「な…なに、今の揺れは!?」
叫んで、咄嗟にアンナちゃんを抱き込む。
しかしてその揺れは、すぐに収まった。
「…なんだか、嫌な予感がする」
天井を見透かして、エルギオが不安げな顔で呟いた。
「嫌な、予感って…」
心臓が早鐘を打っている。
呼吸が浅くなって、手足が痺れていく。
エルギオの、彼のその顔は、否応にもかつての記憶と繋がっていた。
「…お姉ちゃん?」
抱き込んだアンナちゃんが、不安そうな顔で私を見上げた。
いけない。彼女を怖がらせてしまう。
私とエルギオだけでも、彼女を安心させないと。
「…大丈夫だよ」
そう彼女に言い聞かせた時、入口の方から足音が響いてきた。
咄嗟にエルギオが立ち上がって、私たちの前に立つ。
私も、すぐに動けるように立ち上がる。
やって来たのは、カイだった。
酷く焦っている様子だ。
「…っ!よかった!まだいた!」
彼は私たちを見つけると、安心したように近づいて来た。
…胸の奥に、恐ろしい予感がふつと湧く。
「…エルギオ。すまねぇが、お前が必要になっちまった」
近づいて来たカイは、顔を歪めながらエルギオへ言った。
カイの言葉を聞いた彼が、何かを察する。
…予感が、現実味を増して。
「頼む…っ」
「…わかった。君はメルリとここに」
「ねえ」
口が開いてしまった。
嫌だ。聞きたくないのに、知りたくないのに。
口が、勝手に動いてしまって。
「…ダックさんは、どうしたの…」
カイの顔が、大きく歪んだ。
呼吸が遠のくような気がした。
視界が揺れて、足に力が入らなくなる。
「…まだ、生きてる、と思う…」
歪んだ顔のまま、カイの口が開く。
立っていられなくて、へたり込んでしまう。
腕の中のアンナちゃんが、私を見上げた。
ダメだ。
どうやっても恐怖は消せない。
「…なにか、あったんですか?」
ふと、私を見上げた少女が言った。
「…なんでも、ないよ」
努めて、平静を装って答える。
けれど。
「…嘘。それは嘘です。地上で何かあったんですよね?」
真剣な顔で、彼女はそう言った。
思わず、声が出せない。
カイが、私と目を合わせて、心を決めたような表情になる。
「…今外にね…怪物が現れたんだ」
「…カイ」
この子には、災竜の恐怖の記憶を植え付けたくない。
だって彼女は、私なのだ。
空船の事故に遭って、島に流れ着いた時の、まだなにも知らない、好奇心旺盛な私に。
そっくりなのだ。
「…っ!」
「え、アンナちゃん!?」
緩んだ私の腕。それを振り払って、突然少女は駆け出した。
一目散に、出口へと。
「待って!」
「俺たちも!ペミーはここにいてて!」
慌ててアンナちゃんの後を追って走り出す。
カイとエルギオもついて来ているようだった。
「ペム!」
後ろのペミーの鳴き声が、遠ざかる。
ペミーは、私より大人なのかもしれないとふと思う。
洞窟から飛び出て、慎重に急いで坂道を登る。
空岸沿いに出てすぐ、再び強い揺れが起こった。
「アンナちゃん、どこに…!?」
「…多分。揺れの大元だ」
追いついて来たカイが、森の奥を指指す。
その時、三度目の揺れと共に、大音量の咆哮が響いた。
「———!!」
恐怖ですくむ足を、叩いて必死に持ち直す。
怯えている場合ではない。今はそれより、大事なことがあるではないか。
少し探すと、森の出口に少女がいるのを見つけた。
よかった。あまり遠くに入っていない。
森を抜けて、少女の肩に手を置く。
心配した事を注意しようとして、森の外の景色を見てしまった。
花畑を荒らす、その巨体を。
「——あ」
「…やっぱり」
「…くそ」
追いついたエルギオが渋い顔をする。カイも顔を顰めた。
けれど二人はそれだけで、私みたいに震えていない。
私なんかより、強く成長しているのだ。
頬を叩いて、必死に自分を鼓舞する。
まだ震えているのか、私。
災竜如き、いい加減に慣れろ。
怯える前に、次やるべき事を考えろ。
動けなくなる前に、あれの姿を見極めるんだ。
瞑りそうになる目を開けて、花畑で暴れる災竜をみる。
巨体といっても、ギルギやエルギオ、ムロリメロ島を襲ったものよりかは小さい。
と言うより、今まで見て来た災竜の中でもかなり小柄な方だ。
赤紫色の鱗が全身を覆い、それと同じ色の瞳が必死に動いている。
何かを探しているのだろうか。
と、エルギオが私たちの前に出た。
「…ダックさんは、今どこに?」
「…わからねぇ。突然あいつが現れて、連れ去られちまったんだ」
「つ、連れ去られた!?」
信じられなくて、思わずカイの顔を見る。嘘はついていないようだ。
だからさっき、カイはまだ生きてると思うと、あやふやな答えをしたのか。
「人を、連れ去った…?災竜にそんな知恵が…?」
「…!確かに、災竜にそこまでの知恵があるわけが…」
エルギオが疑ってくれたおかげで、私もその違和感に気づいた。
竜の神の罰によって災竜となったドラメル族は、その呪いで正気を失っているはずだった。
事実、ムロリメロ島を襲った災竜は、獣のように暴れていた。
しかし、ハーマレー島を半壊させたギルギは正気を取り戻していた。
あれは彼だけの特異性なのかと思ったが、もしそうではないのだとしたら。
「…もしかして、あの災竜も正気を取り戻している…のか?」
私と同じ結論に辿り着いたカイが、それを口に出す。
あの災竜だけじゃない。他にも、正気を取り戻したドラメル族がいるかもしれない。
「…正気を取り戻しているなら、対話でなんとかなるかもしれない」
「そうか!なんか、災竜同士で話せるんだったよな?」
聞いたカイに、エルギオが頷いて肯定する。
ギルギの襲撃の後、みんなへ真相を話すときに、エルギオが言っていたはずだ。
確か、『心話』と言ったか。
「…『心話』については僕もよく分かんないけど…とりあえずあの災竜は僕が引き受ける。二人は、その子を連れて島民を避難させて」
淡々と言いながら、その目には少なくない恐怖が浮かんでいるように思えた。
「エルギオ…うん、分かった」
頷くししかない。
災竜は、私たちでは到底敵わない。
けれど、その為のエルギオだ。
私はカイと目を合わせて、側にいたアンナちゃんを連れてその場を離れようとした。
その時、少女が叫んだのだ。
「…ダメだよ!レイナちゃん!!」
———
しょうがない。しょうがないのだ。
花々や木々を踏み荒らしながら、私はそう思っていた。
彼が来てしまったのだから、しょうがない。
私がこんな事をするのも、しょうがない。
…誰だって死にたくないのだから、しょうがない。
そうやって、何度も自分の行動を正当化して。
それが、ただの自己弁護でしかない事から目を背けて。
「———!!」
喉の奥から込み上げて来た苦いものを、咆哮でかき消す。
花を蹴散らして、木々を踏み倒して。
こんな所、彼が見たら悲しみながら怒るんだろうなと、関係ない事を考える。
けれどしょうがないのだ。
生きる為なんだから、しょうがない。
そうだ。それなら許してくれるはずだ。
生きる為だったのならしょうがないねと、許してくれるはずだ。
私だって、本当はこんな事したくないのだ。
イカレ野郎のギルギみたいに、狂ってるわけではないのだ。
だから、許してくれるはずだ。
だから——
「…ダメだよ!レイナちゃん!!」
…分かってる。分かってた。
誰も、私を許してはくれはしない事を。




