2、命と花の島 1
「おっ、見えてきたぜ!」
カイの言葉通り、コンボボロ島の島影が空船の甲板の前に姿を現した。
色とりどりの建物が並ぶ、港の様子も見える。
やがて空船は動きを止め、渡し板が降ろされる。カイを先頭に私たちはそれを渡り、コンボボロ島へと降り立った。
「うわぁー!きれい!かわいい!」
思わずそんな声を上げてしまう。
港をぐるっと囲むように建てられた、大小様々な建物。それら全てにパステルカラーの水玉が壁に描かれていて、まるでおとぎ話の世界のようだった。
「…目が、チカチカする」
「俺は趣味じゃねぇな、こんな柄」
前半はエルギオの感想で、後半はカイの感想。どうやら彼らには、これらの建物の良さが分からないらしい。
「シュミじゃなくていーよー、別に」
「無駄話せずに、島主のところへ行くぞ」
理解者のいない私が膨れていると、ペミーを抱えたダックさんが後ろからやってきた。
「ねえねえ!ダックさんはどう思う?かわいいと思う?」
「む?…ふむ」
仲間が欲しくて、ダックさんに聞く。
カイが無理無理と首を振っている横で、エルギオが興味の視線をダックさんに注いでいる。ダックさんは少し思案した後、呟いた。
「…まあ、可愛いんじゃないか」
「……ええ?」
カイが驚いた声を上げるが、私もエルギオも驚いていた。
動物が好きなのはなんとなく分かっていたけど、そもそもダックさんってこういう趣味なのだろうか。
「…さ、雑談はこれくらいにして、島主のところへ行くぞ」
衝撃からダックさんを詰めようとするカイを、エルギオが必死に止めている。
それらを無視して、ダックさんはこの島の地図を取り出した。ヒラさん辺りから貰っていたのだろう。
「今いるこの港は、売店街の役割も持っている。観光業の要だな」
ダックさんが、地図を私たちに見せながら説明する。
「そこから、二つに場所が分けられている。南側の花畑観光エリアと、北側の畜産用牧場エリアだ」
地図を見ると、一番下側の赤く塗られた場所があり、その上が緑と桃色に塗り分けられている。そして、一番上側に小さく黄色く塗られた場所があった。
「一番西側のここが、島主がを始めたとした島の重役が集まる運営部だ。この港から、一直線に行ける道がある」
黄色い部分を指してダックさんが言う。
確かに、港から直接その場所へ行ける道があった。
地図の説明によると、牧場エリアは島民以外立ち入り禁止。花畑エリアは運営部とは繋がっていないようだった。
「そうと決まれば、早速行こうぜ!その道から、花畑も見えるかも」
「『小さな花畑』の手がかりも見つかるかもね」
賛成する男の子二人の様子に、ダックさんは地図をしまう。
ダックさんから降りたペミーを、今度は私が抱える。安心できる温かさが、腕の中に広がる。
「ペム!」
「うん。じゃあ行こうか」
私たちは歩き出した。
水玉模様の建物の間をすり抜けて進むと、島民二人が守る門が見えてきた。
関係者以外を通さないためのものだ。
ここにきた目的を説明しても納得してくれなかったので、ヒラさんからもらっていた文書を見せて通してもらった。
本当に、あの人には頭が上がらない。
門を抜けると、整備された道が真っ直ぐ続いていた。左側に広い牧場、右側に所々に木々が生えた花畑が目に入る。
「うっわー!すげー!」
「牧場広い!奥の駆鶏が点のようにみえるよ!」
「うわー!花畑きれい!」
その広大な景色に、私含めて子供三人が大はしゃぎする。こんなことしている暇は無いんだけど、ダックさんは注意しなかった。
それが少し不思議に思って彼の方を向く。
ダックさんは、牧場に放たれている駆鶏を目を細めて眺めていた。
まるで、何かを思い出しているように。
「…ダックさん?」
「…ああ。いや、なんでもない」
私が聞いたからか、はしゃいでいた男子二人も気づいた。
カイが口を開く。
「なんだ、ダックさん駆鶏好きなのか?動物好きだし」
「…まあな。見つけると眺めてしまうのだ。元々駆鶏農家だったのもあるのだろう」
「ふーん……って、え!?」「え!?」
カイと同時に私も驚く。
ダックさんって元々駆鶏農家だったのか。あんまり自分の過去のことを話さないから、知らなかった。
「ほら、行くぞ」
何事もなかったかの様に、ダックさんは歩き出す。私の腕から離れたペミーも、その後を追った。
道には、未だ衝撃を受けている子供三人が残った。
「…知ってたか、メルリ?」
「…知ってるわけないでしょ。エルギオも?」
「…うん。自分から言うとは思わなかった」
一瞬だけ、静寂が降りて。
「……あれ?」
「おいちょっと待て、エルギオ」
私が疑問を感じると同時に、カイがエルギオへ迫った。
今のセリフは、まるでダックさんの過去を知っているかの様だ。
私やカイすら、知らなかったのに。
「三人とも!置いていくぞ!」
「ペムーウー!」
先に行った一人と一匹が催促している。
エルギオに詰め寄るのは一旦やめて、整備された道を再び歩き出す。
私とカイの胸中の興味は、消えなかった。
ダックさん達に追いついたその時。
道の先から、悲鳴が上がった。
「…!?」
反射的に、走り出していた。
あーあ、いつもの悪い癖だ。治そう治そうと思っているのに、どうにもできない。
道の先の方に、少女が倒れているのが見えた。
そして同時に、その近くで暴れている獣の姿も。
二本の長い角を空へ掲げ、白い綿のような毛で覆われた、大きな身体。
綿鹿と呼ばれる獣だ。
彼らは、体は毛に覆われて柔らかいが、突進力はかなり強く、木製の小屋一つなら崩せるとも言われている。
少女が突進でもされたら、大変だ。どうにかして、止めないと。
…でも、どうやって?
走るのを止めてしまう。
止め方なんて知らない。
私は綿鹿について、さっきのような常識しか知らない。
倒れた少女が起き上がる。
それにより刺激を受けたのか、暴れる綿鹿が頭を下げた。
突進の合図だ。
頭の中がサッと冷えて、胸から焦りと迷いが吹き出す。
心臓に板が立てられたように、ドクドクと鳴って痛い。
がむしゃらに伸ばした腕は、無情にも全然届かなくて。
ギュッと目をつぶる。
その瞬間を見たくなくて。
自分は結局は無力だということを、突きつけられたくなくて。
突きつけられると、きっとまた、崩れてしまうから。
「いかなる時も冷静に、だ。メルリ」
響いた、落ち着いた低い声。
私の肩に、大きくてゴツゴツした手が触れた。
見上げるほどの巨躯が、私の横をすり抜けて流れるように綿鹿に近づく。
そして、そのままするりと綿鹿の二本の角を掴んでいた。
獣の咆哮が響き、綿に包まれた体が大きく動く。しかしそれは一瞬で、気づけば綿鹿は座り込んでいた。
もう、先程のように興奮していない。
入り込んだ彼…ダックさんが、鎮めたのだ。
「……すごい」
呟いたのは、エルギオか私か。少なくとも、口を開けて呆然としているカイではない。
「…綿鹿は、片方でも角をしっかり持って飼育するものだ。何があっても、手を離してはならん」
呟くように、ダックさんが起き上がった少女に言った。
厳しいような言葉だけど、少女のことを思ってのものだ。
「…は、い。ごめんなさい」
当の少女は、シュンとしてしまっているけど。
遅れて、私たちがそこに辿り着く。
倒れていた少女には、目立った怪我はないようだった。
「あ、あの…助けてくれて、ありがとうございます」
「あーいや、いいって。困った時はお互い様、だろ?」
カイがカッコつけたように言った。
改めて少女を見る。
少し赤みがかった髪を肩で纏め、エルギオと同じ橙の瞳だ。
私たちよりも背が低く、それでいて顔も結構整っていてかわいい。
カイがカッコつけるのも分かる気がする。
「君は、島民の子?どうしてこんな所に?」
私が聞くと、少女は服についた土を払って、深呼吸一つして言った。
「…私は、アンナ・コンボボロ・エルーシアと言います。島主の、娘です」




