表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第四章 その花束に約束を
40/167

3、命と花の島 2

風に乗って花の香りが飛んでくる。同時に、動物たちの鳴き声も聞こえてくる。

この島ならではの光景の中、私たちは助けた少女アンナと一緒に、道を歩いていた。

彼女の片手はしっかりと綿鹿(わたじか)の角を握っている。


「…私、お父様から花畑の世話をするよう言われているんです。でも私、花より動物の方が好きで」


島主の娘が、どうして道の途中で獣に襲われていたのか。

私が聞いたその疑問に、彼女は一つ一つ答えていた。

私たちより幼く、整った可愛らしい見た目に反して、しっかりした子のようだ。

島主の子として、次期島主としての教育を施されているのだろう。


「だから、いつもこっそり牧場の方に行っていたんですけど。今日はこの子が変で」


そう言って、横を歩く綿鹿(わたじか)を、角を持っていない方の手で撫でる。

綿鹿が、気持ち良さそうに高く鳴いた。


「変って?」


「…足を、怪我しているな」


「えっ?」


カイがアンナへ投げた疑問に、ダックさんが横から答えた。

確かに綿鹿の四本の足のうちの一つが、少し引きずっているように見えた。

エルギオが近づいて、引きずっている足をよく見て言った。


「…本当だ。赤く腫れている。よく気づきましたね、ダックさん」


「突進態勢の時に、違和感があってな」


そんな事、私たちは気付く余裕すらなかった。

視線を綿鹿から戻したアンナちゃんが、本題を続ける。


「治してあげたくて、牧場からこの道へ出そうとしたんです」


牧場とこの道を分ける木製の柵には、所々行き来するためのゲートがある。

さっき綿鹿が暴れていたのは、そのゲートの一つの近くだった。


「その時まで角は持っていたんですけど、風で揺れたゲートが尻毛に当たってしまって」


「尻毛?」


「綿鹿の尻の辺りの毛のことだ。逆立っているから、衝撃を与えてはいけない場所だ」


そんな場所にゲートが当たってしまい、暴れてしまった。

と、後は彼女が言わなくても分かった。


「…この先に、動物医療用の小屋があります。獣医さんも常駐しているので、そこまで届けるつもりです」


そう言い終わらないうちに、道の先に小屋が見えた。小屋は、柵を跨ぐ形で半分を牧場に、半分を道に出していた。

どちらからも出入りできるようで、今回みたいに道に出てしまった動物を、牧場へ帰す為のものでもあるのだろう。


「…あの、本当に色々ありがとうございました」


小屋の入り口まで来た所で、アンナちゃんは片手で綿鹿の角を持ちながら頭を下げた。


「島主の娘なら、ちょうどいい。私たちは今島主に会うつもりだった」


アンナちゃんの謝罪を受け入れた後に、ダックさんが口を開いた。


「…お父様に?」


「そ、そうなの。だから、先に行って私達のことを、あなたのお父さんに伝えてもらえないかな?」


ダックさんが何を言おうとしていたかを察して、私が先に口を挟む。


「いきなり赴いたら、迷惑をかけると思うし」


一応は聖女である私が、少しは話を進めたい。

彼に、全て抱っこにおんぶは嫌だった。


「それはいいけど…この子は」


「その綿鹿なら、俺たちが見ておくから。獣医もいるんだろ?なら大丈夫だから、な?」


カイが助け舟を出す。

いつの間にかペミーを抱えたエルギオが、無言で頷いて同意を示した。

ペミー、いつの間にエルギオと仲良くなったんだろう。


「…分かりました。それじゃあ……ぁ」


お願いします、という言葉が出る前に、アンナの口から小さな声が漏れた。

彼女の視線が、私たちを外れて遠くを捉える。

牧場の反対側、花畑の方。


振り返ると、花畑の中に花をいっぱいに抱えた少女が立ち尽くしていた。

アンナと同じ赤みがかった髪を短く切り揃え、薄桃色の瞳を大きく見開いている。

観光客か何かだろうか。


私の視線に気付いたその少女は、慌てた様子で近くの木々の中へで走り去っていった。

視線を戻した時、アンナちゃんの様子は変わっていた。どこかそわそわしている。


「……どうしたの?」


「…あ、いや、何でもないです。じゃあ、この子をお願いします」


何も無げに取り繕って、アンナちゃんは綿鹿の角をダックさんに預ける。

そして、振り返りもせずに運営部への道を走り出した。

急ぐ必要はないのだが、何か焦っているように思えた。


「…?」


私が感じた違和感は、どうやらエルギオやダックさんも感じたらしい。

ダックさんはアンナちゃんが向かった道の先を、エルギオは彼女がみていた少女が居た場所を、それぞれ眺めていた。


「ペムゥ…?」


どうやら、ペミーも違和感に気付いたようだった。

と、降りた静寂にカイの声が響いた。


「さ、さっさと小屋に入ろうぜ。いつまでも外にいたら、それはそれで迷惑だし」


「…そうだな」


ダックさんとカイが、小屋の扉を開けて綿鹿を中に入れた。

中から、獣医と思しき人の声も聞こえてきた。怪我した綿鹿は、獣医が治してくれるだろう。


…突然やってきた私たちに関しては、ダックさんが説明してくれる。

いつもすみません。頼みます、ダックさん。


こういう時は、まず私が最初に入って説明すべきなのだが、私は小屋には入らなかった。


「…エルギオ?」


「ミィ…?」


私とペミーの声がエルギオへ向く。

彼の様子が、いつもと違うことに気付いていたからだ。

彼は、先程見た少女が居た花畑を見ていた。もう少女の姿は見えない。

しかし、彼はそこをじっと見ていた。彼の瞳が不穏に煌めいた。


「あの子は…」


呟いた彼の声に、心臓がドクンと跳ねた。

不穏に煌めいていた瞳のまま、エルギオは小さく何かを呟いている。

が、小さく首を振って、彼は瞳の不穏な光を打ち消した。


「…多分、気のせいだ。何でもないよ」


エルギオはそう言って笑い、小屋の中に入っていく。

私もそれに続いたが、胸の中に小さな不安が芽吹いていた。



獣医さんが綿鹿の怪我の処置を終わらせた頃、見知らぬ島民が私たちを呼びにきた。

島主の命で、私たちを迎えにきたという。


島民に連れられて、治療小屋を離れ島の運営部へと向かう。

コンボボロの島主と、対面する時だった。


———


何ということか。

ついに来てしまった。この時が。

ついに来てしまった。あの人が。


太い木が生えた所で、私は走るのをやめた。

木の幹に体を預けて、地面にずり落ちる。

肩で息をしていて、肺が痛い。

両手で顔を覆う。


何で。なんで今なのか。

もう少し早くか、もう少し遅くに来てほしかった。

なんで。なんで今来てしまったのか。


「ああ—」


声にならない声が漏れる。

とっさに隠れたせいで、持っていた花も全て落としてしまった。

だって仕方がないじゃないか。


「どうして—」


多分、あそこにいた聖女一行全員に見られた。

しかもなぜか、その中にあんな奴がいるなんて。


「アンナ、ごめんね…」


声に漏れるのは、謝罪の言葉。

あの時私を見つけてしまった、どこまでも清らかな彼女。

私は木の幹に寄りかかった姿勢のまま、絶望にうちにしがれていた。


「死にたく、ない…」


どうしようもない恐怖が、胸を駆ける。

それに抗うように本能が暴れ出すのを、理性で必死に抑える。

同時に、自分の異質さ否応なくを思い知る。


どうして。

どうして今なのか。


今でなければ良かったのに。

今でなければ全てうまく行っていたのに。

今でなければ。

今でなければ。



——今でなければ、手放せたのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ